音響学講座 9
音楽音響
楽器音響学,音楽の心理学,音楽演奏の科学,音楽情報処理,音響技術と社会との関係を解説
- 発行年月日
- 2023/03/06
- 判型
- A5
- ページ数
- 316ページ
- ISBN
- 978-4-339-01369-6
- 内容紹介
- まえがき
- 目次
- レビュー
- 広告掲載情報
【読者対象】
・楽器の音響の研究者、楽器製作者や楽器の設計・評価に携わるエンジニア
・音楽心理学や音楽の演奏の研究者および学習者
・音楽情報の研究者および学習者、音楽検索システムの設計者
【書籍の特徴】
本書は以下のような内容で構成されています。
第1章では音楽に欠かせない楽器の音響学について概観します。有史以来さまざまな楽器が作られてきましたが、本書では、音の減衰する楽器と持続する楽器に分けてそれらの音の発生から、固有周波数、固有モードによって演奏音の大きさや音高、音色を決定するメカニズムについて解説します。
第2章では、音楽を聴いて人間がどのように感じるかを探求する音楽心理学から、音楽の認知、感情、協和感についてとりあげます。
第3章は、音楽の演奏を対象とした研究として、MIDIを用いた演奏記録や音響信号を用いた分析手法など演奏者と音響信号を対象とした研究手法を紹介します。
第4章では、情報技術を用いた音楽の処理について、和声の処理やポピュラー音楽におけるコード理論の応用、音楽に関する分析、音響合成の方法について解説します。
そして第5章では、社会とともに変化してきた音楽の背景にある音響技術やコンピュータ技術などの科学技術の発展を辿りながら、音響技術と音楽の関わりについて俯瞰します。
【著者からのメッセージ】
本書は、楽器の仕組みから音楽心理、音楽の演奏、音楽情報処理など、音楽に関する幅広いトピックを扱っています。音楽と音響学双方を研究対象としている研究者や、音楽と音響に興味のある大学生や一般の方を対象として執筆しました。本書を通して、楽器音響や音楽心理、音楽情報処理の知識を深め,音響の分野で音楽を扱う方、音楽を科学的に扱いたいと考えている方の研究や学習に役立てていただけることを願っています。
☆発行前情報のため,一部変更となる場合がございます
1977年に刊行された「音響工学講座」全8巻がこの度「音響学講座」全10巻として刊行されることとなり,第9巻として今回新たに「音楽音響」が加わった。
音楽音響とは,音楽に関連するをさまざまな事象を音響学的見地から扱った研究分野である。そもそも音楽音響が研究対象としている「音楽とは何か?」という問い自体,さまざまな議論が行われているが,一般社団法人日本音響学会に属する9つの研究委員会の中の1つである音楽音響研究会では,そのホームページで音楽音響の研究対象および研究分野を以下のように明記している。
研究対象は音楽に関係のある音である
話し声,騒音,超音波(聴こえない音)などではなく,楽器の音や歌の声,さらにはそういった音を生み出す楽器,その製作技術,そして音楽演奏,作曲などを研究対象にしています。
基礎となる学問分野はかなり広く,学際的である
楽器を演奏すると,その音は楽器がもつ物理的原理に従って生み出され,ホールなどの空間の特性に応じて響き,聴く者の耳を通して知覚され,心理的な印象をもたらします。したがって,振動と音波に関する物理学,室内音響学,聴覚生理・心理学がコアの学問といえるでしょう。また,音楽は作曲され,楽譜に書かれ,適当な媒体に音響情報として記録されます。したがって,音楽学や信号・情報処理工学なども関連する学問分野です。
本書は,このような音楽音響の研究対象・分野の中から音響学講座の趣旨に沿って,ある程度学説的に固まった内容を下記の5つの章に分けて記述した。
まず第1章では,音楽を奏でるために不可欠な楽器に関する音響学を扱う。楽器の音響学は歴史も古く,音を扱う物理学の1つとして古くから研究されてきた。弦の振動や管内の気柱の共鳴といった楽器の基本となる物理現象を運動方程式や波動方程式で記述する方法や,コンピュータを用いたシミュレーションによる解析例などを紹介する。
第2章は,人が音楽を聴いてどのように感じるかを探求する「音楽の心理学」を扱う。中でも音楽の認知のメカニズム,音楽聴取における感情の分類,そして音律や和声の成り立ちと関連がある協和感に関する研究を紹介する。
第3章では,音楽の演奏に関する研究として,MIDIを用いた演奏の記録,分析手法や,演奏動作の解析手法を紹介する。
第4章は,近年コンピュータの発展とともにさかんになった情報処理技術を音楽分野に適用した音楽情報処理を扱う。和声処理,音響分析の例や,音楽情報検索(MIR),エフェクタなどの音響合成,自動編曲・作曲の研究例を紹介する。
そして第5章では,音楽や音響技術が社会との関係でどのような発展を遂げてきたかについて紹介する。
前述のとおり,音楽音響で扱う分野は多岐にわたっているが,その根底にはあるのは,音楽に対する敬意を持ちながら科学的な知見で音楽の真理に近づこうとする姿勢であろう。本書がそういった学習者や研究者の一助となることを願っている。
本書の執筆分担は以下のとおりである。各分野で優れた実績を持つ方々に執筆を担当いただき,編者として感謝したい。
・ 足立整治 1.1節,1.3.1~1.3.2項,1.6.2項
・ 西口磯春 1.2.1項,1.6.1項
・ 松谷晃宏 1.2.2項
・ 髙橋公也 1.3.3項
・ 若槻尚斗 1.4~1.5節
・ 星野悦子 2.1節
・ 谷口高士 2.2節
・ 山本由紀子 2.3節
・ 三浦雅展 3章,4.1節,4.3節,4.5節
・ 大田健紘 4.2節
・ 丸井淳史 4.4節
・ 亀川 徹 5章
2023年1月
亀川徹
1.楽器の音響学
1.1 楽器の発音原理
1.1.1 音が減衰する楽器
1.1.2 音が持続する楽器
1.2 弦鳴楽器
1.2.1 減衰振動弦楽器
1.2.2 擦弦楽器
1.3 気鳴楽器
1.3.1 リード木管楽器
1.3.2 金管楽器(リップリード楽器)
1.3.3 エアリード(エアジェット)楽器
1.4 膜鳴楽器
1.4.1 叩いた膜の過渡応答
1.4.2 膜鳴楽器における音高感
1.5 体鳴楽器
1.5.1 棒の固有周波数と境界条件
1.5.2 実際の楽器
1.6 楽器共鳴体の非線形性
1.6.1 弦の有限振幅振動
1.6.2 気柱の非線形性
引用・参考文献
2.音楽の心理学
2.1 音楽の認知
2.1.1 音楽の認知心理学研究の小史
2.1.2 メロディの認知
2.1.3 音楽の記憶
2.1.4 音楽認知の普遍的特性
2.2 音楽と感情
2.2.1 音楽の感情的性格と聴取者に生じた感情
2.2.2 感情カテゴリーに基づく主観感情測定
2.2.3 感情次元に基づく連続時間による主観感情測定
2.2.4 生理的指標による測定
2.2.5 音楽の感情的性格と音楽・音響的特徴との関係
2.3 協和感
2.3.1 協和の定義
2.3.2 数学的協和
2.3.3 物理学的協和
2.3.4 心理学的協和
引用・参考文献
3.音楽演奏の科学
3.1 演奏の記録
3.1.1 MIDIを用いた記録
3.1.2 音響波形の記録
3.2 演奏の分析
3.2.1 演奏分析の概要
3.2.2 ピアノ演奏の分析
3.2.3 ドラム演奏の分析
3.2.4 自動採譜
3.3 演奏の動作
3.3.1 筋電位信号による動作分析
3.3.2 モーションキャプチャによる演奏動作の解析
3.3.3 平均モーション法
引用・参考文献
4.音楽情報処理
4.1 和声の処理
4.1.1 和声法システム
4.1.2 和声のデータベース
4.1.3 和音名の認識
4.2 音響分析
4.2.1 周波数分析
4.2.2 解析信号による音楽音響信号の分析
4.3 音楽の理解
4.3.1 音楽情報検索の登場
4.3.2 テンポ,ビートの推定
4.3.3 音響特徴量
4.3.4 年代推定
4.4 音響合成
4.4.1 音響合成の全体像
4.4.2 合成
4.4.3 音の加工
4.5 自動編曲・作曲・伴奏
4.5.1 自動編曲・作曲・伴奏の目的
4.5.2 自動作曲と自動編曲
4.5.3 和声課題システムによる自動生成
4.5.4 吹奏楽楽曲を対象とした小編成向け楽譜の自動生成
4.5.5 自動編曲システム
4.5.6 自動伴奏システム
引用・参考文献
5.音楽・音響技術と社会
5.1 楽器の進化と音楽の変化
5.1.1 ピアノの誕生
5.1.2 コンサートホールとオーケストラと聴衆
5.1.3 電気楽器・電子楽器の誕生
5.1.4 シンセサイザの誕生
5.2 複製技術の進化と音楽の変化
5.2.1 蓄音機の誕生とレコード産業の隆盛
5.2.2 テープ録音機の誕生が音楽に与えた影響
5.2.3 ディジタル録音技術と音楽
5.2.4 複製時代の音楽
5.2.5 コンピュータと音楽
5.2.6 空間音響と音楽アーカイブ
引用・参考文献
索引
読者モニターレビュー【 竹内 朗 様 Rochester Institute of Technology(専門分野:音楽音響、音響心理、立体音響、楽器音響)】
本書の第一印象は「読みやすい」である。「音楽音響」という広範な学際的分野を扱っているため、このような書籍は内容が多くなりがちだが、本書は限られた文章の中で最低限の語彙や概念が提供されており、非常にテンポ良く読み進め流ことができた。入門者は広い枠組みから学ぶことができるし、専門知識を深めたい方はそれらのアイデアを基に参考文献を辿ることができる仕組みになっており、幅広い層の読者にお勧めしたい。
また、各章においても単なるオムニバス形式ではなく、題目ごとに読みやすさを考慮した工夫が感じられる。例えば、第1章の楽器音響では、各楽器についての項目が分類に沿って独立しており、自分の目的の項目だけ”つまみ読み”しても十分に理解できる構成になっている。一方、第4章の音楽情報処理では、一つの課題に対して複数のアプローチの有効性や長所短所を比較しながら進んでいく構成になっており、非常に理解が深まると感じた。各章の題目を読み進む際に非常に効率的な構成になっている。
これから専門の道に進もうとする学生はもちろん、ある程度経験を積んだ研究者にも、基本事項を振り返ったり、時折自分の研究分野から少し視野を広げてみたりしたい時に是非手に取ってみてほしい一冊である。
読者モニターレビュー【 ミヤザキリョウ 様(専門分野:音楽アート・商業音楽・ソフトウエア開発)】
令和今日において、音楽制作に携わる者にとって、「音楽音響」という学際的なまとまりをもった書籍が発行されることは有難い。
例えば、バンドアンサンブルの楽曲を世の中にリリースすることを考えるとする。作曲・編曲・MIDIプログラミング・演奏・録音・サウンドエディット・ミキシング・マスタリング などと多くの専門的な工程が必要になる。
また、必携となるDAWやプラグインは豊富な機能を有している。高クオリティな楽器の物理モデリング技術、人工知能によるマスタリングアシスト機能、読み込んだ楽曲のコードの分析、MIDIフレーズの自動生成(プロ演奏家の演奏を再現したもの)などが挙げられる。
上述の通り、魅力的な音楽・音響を作るために、「やるべきこと・やれること」はとても多い。
その反面、これらの学際性を適切に捉えた学術書は今まで存在していなかったように思える。
そういった意味でも、本書籍が残した功績は非常に大きいものではないだろうか。
本書籍「音楽音響」では、「楽器の音響学」、「音楽の心理学」、「音楽演奏の科学 」、「音楽情報処理 」、「音楽・音響技術と社会 」の5つの章により構成されている。
ひとつひとつの章で独立したテーマを持ち、気になる章から読み進めることができる。
章扉には、その章の概要だけでなくキーワードがまとまっており、内容の俯瞰を助けてくれる。
章の中では多くの引用論文・文献を参照しながら、様々なトピックについて解説されている。
美しくまとまっている書籍であるが、難しく感じられるポイントが2点あった。個人的な「読むコツ」とともに挙げてみる。
1点目は、基礎となる学問分野がとても広く、学際的であることだ(この書籍の長所でもある部分)。各トピックを読み進めるには、それぞれの基礎知識や分析手法への理解が必要である。(例. 振動と音波に関する物理学、室内音響学、聴覚生理・心理学、フーリエ解析、音楽学、信号・情報処理工学など)
「読むコツ」としては、焦らずに、引用元や別の書籍を活用し、知識を補填しながら進めるとよいと感じた。数式を用いた解説も多いので、ゆっくりと途中式を補完しながら読み解いていくと良いだろう。
2点目は、対象トピックに関する体験を一度もしたことがない場合(例えば「その楽器を触ったことがない」など)、どうにもしっくりこないときがあった。
「読むコツ」としては、取り扱われている楽器を鳴らしたり、実験を再現することが、効果的だった。しかし、すべてを実施するのは現実的ではない。動画投稿サービス等で、構造や音声がわかる映像を視聴し、理解を助けるとよいだろう。
本書籍を手に取ることで、音楽音響の研究者たちが積み上げた「知の結晶」にアクセスすることができる。
研究者だけでなく、私のような作曲家・エンジニアにとっても、興味深い内容で溢れている。是非、手に取り、読んでみることをお勧めする。
読者モニターレビュー【 山口直彦 先生(東京国際工科専門職大学 助手,専門:情報学)】
日本音響学会がとりまとめた『音楽音響』というタイトルの本なので、主に音楽物理学に関する内容が中心と思っていたのですが、いざ開いてみると「楽器物理」「音響心理」「音楽情報処理」がおよそ1/3ページずつ割り当てられており、大変バランス良い内容構成と感じました。古典的な情報だけでなく比較的新しい研究成果も触れられており、音楽に関する科学的分析や研究を始めたいという人が最初におさえておきたいキーワードを概観するために有用な本と思います。
たくさんのキーワードが入っていますが、幅広い内容をぎゅっとコンパクトな1冊にまとめているため、個々の説明は少なめです。特に数式に関しては結果のみが示されていて、細かい数式変形手順などは示されていません。その代わり参考文献は豊富に示されていますので、「初学者はまずこの本を(理解できる・できないに関わらず)ざっと通読する」「経験者は興味関心のある部分を開いて辞書的に使う」ようにして、さらに深堀りして理解したい部分は本書を足掛かりに参考文献へ進むと良いでしょう。
音楽研究をする人の疑問を解消したり、研究のヒントを得るための便利な「ハンドブック」として、一冊手元に置いておくと便利な本であると思います。
読者モニターレビュー【 牧野 裕介 様 京都大学工学研究科(専門分野:騒音・振動)】
楽器の物理的メカニズムから音楽に関連する心理学、また音楽に関係する情報処理まで、音楽音響に分類される研究分野の基礎的な内容が一通り網羅的に解説されていることに驚嘆しました。
趣味で音楽に長いこと触れてきた自分でもとても新しく勉強になることがたくさん記されていてとても読みごたえがあったと感じました。
他の研究分野での知見を応用することで音楽音響が発展していることもあり、それらとの関連についてもいくつか記述がみられることも魅力に感じました。
また、文章に留まらず、具体的な図表や数式もふんだんに掲載されていることで、専門的な難しい事柄を直感的に理解しやすくなっていると思います。
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掲載日:2024/08/27
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掲載日:2024/02/26
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掲載日:2023/09/15
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掲載日:2023/06/30
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掲載日:2023/05/15
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掲載日:2023/03/03
- 「音響学講座」ラインナップ
- 「音響学講座」発刊にあたって
音響学は,本来物理学の一分野であり,17世紀にはその最先端の学問分野であった。その後,物理学の主流は量子論や宇宙論などに移り,音響学は,広い裾野を持つ分野に変貌していった。音は人間にとって身近な現象であるため,心理的な側面からも音の研究が行われて,現代の音響学に至っている。さらに,近年の計算機関連技術の進展は,音響学にも多くの影響を及ぼした。日本音響学会は,1977年以来,音響工学講座全8巻を刊行し,わが国の音響学の発展に貢献してきたが,近年の急速な技術革新や分野の拡大に対しては,必ずしも追従できていない。このような状況を鑑み,音響学講座全10巻を新たに刊行するものである。
さて,音響学に関する国際的な学会活動を概観すれば,音響学の物理/心理的な側面で活発な活動を行っているのは,米国音響学会(Acoustical Society of America)であろう。しかしながら,同学会では,信号処理関係の技術ではどちらかというと手薄であり,この分野はIEEEが担っている。また,録音再生の分野では,Audio Engineering Society が活発に活動している。このように,国際的には,複数の学会が分担して音響学を支えている状況である。これに対し,日本音響学会は,単独で音響学全般を扱う特別な学会である。言い換えれば,音響学全体を俯瞰し,これらを体系的に記述する書籍の発行は,日本音響学会ならではの活動ということができよう。
本講座を編集するにあたり,いくつか留意した点がある。前述のとおり本講座は10巻で構成したが,このうち最初の9巻は,教科書として利用できるよう,ある程度学説的に固まった内容を記述することとした。また,時代の流れに追従できるよう,分野ごとの巻の割り当てを見直した。旧音響工学講座では,共通する基礎の部分を除くと,6つの分野,すなわち電気音響,建築音響,騒音・振動,聴覚と音響心理,音声,超音波から成り立っていたが,そのうち,当時社会問題にもなっていた騒音・振動に2つの巻を割いていた。本講座では,昨今の日本音響学会における研究発表件数などを考慮し,騒音・振動に関する記述を1つの巻にまとめる代わりに,音声に2つの巻を割り当てた。さらに,音響工学講座では扱っていなかった音楽音響を新たに追加すると共に,これからの展開が期待される分野をまとめた第10巻「音響学の展開」を刊行することとし,新しい技術の紹介にも心がけた。
本講座のような音響学を網羅・俯瞰する書籍は,国際的に見ても希有のものと思われる。本講座が,音響学を学ぶ諸氏の一助となり,また音響学の発展にいささかなりとも貢献できることを,心から願う次第である。
2019年1月