水中生物音響学 声で探る行動と生態

音響サイエンスシリーズ 20

水中生物音響学 - 声で探る行動と生態 -

視界のきかない水中では通信・探査に音を利用する。主に水中生物の音声とこれを利用した観測手法及び騒音影響評価について紹介。

ジャンル
発行年月日
2019/01/07
判型
A5
ページ数
192ページ
ISBN
978-4-339-01340-5
水中生物音響学 声で探る行動と生態
在庫あり

定価

2,860(本体2,600円+税)

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視界のきかない水中で,生き物が通信したり探査したりするために利用するようになったのが音である。水中生物(特に鯨類)の音声とこれを利用した観測手法および騒音影響評価に重きをおいて紹介した。

水中の生き物たちの生活環境は,私たち人間とはずいぶん違う。水中では,吸収や散乱で光は急速に減衰してしまうため,遠くまで見通せない。透明度がとてもよい海でも60m 程度,少し濁った海なら数m先の物体でも見えなくなる。

視界の悪い水中で,生き物が通信したり探査したりするために利用するようになったのが音である。水中の音速は約1500m/秒で,空中の4.5倍にもなる。吸収減衰も小さく,数km から場合によっては数千km先まで届く。クジラやイルカだけでなく,魚やエビなど多くの海の生き物が繁殖や威い嚇かくや摂せつ餌じ のために鳴き声を発する。それぞれの種の鳴き声には,その生き物が水中で生活するにあたって,重要な情報をうまく伝えたり集めたりする工夫が施されている。

例えばシロナガスクジラは回遊範囲が広く,とても長い距離で通信しなければならない。このため,吸収減衰が小さい数十Hzという低い周波数で鳴く。一方,餌からの反射音によってその距離や方向を知るためのソナー能力をもつイルカは,100kHz程度の超音波を発する。小さな魚からも音が反射される周波数帯域を利用している。

水中生物の鳴き声がもつ機能は多様である。ザトウクジラ(図)と呼ばれる胸びれの長い大きなクジラは,特徴的な鳴き声を組み合わせた構造をもつ「歌」を雄だけが繁殖期に歌う。なわばり争いをする熱帯魚は,ひれを拡げて相手に自分の強さをアピールするため,互いにくるくる回って泳ぎながら1kHz程度のパルス音を発する。物理的にたたかって傷つけるのではなく,視覚や聴覚への信号を通して優劣を決める儀式的闘争は,多くの種で見られる利にかなった行動である。鳴き声には,受け手に対するメッセージが含まれる。仲間とのコミュニケーションや,なわばりの維持だけでなく,繁殖するために雄どうしで競争したり,敵の接近を知らせたりと,鳴き声にはいろいろな機能がある。

音を使うのは便利なだけではない。鳴き声が敵に傍受されると生命が危機にさらされる。敵に自分の居場所を知られてしまうからである。逆に,食べられる側が捕食者の鳴き声を事前に探知できれば,あらかじめ隠れたり逃げたりできるので,大きな利益がある。これらの関係は,まさに潜水艦とその探知網の関係といってよい。イルカが餌を探すために用いる超音波音声を聴くことのできるニシンダマシという魚が,大西洋で発見されている。ただし,いまのところこの魚の超音波聴覚が,イルカとの間での音響探知合戦に実際に用いられているかどうかは明らかではない。検証を待っている仮説の一つである。

水中の生き物たちの営みに音がどのように使われているかが明らかになってきたのは,1990年代以降である。これには二つの理由がある。一つ目は,冷戦終結によって民間でも利用できるようになった水中マイクロホンなど水中音響機材のおかげである。潜水艦探知のために発達してきた音響機材は,それまで一般の人々が使える技術ではなかった。いまでも水中音は軍事的に重要であるが,水中音響機器については市販で十分に高性能なものが手に入る。二つ目は,半導体技術の爆発的な進歩による録音装置の小型高性能化と解析ソフトの普及である。情報量が多い水中生物音の収録や分析に,こうした技術は不可欠である。

水中生物音響学は,最近になって現実的な問題の解決にも役立っている。なかなか見ることができないクジラやイルカの生態調査には,その声で存在確認を行う手法がよく使われるようになった。洋上風力発電所の建設や海底の鉱物資源探査で発せられるさまざまな音波が海洋生物に与える影響の評価にも,水中生物音響学の知見と技術が活かされている。

本書では,特に水中生物の音声とこれを利用した観測手法および騒音影響評価に重きを置いて紹介した。進展著しい分野であり,社会的な要請も強い。一方,水中生物の聴覚に関する生理的・解剖学的な結果や,実験室での聴覚計測に関しては多く触れなかった。

歴史的に,水中生物音響学は海生哺乳類,なかでも鯨げい類に関する研究が中心に進められてきた。このため,本書で紹介する事例もクジラやイルカの知見が多い。一方で,騒音の影響は魚ぎょ類や頭とう足そく類(タコ,イカの仲間),動物プランクトンにも及んでいる。本書はおもに鯨類を通して水中生物音響学を見ていくが,今後はさまざまな種類での生物音響研究も進展していくと思われる。私たちに身近な海の生き物での研究成果をご覧いただけるよう,紹介している項目に日本やアジアの国々が関連した成果があれば,それをできるだけ記載するようにした。

水中生物音響学は,純粋に基礎的な生物学から環境影響評価まで,多くの方々に活躍の場を提供するだろう。音響学の新しい展開領域として,本書がそのお誘いとなれば幸いである。

2018年11月 著者一同

1. 水中生物の音声と機能
1.1 魚の鳴き声と機能
1.2 クジラの鳴き声と機能
1.3 イルカの鳴き声と機能
1.4 海牛類の鳴き声と機能
1.5 鰭脚類の鳴き声と機能
1.6 甲殻類の鳴き声と機能
1.7 音の方向認知と識別
1.8 音の周波数選択
引用・参考文献

2. 水中生物の発声行動
2.1 発声行動を直接調べる:バイオロギング
2.2 音も加速度も水深も録れるDTAG
 2.2.1 音で暴かれる!大型ハクジラの深海摂餌潜水
 2.2.2 摂餌時に鳴くのはヒゲクジラも同じ?
 2.2.3 ネズミイルカの音響探索行動
2.3 大型ヒゲクジラの行動観察で活躍するAcousonde
2.4 イルカのソナー音計測に特化した和製ロガーA-tag
 2.4.1 スナメリの音響探索行動
 2.4.2 音響探索行動の個体差
 2.4.3 イルカの餌探索
引用・参考文献

3. 水中生物の受動的音響観測手法
3.1 受動的音響観測
3.2 いついるか:存在を調べる
 3.2.1 定点式の音響観測
 3.2.2 定点式での音響観測と目視観察の比較
 3.2.3 声が届く範囲
 3.2.4 定点式の機材と今後の展望
3.3 どこにいるか:分布を調べる
 3.3.1 移動式の音響観測
 3.3.2 移動式での音響観測と目視観察の比較
 3.3.3 移動式の機材と今後の展望
引用・参考文献

4. 水中生物音からわかること
4.1 誰が何をしているか
 4.1.1 種識別
 4.1.2 個体群の識別
 4.1.3 個体識別
 4.1.4 音声発達
 4.1.5 位置の計測
 4.1.6 行動の識別
 4.1.7 雑音環境への適応
 4.1.8 種分化
4.2 どのくらいいるか
 4.2.1 生き物の数え方:Distance sampling
 4.2.2 移動しながら個体を数える:ライントランセクト法
 4.2.3 定点から個体数密度を推定する:ポイントトランセクト法
 4.2.4 モデルによる個体数密度推定
引用・参考文献

5. 水中生物音響技術の応用
5.1 海洋利用と水中生物のモニタリング
5.2 再生可能エネルギーの普及:環境アセスメントへの応用
5.3 地震観測の副産物:海底ケーブルでクジラを見る
5.4 水産資源の地図をつくる:鳴き声で魚の分布を知る
5.5 生物保全のための地図をつくる:揚子江のイルカの分布
5.6 希少生物の行動:ジュゴンの鳴き交わし
5.7 音響リモートセンシングとは
引用・参考文献

6. 水中生物への騒音影響
6.1 海のなかの騒音問題
6.2 聴覚感度の低下を指標とした騒音影響評価
6.3 各種人工騒音の影響
 6.3.1 船舶騒音
 6.3.2 潜水艦探知ソナー
 6.3.3 エアガン
 6.3.4 洋上風力発電所
6.4 海洋生物への警報音
6.5 静かな海の回復に向けて
引用・参考文献

あとがき  
索引

赤松 友成(アカマツ トモナリ)

掲載日:2020/03/04

日本音響学会 2020年春季研究発表会 講演論文集広告