音楽する脳と身体
本書は,「音楽が脳や身体に与える作用」を脳科学と生理学の観点から論じている。
- 発行年月日
- 2022/11/07
- 判型
- A5
- ページ数
- 158ページ
- ISBN
- 978-4-339-07826-8
- 内容紹介
- まえがき
- 目次
- レビュー
- 広告掲載情報
執筆の目的
音楽を聴く場合も演奏する場合も、その作用は脳と身体全体に及びます。脳への作用は脳科学、身体への作用は生理学と、学問分野は分かれていますが、私たちの中ではひとつです。本書は脳科学者と生理学者の共著によって、それを一冊の書物としてまとめることを目的としました。
特色
二名の著者は脳科学と生理学の分野で音楽に関する研究を行ってきているので、本書でも最新の成果が多数紹介されています。まさに現在進行形の最新研究に触れていただけると同時に、日常で感じる身近な疑問などにもこたえられるような内容になっています。音楽が心身に作用することは古くから知られていましたが、積極的に治療に用いられることはありませんでした。しかし音楽には「同質の原理」が働くことが知られていて、それをうまく使うことによって生活の質(QOL)を高めることができます。
対象とする読者
音楽に興味がある人、脳のはたらきに興味がある人、どなたでも読んで楽しんでいただける内容に仕上げたつもりです。また、本書では音楽を聴くことを好まない人たちがどのような反応をするかという実験結果も紹介されています。音楽教育や音楽療法に携わる人に参考にしていただければと思います。
音楽を聴いて感動したとき,その理由を知りたいと思う。これまで多くの専門家によってそれぞれの立場からその理由を説明する試みがなされてきた。書籍として出版されているものも多い。例えば『音楽はなぜ心に響くのか』(日本音響学会 編,山田・西口 編著,コロナ社)というタイトルの書籍で,音響学,音楽学,社会学,心理学,情報学および医学からのアプローチが試みられている。どの章も読んでいて面白く,著者らの真摯なアプローチに敬意を表する。分野横断的な考察をされている最終章も重要である。しかしながら,著者らが述べているように,明快な答えはまだ得られていない。
音楽は確かに私たちの心身に働きかけていると感じるが,具体的にはどのような作用があるのだろうか。本書は問題設定を「音楽が脳や身体にどのような作用を及ぼすか」ということに絞って執筆した。より具体的な問題提起をして,脳科学と生理学から論じていくアプローチである。音楽が脳や身体に及ぼす作用については,音楽家のみならず,多くの音楽愛好家を含む一般の方々にとっても興味のある話題が豊富である。本書は学術書でありながら,広く一般の方々を読者として想定して,わかりやすい説明を心がけた。異なる分野で研究をしている2人が,一つの問いに答える形で執筆した結果できあがったものである。
第1章では,音楽が脳にどのような作用をするのかに関して田中が解説する。音楽の脳科学研究では音響学や音楽学的な実験が多いが,本章では音楽の作用を脳の高次機能,特に心的イメージの構築プロセスを中心に説明を試みた。エピソード記憶の重要性についても述べている。脳は未来のエピソードも思い描くことができるため,空間や時間を自由に移動して(メンタルタイムトラベル),そこでのシーンを心に描く能力を持っている。そのようなシーン構築の働きの重要性は,音楽においては演奏する側にも鑑賞する側にも共通している。その基盤としての脳の機能に関しては,拙著である『音大生・音楽家のための脳科学入門講義』(田中 著,コロナ社)と合わせて,読んでいただければ幸いである。
第2章では,音楽が身体にどのような作用をもたらすのかに関して伊藤先生に解説していただいた。音楽が身体によい作用をもたらすことは多くの人が認める一方で,科学的に証明することはそれほど簡単ではない。統計学的分析の考え方と合わせて,音楽の作用を生理学的な視点からこれまでの研究成果を多数解説されている。専門用語が多数出てくるが,気にせずに全体のストーリーを楽しんでいただきたい。どうしても気になる方は,章末の参考文献やインターネットを活用して,さらに勉強されることをおすすめする。本章は脳科学の視点から考えている私にとっても新鮮で大変勉強になった。読者のみなさまも,脳と身体が一つにつながったものであるという感覚を楽しみながら読んでいただきたい。
第3章は2019年に開催された日本音楽表現学会年会での伊藤先生の基調講演とその後に行われた田中との対談をもとにして原稿を作成した。興味深い内容であるため多くの方に読んでいただきたいと思い,学会の了解を得て使用させていただいた。快諾していただいた日本音楽表現学会に感謝申し上げる。対談は事前打合せなしで行ったが,議論がうまくかみ合い実り多いものとなった。そのうえ会場からはたくさん質問をいただき,興味津々,笑いもありという和やかな雰囲気のなかで,あっという間に時間が過ぎた。司会の水戸先生と熱心に聴いてくださった会場の学会諸氏に感謝申し上げる。
本書のタイトルである『音楽する脳と身体』は,もともと上述の対談のタイトルであった。「音楽する」という言葉には,演奏だけではなく能動的に聴く場合なども含めた広い意味が込められている。音楽への関わり方には多様性が認められること,脳だけでなく身体全体が関わることの重要性も認識されつつあることなどから,本書のタイトルとしてふさわしいと考えて拝借した。本書が広い視野で音楽する脳と身体の働きを理解したいという読者の期待に応えるものであることを願っている。
2022年9月
田中 昌司
1.脳に作用する音楽
1.1 シェイクスピアのなかの音楽
1.2 音楽とイメージ
1.3 心的イメージは感情を伴う
1.4 エピソード記憶
1.5 デフォルトモード・ネットワーク
1.6 音楽トレーニングによる脳の可塑的変化
1.7 演奏スキルの学習と記憶
1.8 演奏時の脳
1.9 オペラ
1.10 心の痛みです
1.11 胸の映写機
引用・参考文献
2.身体に作用する音楽
2.1 音楽が身体によいという統計学的な根拠はあるか
2.2 音楽の効果
2.3 音楽に普遍性はあるのか
2.4 音楽を聴きたくなるときとは
2.5 音楽は記憶媒体になる
2.5.1 音楽と感情
2.5.2 生きる活力
2.5.3 ホスピスでの音楽療法
2.5.4 記憶課題
2.6 音楽は感覚を変える
2.6.1 味覚の変化
2.6.2 心理学レベルでの評価
2.7 生演奏と録音音源の違い
2.8 音楽と筋力発揮の関係
2.8.1 下肢トルクに及ぼす音楽の効果
2.8.2 握力に及ぼす演奏の効果
2.9 音楽によるQOL向上に必要なこと
2.10 腸と脳の相互作用
2.11 呼吸・循環器系の反応
2.12 音楽を聴くことが嫌いな人への配慮
2.13 音楽の光と影
引用・参考文献
3.講演と対談
講演:音楽と感情の狭間
(a)感情の一因としての音の存在
(b)ストレスの感じ方
(c)音の脳内伝導時間
(d)不安をかきたてる音
(e)統制に利用された音楽
(f)記憶と音楽
(g)ストレスへの応答
(h)人間の欲求から生まれた音楽
引用・参考文献
対談:音楽する脳と身体
(ⅰ)音楽
(ⅱ)感情
(ⅲ)共感
(ⅳ)質疑応答
あとがき
索引
【 Aki様 医療法人 資生会(ご専門:音楽療法士・介護老人保健施設勤務)】
近年、音楽の脳処理に関しては、さまざまな文献や論文が世に出ていますが、こちらの書籍は脳のどの部分を活用しているかだけではなく実験の内容や結果、また懸念されるべき事柄などの背景等、詳細に記載されているところが特徴的だと思いました。また複雑な内容が多い中だが、一方的に結果のみが論じられているのではなく、著者の希望や感想なども記されているので読んでいて堅苦しくならなく、前向きに捉えられるような印象を受けた。
音楽療法に関して記されている部分もあるが実際の音楽療法士の方が著しているわけではないため、あっさりと言及しているのみなのでその点を期待している方がいれば、ご注意いただきたい。
私自身は、音楽療法士として日常的に音楽を活用してクライエントに向き合っているため、日々、音楽による変化やどのように脳で処理されているのか、また、その方のもつ障害から脳のどの部分が機能していないのか、その場合はどのようなアプローチが適切なのかを考えることがある。そのように実践していく中で、本書で得た見解は活用できるであろうと感じた。すでに知識として得ていたことも多いがその点を再確認でき、また実験の説明を通して、臨床に置き換えて活用することができる知識を多く得ることができたと思う。
今後は、また新たな視点、新たな状況での実験や研究などを含んだ続編を期待したい。
読者モニターレビュー【 まーれ 様(ご専門:言語学、認知神経心理学)】
以前、音楽と脳の働きについて個人的に調べたことがあったのですが、まとまったものがなかなか見つからず困っていました。
この本は脳の処理について詳しく書いてあり、ありがたく思いました。
また脳だけでなく身体への影響も記載してあり大変参考になりました。
運動への影響についてのボリュームが少なかったのが残念ですが、続刊に期待したいと思います。
読者モニターレビュー【 山口直彦 先生(東京国際工科専門職大学 助手,専門:情報学)】
本書のテーマである「音楽と脳の研究」についての現状は、126ページにある以下の文章に集約されるでしょう。
「現代の知見だけでは音楽と感情の究極の真理の解析はいまだ困難ではあるが、音楽をするときには、少なくとも、感じることも動くこともすべてが中枢から末梢にまでつながった1連のユニットだ、くらいに大きく考えて頂ければよいと思う。」
本書は、人間が音楽を聴いたり演奏したりする際、脳がどのような働き・反応をしているのか、そしてその他の身体活動にどのような影響を及ぼしているのかを、脳科学と心理学の観点から丁寧に解説しています。文章は全体的に読み物に近い形式で書かれていて、学術書として考えるといささか書き方が回りくどい感も読み始めには多少感じました。しかし読み進めていくうちに、感情・美学・経験といった、脳科学の中でも非常に解明が難しい要素と密接にかかわる話であるため、「AだからBである」とか「P故にQが起こる」といった、明瞭な(教科書的な、といっても良いかもしれない)記述は(でき)ないという事が理解できました。あわせて、多少読み物的な表現にならざるを得ないのだと納得することができました。
教科書的な明瞭に言い切った表現ができないかわりに、本書は著者を含め世界中の研究者がこれまでに行った「音楽をとりまく脳科学・心理学的な実験手法と結果」を順番に積み上げ、おぼろげながら見えてきている音楽・脳・身体のつながり、すなわち先の引用における「1連のユニット」の姿をあぶりだしそうとしています。このような実験には多くの要因がからみ、わずかに条件が変わるだけで検討結果がひっくり返ってしまう可能性もあります。本書に掲載されているほとんどすべての実験例には結果だけでなく実験の前提条件や、統計的有意差の検討が行われており、著者が科学的真理の追究に真摯に向き合っていることが伺えます。
また音楽と脳だけでなく、身体への影響を通じて、いわゆる「音楽療法」の有効性を検討するところまで踏み込んで検討している所も注目に値するでしょう。音楽療法(あるいはもう少しゆるやかな、老人ホームなどで行われる音楽を通じたレクリエーション)は、実践報告・実践研究が先行し、科学的な有効性の判断が遅れている感があります。その結果どちらかというと「成功例」に注目が集まりがちなのですが、本書ではやはり地道な研究により、良かれと思って行う音楽療法がかえってよくない結果を生み出す可能性にも言及しています。
脳科学の知識があればより深く理解できるかと思いますが、私のように脳科学が専門でなくても理解できる程度には基本事項の説明もあります。音楽と人間の関わりについて一歩踏み込んで理解したい人や、音楽に関わる感情分析に興味のある人におすすめの一冊です。
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