認知脳科学

認知脳科学

文理系の大学生がはじめて脳科学および認知科学を学ぶ際の教科書を想定し、わかりやすく専門知識を提供した。

ジャンル
発行年月日
2017/03/08
判型
A5
ページ数
192ページ
ISBN
978-4-339-07812-1
  • 内容紹介
  • まえがき
  • 目次
  • レビュー
  • 著者紹介

認知脳科学について、わかりやすく、かつ網羅的な専門知識を身につけるための教科書。図を多く掲載し、文系理系を問わず、初学者にも親しみやすい。脳部位の名称や機能、およびそれを調べた脳活動計測実験まで、基礎から最近の研究までバランスよくコンパクトにまとめている。認知脳科学研究の第一人者による大学テキストの決定版!

◆ 目次 ◆
1章 認知脳科学とは
2章 脳のアーキテクチャ
3章 視覚
4章 視覚以外の感覚
5章 運動
6章 情動・感情
7章 記憶と学習
8章 エグゼクティブ機能
9章 社会性認知

認知科学とは,人間の心の機能とメカニズムを理解することを目標とした,脳科学,心理学,情報科学,精神医学,言語学,哲学,文化人類学,コンピュータサイエンスなど,数多くの分野にまたがる学際的な分野である。その中でも脳の機能とメカニズムの理解に軸足を置いた立場が認知脳科学であるといえる。人間の表面的に現れた行動だけでなく脳活動を調べることによって,必ずしも行動や意識には現れない人間の認知情報処理プロセスを追うことができる。特に最近の脳機能イメージング技術の長足の進歩は,認知脳科学の研究成果を質,量ともに高めることに成功してきた。

本書は脳科学および認知科学に興味のある大学生レベルの読者を想定して書かれている。脳神経科学に関する優れた教科書はすでにいくつかあるが,海外研究者が執筆,編纂したものの翻訳本が多いせいか,分厚くてなかなか普段持ち歩けるサイズのものが少ない。またこれらの多くは医学部の学生に向けて書かれており,理工系や文系の学生にとっては必ずしも近づきやすいものとはいえない印象がある。一方,認知科学に関しても多くの良書が出版されており,本書でも随所で参考にしているが,教科書となるとその数はまだまだ少ない。それらについても,どちらかといえば心理学的知見が主の内容のものが多く,脳科学的な知見を十分に紹介した本はあまり見当たらない。本書はそのような中で認知脳科学の知見を初学者にもわかりやすくまとめるように努めたものである。

本書の構成を簡単に述べると,1章ではまず導入として,認知脳科学の歴史とその主要な方法論を概説する。2章では脳の構造について,基本的な知識を身につける。脳領野の位置や名称を覚えるのはなかなか厄介な作業であるが,そのリファレンスとして十分に役立つような記述を心がけた。卒業研究などで英語文献を読む際の参考になるように英語での名称も併記してある。3章では視覚,4章では味覚,嗅覚,聴覚,触覚などの感覚処理について学ぶ。低次から高次までの感覚処理の階層性について理解を深め,人間がどのような感覚情報を受け取り,世界を認識しているのかについて考える。5章では運動について学ぶ。運動関連領野もまた多層的な構造をしており,それぞれの脳領野の役割について学ぶ。特に前頭葉と頭頂葉にある運動領野が重要な役割を果たしており,感覚と運動のネットワークを構成していることを理解する。6章では情動と感情,7章では記憶と,大脳皮質に加えて皮質下の脳構造が重要な役割を担う脳の機能について学ぶ。どちらも古くから注目されているとともに,近年でも多くの重要な知見が生み出され続けているトピックであり,本書でもそれらの知見をなるべく体系的に紹介するように努めた。8章と9章では,エグゼクティブ機能と社会性認知という,比較的高次の脳機能について学ぶ。エグゼクティブ機能(executive function)とは,脳のほかの領野をトップダウンに制御する機能を指し,おもに前頭前野によって遂行されている。これはしばしば「遂行機能」や「実行機能」とも訳されるが,運動機能の一つであるように誤解されやすく,あまりよい訳語ではない。「エグゼクティブ」は日本語でもすでに「会社や組織などの幹部や重要な地位にある人」という意味で浸透しており,本書ではこれをそのまま使い「エグゼクティブ機能」と表すことにした。社会性認知はコミュニケーションやインタラクションに関わる脳機能を総称したものであり,近年の認知脳科学の主要なトピックの一つとなっている。数多くのエキサイティングな成果が毎年発表されており,本書ではそのような社会性認知の主要な知見をまとめている。

本書は脳科学や神経科学の基礎についても学べるようになっている。その際,下本となっているのは,海外で用いられている脳神経科学ないし認知神経科学の主要な教科書である。巻末に参考文献として挙げてあるので,必要と思われる場合には適宜参照してほしい(これらの本のいくつかは日本語でも読むことができる)。一方で,本書は単にこれらの本の要約ということではなく,学術論文などで発表された最近の知見もかなり盛り込まれている。特に5章「運動」,6章「情動・感情」,7章「記憶と学習」,9章「社会性認知」は,上述の教科書には記載がない事項も多く記載しているので,これらに興味のある読者はよく読んでいただければと思う。
本書の構成がその縦糸だとすれば,本書の全体に流れている思想はその横糸であり,それは大まかにいえば身体と脳の関係性である。読者は本書を読み進めるうちに,身体に関して触れている箇所が多いことに気づくだろう。これは本書の特徴であると同時に,ある意味必然的な結果でもある。われわれは環境の中で身体を持って生活しているが,脳はこの身体に根差した生活を適切に遂行することを第一の目標として発達,進化してきたはずであり,脳の機能をまず身体との関連から考えることは妥当だといえる。それは必ずしも意識的なプロセスである必要はなく,事実,脳の機能の多くは無意識のうちに遂行されていることも本書を読み進めるうちにわかるだろう。人間とはどのような脳メカニズムでこの世界に適応してきたシステムなのか,楽しみながら,じっくりと考えてもらえればと思う。
このような身体性に根差した脳からどうして意識や抽象的な概念を処理する高次の認知機能が現れるようになったのだろうか。これについてはまだ十分な認知脳科学的知見が出そろっていない(少なくとも筆者が整理できていない)ことと紙面の都合から,本書ではそれに対して十分に答えるには到っていない。今回体系的にきちんと扱えなかったのは言語,概念,知識,注意,意識といったトピックである(しかし,それらに関連する記述は随所に見られるはずである)。身体性から言語や意識への「飛躍」は学術的にも大きなチャレンジとして残されており,筆者も今後の機会にぜひ取り組みたいと思っている。

最後に本書の図の作成には,筆者の主催する研究室のメンバーである田村幸枝さん,都地裕樹君,小沼稜平君に多くの協力をいただいた。この場を借りて感謝を表したい。またコロナ社の皆さんには,多岐に渡って親身にサポートをしていただいた。ここに篤く御礼申し上げたい。

2017年1月 嶋田総太郎

1. 認知脳科学とは
1.1 認知脳科学の来歴
1.2 認知脳科学の方法論
 1.2.1 実験認知心理学
 1.2.2 認知神経心理学
 1.2.3 計算論的認知科学
 1.2.4 脳機能イメージング

2. 脳のアーキテクチャ
2.1 神経系の区分
2.2 神経細胞
2.3 大脳皮質
 2.3.1 大脳の構造
 2.3.2 ブロードマン地図
 2.3.3 脳における方向の表し方
 2.3.4 一次感覚野と一次運動野
 2.3.5 高次感覚野と連合野
2.4 皮質下構造
 2.4.1 大脳辺縁系
 2.4.2 大脳基底核
 2.4.3 小脳
 2.4.4 脳幹

3. 視覚
3.1 視覚認知の性質
3.2 眼から脳へ
 3.2.1 眼の構造
 3.2.2 視細胞
 3.2.3 網膜でのエッジ検出処理
 3.2.4 網膜での色識別処理
 3.2.5 網膜から脳へ
3.3 一次視覚野
 3.3.1 レティノトピー
 3.3.2 方位選択性とコラム構造
3.4 高次視覚野における機能分化
 3.4.1 一次視覚野から高次視覚野へ
 3.4.2 色の知覚
 3.4.3 形の知覚
 3.4.4 動きの知覚
3.5 腹側経路と背側経路
 3.5.1 腹側経路
 3.5.2 背側経路

4. 視覚以外の感覚
4.1 感覚
 4.1.1 感覚とは何か
 4.1.2 感覚受容器
4.2 味覚
4.3 嗅覚
4.4 聴覚
 4.4.1 音の性質
 4.4.2 耳の構造と聴覚受容器
 4.4.3 音源定位
 4.4.4 大脳皮質における聴覚処理
4.5 体性感覚
 4.5.1 体性感覚受容器
 4.5.2 痛覚
 4.5.3 自己受容感覚
 4.5.4 一次体性感覚野と体部位局在性
 4.5.5 高次体性感覚野

5. 運動
5.1 運動野の構造と働き
5.2 運動制御と反射
5.3 一次運動野
 5.3.1 体部位局在性と入出力
 5.3.2 運動情報の集団符号化
5.4 高次運動野
 5.4.1 補足運動野と前補足運動野
 5.4.2 背側運動前野と上頭頂小葉のネットワーク
 5.4.3 腹側運動前野と下頭頂小葉のネットワーク
5.5 大脳基底核
 5.5.1 皮質─基底核の運動系ループ回路
 5.5.2 大脳基底核の損傷
5.6 小脳
 5.6.1 小脳による運動制御
 5.6.2 小脳の神経回路

6. 情動・感情
6.1 情動と感情
 6.1.1 末梢起源説
 6.1.2 中枢起源説
 6.1.3 二つの経路モデル
6.2 自律神経系・内分泌系
6.3 視床下部
6.4 扁桃体
 6.4.1 扁桃体の構造
 6.4.2 恐怖条件づけ
 6.4.3 表情認知
6.5 島皮質
 6.5.1 島皮質の脳内身体表現
 6.5.2 痛みの感情
 6.5.3 内受容感覚と感情
6.6 腹内側前頭前野・前頭眼窩野
 6.6.1 フィニアス・ゲージの症例
 6.6.2 社会的感情
6.7 報酬系
 6.7.1 ドーパミンニューロン
 6.7.2 高次の報酬表現と意思決定
 6.7.3 快感情の主観的経験

7. 記憶と学習
7.1 海馬
 7.1.1 H.M.の症例
 7.1.2 海馬の神経回路
 7.1.3 海馬における長期増強と空間記憶
7.2 記憶のモデル
 7.2.1 記憶の3ステージ
 7.2.2 記憶のエラー
 7.2.3 短期記憶と長期記憶
 7.2.4 長期記憶の種類
7.3 ワーキングメモリ
 7.3.1 ワーキングメモリの構成要素
 7.3.2 ワーキングメモリの脳内基盤
7.4 長期記憶の形成
 7.4.1 長期記憶のありか
 7.4.2 記憶の固定化
 7.4.3 記憶の固定化と睡眠時の脳活動
 7.4.4 長期記憶の書き換え
7.5 潜在記憶
 7.5.1 プライミング
 7.5.2 条件づけと強化学習
 7.5.3 運動技能

8. エグゼクティブ機能
8.1 前頭前野とエグゼクティブ機能
8.2 認知的制御
 8.2.1 プランニング
 8.2.2 ワーキングメモリにおける想起と選択
 8.2.3 タスクスイッチング
 8.2.4 抑制
8.3 モニタリング機能
 8.3.1 エラーの検出
 8.3.2 対立した反応の選択
 8.3.3 心的状態のモニタリング
8.4 意思決定
 8.4.1 プロスペクト理論
 8.4.2 ニューロエコノミクス
 8.4.3 ソマティックマーカー仮説

9. 社会性認知
9.1 社会性認知とは
9.2 ミラーシステム
 9.2.1 シミュレーション仮説
 9.2.2 運動選択性
 9.2.3 目標指向性
 9.2.4 模倣
9.3 共感
 9.3.1 共感とミラーシステム
 9.3.2 痛みへの共感
 9.3.3 情動的共感と認知的共感
9.4 「心の理論」
 9.4.1 誤信念課題
 9.4.2 「心の理論」に関わる脳領野
 9.4.3 ミラーシステムと「心の理論」領野
9.5 他者の認識
 9.5.1 顔と身体の認
 9.5.2 他者運動や視線の認知
9.6 自己認識
 9.6.1 「自己」の概念
 9.6.2 身体所有感と運動主体感
 9.6.3 自己身体イメージの脳内基盤

付録 神経細胞
A.1 神経細胞の構造
A.2 静止膜電位と活動電位
 A.2.1 静止膜電位
 A.2.2 活動電位の発生
 A.2.3 活動電位の伝導
A.3 神経細胞間の情報伝達
 A.3.1 シナプスの構造
 A.3.2 神経伝達物質の放出とシナプス後電位の発生
A.4 神経伝達物質
A.5 長期増強(LTP)

引用・参考文献
索引

amazonレビュー

嶋田 総太郎

嶋田 総太郎(シマダ ソウタロウ)

明治大学理工学部電気電子生命学科 教授。
慶應義塾大学理工学部卒業、同大学院理工学研究科 博士後期課程修了(博士(工学))。東京大学大学院総合文化研究科にて特別研究員(学振PD)等を経て、現職。
専門は認知脳科学、脳機能イメージング、人工知能。身体性と社会性をキーワードに、人間の脳のメカニズムに迫る研究を行っている。著書に『はじめての認知科学』(新曜社、2016)、『認知脳科学』(コロナ社、2017)、『脳のなかの自己と他者-身体性・社会性の認知脳科学と哲学』(共立出版、2019)など。