音響学の展開

音響学講座 10

音響学の展開

音響学における新分野を通して,音響学の広がりや多様性を感じることのできる一冊

ジャンル
発行年月日
2021/09/06
判型
A5
ページ数
304ページ
ISBN
978-4-339-01370-2
音響学の展開
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定価

4,620(本体4,200円+税)

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本書では,音響学における新分野(熱音響,アコースティック・イメージング,音バリアフリー,音のデザイン,音響教育,生物音響)を紹介することで,音響学の諸分野を俯瞰する。音響学の広がりや多様性を感じることのできる一冊。

日本音響学会編の「音響学講座」は,音響学の諸分野を体系的に網羅し,今後の音響学の発展に寄与するべく立案された。また,教科書としての用途も考慮して,ある程度学説的に固まった内容を記述することとした。本書は,この2つの方針のバランスをとるために企画されたものであり,後者の方針からはやや逸脱するかもしれないが,新しい分野を紹介することにより,音響学の諸分野を俯瞰することを目的としている。本書で紹介する分野は,熱音響,アコースティック・イメージング,音バリアフリー,音のデザイン,音響教育,そして生物音響である。もちろん,これで,最近の多様化する分野のすべてを網羅しているわけではない。個別の新しいトピックについては,日本音響学会が刊行する「音響テクノロジーシリーズ」や「音響サイエンスシリーズ」に委ねたい。

さて,第1章では,音響学と熱力学の関わりについて記述する。音は,媒質の微小振動として伝搬していくが,その伝搬は,熱力学的には断熱過程として近似されるのが一般的である。これに対して,熱音響の分野では,音波の媒質と隣接する物体との熱交換を扱う。特に本章では,熱音響の物理学的な基礎と,熱音響現象を応用したシステムについて記述する。

アコースティック・イメージングとは,目で見ることができない音響伝搬の現象の可視化や,音波を用いたセンシング技術を扱う分野である。第2章では,反射物などがある空間での音の伝搬を可視化するため,その伝搬の様子を計算するシミュレーション技術と,音波の反射や散乱を用いたセンシング技術について解説する。特に,前者でFDTD法(finite-difference time-domain method)について述べ,後者では医用超音波断層像の技術を扱う。

近年,バリアフリーという言葉をよく聞くようになった。これは,身体的などの理由によって健常者との間で生じる障壁(バリア)をなくそうという概念であろう。第3章では,音に関するバリアをなくすための技術について述べる。特に,音声,電気音響,聴覚,騒音・振動,建築音響という5つの音響学の分野を取り上げ,各分野におけるバリアフリーへの取組みを紹介する。

環境音や工業製品が発する音など,われわれの生活は音に満ちている。そしてわれわれは,音を聴くことにより,ときに快や不快の感情を抱く。第4章では,人間の感性に基づいて音をデザインする技術について述べる。特に,環境音,製品音,サイン音,電子音楽における音のデザイン技術を紹介する。

音響教育は,音響学に関する教育のみならず,音を用いた教育や音を聴く能力の教育も含んだ分野である。第5章では,音の聴き取り能力を向上させるための教育法や,音に関する学習を支援するe-Learningについて解説する。また,音響に関する教育における教育工学的手法の導入についても記述する。

音響学における聴覚の分野は,ヒトの聴覚に関する研究を扱う分野である。一方,当然ながらヒト以外の生物も聴覚能力を持つ。生物音響は,ヒト以外の生物について,聴覚系や発声・発音系を中心とした研究を行う分野である。特に,第6章では,コウモリやイルカなど,自らが発した音の反射を利用して,周囲の物体を認識するメカニズムや,鳥類や昆虫類の音によるコミュニケーションなども解説する。

本書は,以上述べたとおり,多岐にわたる内容を含んでいる。読者には,本書により,音響学の広がりや多様性を味わっていただければ幸いである。

なお,本書の担当編集委員は,以下のとおりである。

  坂本 眞一  熱音響(第1章)
  秋山いわき  アコースティック・イメージング(第2章)
  及川 靖広  音バリアフリー(第3章)
  寺澤 洋子  音のデザイン(第4章)
  佐藤 史明  音響教育(第5章)
  松尾 行雄  生物音響(第6章)

また,執筆分担は以下のとおりである。各領域で優れた実績を持つ方々に執筆を担当していただけたことに,編著者として感謝している。

  坂本 眞一 第1章            折野裕一郎 第1章
  秋山いわき 第2章扉           佐藤 雅弘 2.1節
  長谷川英之 2.2節            及川 靖広 第3章扉,3.3節
  中村健太郎 3.1節            荒井 隆行 3.2節
  白石 君男 3.4節            上田 麻理 3.5節
  寺澤 洋子 第4章扉           岩宮眞一郎 4.1節,4.4.1,4.4.2項,4.5節
  船場ひさお 4.2節,4.4.3,4.4.4項     川上  央 4.3節,4.4.5,4.4.6項
  佐藤 史明 第5章扉           河原 一彦 5.1節
  須田 宇宙 5.2節            西村  明 5.3節
  松尾 行雄 第6章扉,6.1節        加我 君孝 6.2節
  香田 啓貴 6.3.1,6.6.1項        関  義正 6.3.2,6.6.2項
  高梨 琢磨 6.3.3,6.6.3項        芦田  剛 6.4節
  赤松 友成 6.5.1,6.5.3項        力丸  裕 6.5.2,6.7.2項
  相馬 雅代 6.6.2項            向井 裕美 6.6.3項
  眞辺 一近 6.7.1項

2021年7月
安藤彰男

1.熱音響
1.1 熱音響現象とは 
1.2 熱音響現象の物理 
 1.2.1 音波とエネルギーの流れ 
 1.2.2 熱音響現象の線形理論 
 1.2.3 エネルギー流と空間変化 
1.3 熱音響システムの基本要素 
 1.3.1 作業流体 
 1.3.2 スタック 
 1.3.3 熱交換器 
 1.3.4 導波管 
1.4 熱音響システムの基本構造と具体例 
 1.4.1 熱音響システムの基本構造 
 1.4.2 エネルギー変換の効率化 
 1.4.3 低温度発振 
 1.4.4 小型化 
 1.4.5 サイレンサ 
引用・参考文献 

2.アコースティック・イメージング
2.1 音のシミュレーション 
 2.1.1 音波の基本式 
 2.1.2 FDTD法による定式化 
 2.1.3 初期条件と境界条件 
 2.1.4 安定条件 
 2.1.5 速度分散とグリッド分散 
 2.1.6 プログラムの説明 
2.2 音のイメージング 
 2.2.1 医用超音波断層像の時間分解能 
 2.2.2 超高速超音波イメージングの原理 
 2.2.3 超高速超音波イメージングの応用 
引用・参考文献 

3.音バリアフリー
3.1 音バリアフリーの考え方 
 3.1.1 音バリアフリーの背景 
 3.1.2 音バリアフリーとは 
3.2 音声分野の音バリアフリー 
 3.2.1 聞こえのバリアフリー 
 3.2.2 発話時のバリアフリー 
 3.2.3 音声を利用したバリアフリー 
 3.2.4 学際的な連携 
3.3 電気音響分野の音バリアフリー 
 3.3.1 電気音響分野に関係する技術発展 
 3.3.2 無線伝送を用いた補聴システム 
 3.3.3 補聴器の低遅延技術 
 3.3.4 MEMSマイクロホンアレイを用いた補聴システム 
 3.3.5 スマートフォンを用いた音声生成システム 
 3.3.6 拡張現実(AR)/複合現実(MR)を用いた音情報の視覚提示システム 
 3.3.7 防災行政無線と全国瞬時警報システム(J-ALERT) 
3.4 聴覚分野の音バリアフリー 
 3.4.1 高齢者と聴覚障害者の聞こえ 
 3.4.2 補聴器 
 3.4.3 人工内耳 
 3.4.4 補聴支援システム 
 3.4.5 報知音 
3.5 騒音・振動,建築音響分野の音バリアフリー 
 3.5.1 駅の音環境 
 3.5.2 街中の音環境・騒音低減 
 3.5.3 雨天時の音環境とバリアフリー 
 3.5.4 空港内の音響案内:ガイドラインとマネジメント 
 3.5.5 個人向けの支援システムと選択性 
引用・参考文献 

4.音のデザイン
4.1 音のデザインとは 
 4.1.1 音とデザイン 
 4.1.2 実体感を演出する音のデザイン 
 4.1.3 快音を所有する喜び,音に対する愛着 
 4.1.4 芸術と工学の橋渡しをする「音のデザイン」 
 4.1.5 「音楽」と「騒音」の2項対立の終えん 
 4.1.6 音響学における「音のデザイン」分野 
4.2 音デザインの流れ 
 4.2.1 まずなにを考えるべきか―機能と役割,必要性を検討する― 
 4.2.2 その音が聞かれる状況を予測する―ユーザの特性と周辺環境音との関係性― 
 4.2.3 どんな手法で流すのか―音響システムの設計と構築― 
 4.2.4 音に求められるデザイン的要素を考える 
 4.2.5 音をつくる 
 4.2.6 使われる現場で確認する 
4.3 音デザインの技術 
 4.3.1 音環境の把握 
 4.3.2 音の付与 
 4.3.3 音の評価 
4.4 音デザインの事例 
 4.4.1 製品音 
 4.4.2 サイン音 
 4.4.3 音環境デザイン 
 4.4.4 音のユニバーサルデザイン 
 4.4.5 メディアアートにおける音 
 4.4.6 音楽における音のデザイン 
4.5 音デザインの未来 
引用・参考文献 

5.音響教育
5.1 聴いて学ぶ音響学の実践と評価 
 5.1.1 聴能形成 
 5.1.2 聴能形成のシラバスと訓練システム 
 5.1.3 聴能形成の効果検証事例 
5.2 音響e-Learning 
 5.2.1 シミュレータ 
 5.2.2 音響教育とシミュレータ教材 
 5.2.3 プログラム内の計算技法 
 5.2.4 シミュレータ教材の例 
 5.2.5 シミュレータ教材の実装技術 
 5.2.6 今後のシミュレータ教材 
5.3 教育工学的手法の導入 
 5.3.1 音響教育成果の公表に向けて 
 5.3.2 量的研究手法 
 5.3.3 質的研究手法 
 5.3.4 研究事例 
引用・参考文献 

6.生物音響
6.1 生物音響学とは 
6.2 聴覚系 
 6.2.1 聴器の系統発生 
 6.2.2 脊椎動物の伝音器の構造と機能 
6.3 発声発音系 
 6.3.1 哺乳類 
 6.3.2 鳥類 
 6.3.3 昆虫類 
6.4 音源定位 
 6.4.1 動物の音源定位 
 6.4.2 メンフクロウの音源定位 
6.5 反響定位 
 6.5.1 反響定位とは 
 6.5.2 コウモリの反響定位 
 6.5.3 イルカの反響定位 
6.6 音声コミュニケーション 
 6.6.1 霊長類 
 6.6.2 鳥類 
 6.6.3 昆虫類 
6.7 実験手法 
 6.7.1 聴覚行動実験 
 6.7.2 聴覚生理実験 
引用・参考文献 

索引 

読者モニターレビュー【 N/M 様(ご専門:総合情報学(情報科学))】

本書は,音響学講座シリーズ(全10巻)最後の10巻目に位置する書籍で,音響学における新たな分野(熱音響,アコースティック・イメージング,音バリアフリー,音のデザイン,音響教育,生物音響)についての記述がなされている.なお,私自身,音響学に関する基礎知識は全くもっておらず,いきなり音響学の展開という応用から学習するという,少し変わった出会い方で本書をレビューしている.

本書の大きな特徴として,まず目についたのは,私が以前レビューさせていただいた『音響サイエンスシリーズ 22 音声コミュニケーションと障がい者』の時と同様,引用・参考文献の多さにある.各章50〜100近くも和書・洋書の書籍や論文が紹介されている.これだけの多くの引用・参考文献の多いものを情報科学の分野ではあまり目にすることがないため,言及されている内容にもしっかりと裏付けのなされた,本書に対する著者陣の本気度が本シリーズでも伺えた.

今回,私自身,第3章〜第5章を中心にじっくりと読んでみて,感じた点をレビューとして以下に挙げていく.

第3章では,音バリアフリーについて述べてある.音のバリアフリー・ユニバーサルデザインとは何かという考え方から,障がい者・高齢者支援,そして,音声分野,電気音響分野,聴覚分野,騒音・振動,建築音響の各分野での音のバリアフリーとは何かという考え方の解説から,具体的にどのようなバリアフリーの方法があるかなど,最新の研究成果(論文)をベースに数多く紹介されている.この章の参考文献として,私が以前レビューさせていただいた『音響サイエンスシリーズ 22 音声コミュニケーションと障がい者』も一緒に参照すると,理解が深まるようにも感じた.

第4章では,音のデザインについて述べてある.デザインと聞くと,美的センスが必要でアート(芸術)系の専門家が気にすることでは,と思われがちだが,音響学の分野でも音をデザインするとは,どういうことなのかという基本的なことから,音デザインの流れを,実際に使用されている身近な電車の駅構内の到着サイン音を例に,各項目で順番に分かりやすく記述されてある.第4章は,全体的に身の回りの身近な具体例が多く示されているので,読書ペースが比較的遅い私でも,スラスラ読むことができたので,音響学に関する知識がなくても読みやすいように感じた(特に,4.1節と4.2節が読みやすい!).

第5章では,音響教育に述べてある.聴覚訓練・聴能形成を,実際の大学での講義例をベースに解説してあるのでイメージがしやすかった.この章で私自身,一番興味深かったのは,「5.2音響e-Learning」及び,「5.3教育工学的手法の導入」である.本レビュー企画に応募したきっかけの一つでもある「e-Learning」という単語をみかけたので,目次を見たときから興味を抱いていた.なぜ興味があるのかを少し詳しく書くと,学生時代に,eラーニングやブレンディッドラーニング(以下,BL)に関する,選択科目「e-ラーニング概論」を履修していた(しかも2009年当時,日本における研究成果を取り入れた,日本で最初に出版されたブレンディッドラーニングに関する書籍(当時,日本においてはBLの翻訳書が一冊出版されているだけで,それを除く)も書かれた教育工学の専門家の講義)からである.このときは,あくまでも教職科目としてではなく,情報分野の中でも情報システムの一例としての内容だったと記憶している(だが,高等学校の情報B・Cの授業を設計するような課題はあったが・・・).「5.2音響e-Learning」では,このe-Learningを音響学の分野に適応し,シミュレータ教材にはどのようなものがあるかや,それらの教材を作成するにはどういった方法があり,どういった機能が必要になるか,などの概略が分かりやすく記述されている.「5.3教育工学的手法の導入」では,教育工学的手法による効果測定の方法論として,量的研究手法及び,質的研究手法について,それぞれの手法について解説した後,実際の研究事例もあり,理解がしやすかった.先ほど挙げた,選択科目「e-ラーニング概論」でも「学習の種類と学習効果の測定方法」として,習ったような記憶がうっすらあったが,その講義や書籍で割り当てられているページ数が少ないのと,当時の勉強不足もあり,深い意味が理解できていなかったと記憶している.だが本書籍での解説の方が,具体的で分かりやすく記述されていたので,知識の補完(アップデート)ができたように感じた.

最後に,本書は音響学の展開として,いろいろな分野での応用例についての研究成果などが,ある程度分かりやすく記述されてはいるが,少し駆け足気味(概論的)な部分も正直なところ存在するので,興味のある分野については,膨大な引用・参考文献や,音響学講座シリーズの別の書籍などを参考に,本書に挙げられたテーマを深く学ぶことができるだろうと思われる.

安藤 彰男(アンドウ アキオ)

坂本 眞一(サカモト シンイチ)

折野 裕一郎(オリノ ユウイチロウ)

秋山 いわき(アキヤマ イワキ)

佐藤 雅弘(サトウ マサヒロ)

長谷川 英之(ハセガワ ヒデユキ)

及川 靖広(オイカワ ヤスヒロ)

中村 健太郎(ナカムラ ケンタロウ)

荒井 隆行(アライ タカユキ)

白石 君男(シライシ キミオ)

上田 麻理(ウエダ マリ)

寺澤 洋子(テラサワ ヒロコ)

岩宮 眞一郎(イワミヤ シンイチロウ)

川上 央(カワカミ ヒロシ)

佐藤 史明(サトウ フミアキ)

河原 一彦(カワハラ カズヒコ)

須田 宇宙(スダ ヒロシ)

西村 明(ニシムラ アキラ)

松尾 行雄(マツオ イクオ)

加我 君孝(カガ キミタカ)

関 義正(セキ ヨシマサ)

高梨 琢磨(タカナシ タクマ)

芦田 剛(アシダ ゴウ)

赤松 友成(アカマツ トモナリ)

力丸 裕(リキマル ヒロシ)

相馬 雅代(ソウマ マサヨ)

向井 裕美(ムカイ ヒロミ)

眞邉 一近(マナベ カズチカ)

掲載日:2024/02/26

日本音響学会2024年春季研究発表会講演論文集広告

掲載日:2023/09/15

日本音響学会2023年秋季研究発表会講演論文集広告

掲載日:2023/03/03

日本音響学会 2023年春季研究発表会講演論文集広告

掲載日:2022/09/05

日本音響学会 2022年秋季研究発表会講演論文集広告

掲載日:2022/07/04

「日本音響学会誌」2022年7月号広告

掲載日:2022/03/01

「日本音響学会 2022年春季研究発表会 講演論文集」広告

掲載日:2021/08/26

日本音響学会 2021年秋季研究発表会講演論文集広告

「音響学講座」ラインナップ
  1. 基礎音響学
  2. 電気音響
  3. 建築音響
  4. 騒音・振動
  5. 聴覚
  6. 音声(上)
  7. 音声(下)
  8. 超音波
  9. 音楽音響
  10. 音響学の展開
「音響学講座」発刊にあたって

 音響学は,本来物理学の一分野であり,17世紀にはその最先端の学問分野であった。その後,物理学の主流は量子論や宇宙論などに移り,音響学は,広い裾野を持つ分野に変貌していった。音は人間にとって身近な現象であるため,心理的な側面からも音の研究が行われて,現代の音響学に至っている。さらに,近年の計算機関連技術の進展は,音響学にも多くの影響を及ぼした。日本音響学会は,1977年以来,音響工学講座全8巻を刊行し,わが国の音響学の発展に貢献してきたが,近年の急速な技術革新や分野の拡大に対しては,必ずしも追従できていない。このような状況を鑑み,音響学講座全10巻を新たに刊行するものである。

 さて,音響学に関する国際的な学会活動を概観すれば,音響学の物理/心理的な側面で活発な活動を行っているのは,米国音響学会(Acoustical Society of America)であろう。しかしながら,同学会では,信号処理関係の技術ではどちらかというと手薄であり,この分野はIEEEが担っている。また,録音再生の分野では,Audio Engineering Society が活発に活動している。このように,国際的には,複数の学会が分担して音響学を支えている状況である。これに対し,日本音響学会は,単独で音響学全般を扱う特別な学会である。言い換えれば,音響学全体を俯瞰し,これらを体系的に記述する書籍の発行は,日本音響学会ならではの活動ということができよう。

 本講座を編集するにあたり,いくつか留意した点がある。前述のとおり本講座は10巻で構成したが,このうち最初の9巻は,教科書として利用できるよう,ある程度学説的に固まった内容を記述することとした。また,時代の流れに追従できるよう,分野ごとの巻の割り当てを見直した。旧音響工学講座では,共通する基礎の部分を除くと,6つの分野,すなわち電気音響,建築音響,騒音・振動,聴覚と音響心理,音声,超音波から成り立っていたが,そのうち,当時社会問題にもなっていた騒音・振動に2つの巻を割いていた。本講座では,昨今の日本音響学会における研究発表件数などを考慮し,騒音・振動に関する記述を1つの巻にまとめる代わりに,音声に2つの巻を割り当てた。さらに,音響工学講座では扱っていなかった音楽音響を新たに追加すると共に,これからの展開が期待される分野をまとめた第10巻「音響学の展開」を刊行することとし,新しい技術の紹介にも心がけた。

 本講座のような音響学を網羅・俯瞰する書籍は,国際的に見ても希有のものと思われる。本講座が,音響学を学ぶ諸氏の一助となり,また音響学の発展にいささかなりとも貢献できることを,心から願う次第である。

2019年1月

安藤 彰男