ゲーム情報学概論 - ゲームを切り拓く人工知能 -
人工知能,認知科学の中心的な研究テーマであるゲーム研究について,基礎的な知識と歴史からデジタルゲームの応用分野まで概観。
- 発行年月日
- 2018/05/18
- 判型
- A5
- ページ数
- 234ページ
- ISBN
- 978-4-339-02885-0
- 2018年度「 CEDEC AWARDS 著述賞 」を受賞
- 内容紹介
- まえがき
- 目次
- レビュー
ゲームは,古くから人工知能,認知科学の中心的な研究テーマとして扱われてきた。本書では,まずこの研究分野の基礎的な知識と歴史を押さえ,それを支える重要な理論について述べ,デジタルゲームの応用分野まで概観する。
ゲームを題材にした研究は,海外では古くから行われてきた。ゲームは,ルールが明確であるためコンピュータに載せやすく,技術の進歩が「勝敗」に直結することから,人工知能の研究対象としてよい題材である。また,問題解決,推論,記憶,学習など人間の思考研究に関するさまざまなトピックを含んでおり,認知科学の研究対象としても優れている。特に欧米では,“チェス”は知の象徴と考えられており,知の研究の中心的役割を果たしてきた。
しかし,日本では「ゲーム≒遊び」と捉えられる傾向にあり,ゲームの研究の歴史は浅い。わが国で,「ゲーム情報学」という研究グループが情報処理学会の中で産声を上げたのは,1999年である。その前身となるゲームプログラミングワークショップというシンポジウムは,少し前の1994年から開催されているが,学術的な研究はたかだか二十数年程度の歴史しかない。日本には,将棋,囲碁,麻雀,双六など,多くの優れた伝統的なゲームがあり,近年,これらを対象とした研究が海外の研究を追う形で,長足の進捗を遂げている。
チェスや囲碁,将棋など多くのプレーヤのいるゲームにおいて,探索や機械学習などの研究成果が数多く出され,それぞれのゲームに特化した技術を解説する書籍も散見されるが,これらを統合した教科書はわが国では見当たらない。ゲーム情報学は,人工知能における問題解決,探索,認識,予測,機械学習などさまざまな研究テーマを含んでいるばかりか,人間の思考に関する認知科学的側面も含んでいる。さらに,新しい技術を利用したデジタルゲームも登場しており,研究テーマは広がりを見せている。
「ゲーム」と一言でいっても,チェス,囲碁,将棋のような古典的なゲームもあれば,最先端のVR技術やロボット技術を駆使した新しいゲームもある。また,人狼のような多人数コミュニケーションゲームや囚人のジレンマのような社会ゲームも存在する。これらゲームの根底にある共通点を明らかにして,個々のゲームの違いを顕在化することによって,おのおののゲームの特質が見えてくるし,またそれぞれのゲーム研究で培ってきた技術の意味も見えてくる。本書では,ゲームのもつ意味を定義から見つめ直し,各ゲームの位置づけを行い,明確な研究成果が出てきたゲーム分野の技術を紐解 いていくことで,ゲーム情報学という研究分野を体系的に捉えてみたい。
第Ⅰ部では,ゲーム情報学の定義から歴史や基礎的な考え方について,この分野を牽引してきたボードゲームの研究を中心にサーベイする。第Ⅱ部では,さらに具体的なゲームを例に挙げて,基礎となる理論について詳説する。第Ⅲ部では,デジタルゲームを例に挙げて,具体的なゲームの設計やゲームAIの応用例について概観する。これら三部は別々の執筆者によって,たがいに独立した内容になっているが,たがいに連関した事象について述べているところもある。各部を独立に読んでも,全体を通して読んでも意味がわかるように構成したつもりである。
ゲーム情報学という分野は,個々のゲームに特化した技術や理論も多く,本書だけで網羅し尽くせない内容も多い。そのような内容については,読書案内や参考文献などを示したので参照されたい。また,この分野は,日々発展しており,新しい技術がつぎつぎと発表されている。例えば,本書を執筆した2016年から2017年にも,コンピュータ囲碁の分野において,革新的なディープラーニングや強化学習の手法が登場し,急激な発展を遂げた。同様のことがこれからもつづくことが考えられる。しかし,本書ではこれまでのこの分野の研究の道のりをまとめ,その根底にある基本的な事柄から順に積み上げたつもりである。本書が,現時点のこの分野における一つの指針となる初学者向けの教科書となったのではないかと考えている。
2018年3月 伊藤 毅志
第Ⅰ部 ゲーム情報学概論
プロローグ
1. ゲームとはなにか
1.1 ゲームを定義する
1.1.1 ゲームの定義を試みた人たち
1.1.2 ゲームの情報学的定義
1.1.3 ゲーム情報学の研究領域
1.2 ゲームの情報学的分類
1.2.1 プレーヤの数による分類
1.2.2 完全情報性
1.2.3 確定性
1.2.4 ゼロ和性
1.2.5 有限性
1.2.6 ゲームの分類とその役割
2. ゲーム情報学の基礎
2.1 ゲームと問題解決
2.1.1 ゲームと問題解決空間
2.1.2 一般問題解決器
2.1.3 二人完全情報確定ゼロ和ゲーム
2.1.4 ゲーム木と必勝法
2.1.5 探索量から見たゲームの複雑さ
2.2 ゲーム情報学の歴史
2.2.1 チェス
2.2.2 将棋
2.2.3 囲碁
2.2.4 その他のゲーム
3. ゲームAIと認知研究
3.1 ゲームAIとアルゴリズム
3.1.1 ゲームAIの三つのアプローチ
3.1.2 ルールベースアプローチ
3.1.3 探索的アプローチ
3.1.4 学習的アプローチ
3.2 ゲームと認知科学
3.2.1 認知科学的研究とその手法
3.2.2 ゲームの認知科学研究
3.2.3 人間の思考とコンピュータの思考
3.2.4 自然なゲームAIの研究
第Ⅰ部の参考図書
第Ⅰ部の引用・参考文献
第Ⅱ部 ゲーム情報学のアルゴリズム
プロローグ
4. 最短経路の探索とコスト関数:15パズル
4.1 15パズル
4.2 15パズルのグラフ探索
4.3 A*アルゴリズム
4.4 問題を緩和してhコストを設計する方法
5. ゲーム理論の基礎知識:囚人のジレンマ,ジャンケン,三目並べ
5.1 戦略型ゲームと戦略の優劣
5.2 ナッシュ均衡と混合拡大
5.3 二人ゼロ和ゲームの均衡点とミニマックス定理
5.4 展開型ゲーム
5.5 展開型ゲームの戦略と後ろ向き帰納法
6. ミニマックスゲーム木とその探索:三目並べ,オセロ,チェス,将棋
6.1 ミニマックスゲーム木
6.2 ミニマックスゲーム木の深さ優先探索
6.3 ミニマックスゲーム木のab探索法
6.4 AND/OR木と証明数
6.5 ミニマックスゲーム木のグラフ探索
6.6 ヒューリスティックミニマックス探索
7. モンテカルロ法を用いた強化学習:ブラックジャック
7.1 強化学習概要
7.2 ブラックジャックとその基本ルール
7.3 ゲーム状態,行動および報酬の表現
7.4 モンテカルロ法による方策評価
7.5 方策の改善
第Ⅱ部の引用・参考文献
第Ⅲ部 デジタルゲームへの応用
プロローグ
8. ゲームAI:アクションゲームとボードゲームの比較
8.1 デジタルゲームの原理
8.2 ボードゲームとデジタルゲームの人工知能の違い
8.3 知識表現・世界表現
8.4 ゲーム表現
8.5 キャラクターの行動表現
8.6 デジタルゲームAIの全体像
8.6.1 キャラクターAI
8.6.2 メタAI
8.6.3 ナビゲーションAI
9. キャラクターAI
9.1 エージェントアーキテクチャ
9.2 センサモジュール
9.3 知識生成モジュール
9.4 意思決定モジュール
9.5 エフェクタと運動生成モジュール
9.6 記憶とインフォメーションフロー
9.7 記憶の形
9.8 黒板モデル(ブラックボードアーキテクチャ)
10. ゲームAIの知識表現と意思決定アルゴリズム
10.1 知識表現
10.1.1 世界表現
10.1.2 オブジェクト表現
10.1.3 記憶表現
10.1.4 アクション表現,意思決定,結果表現
10.2 八つの意思決定アルゴリズム
10.2.1 ステートベース
10.2.2 ルールベース
10.2.3 ビヘイビアベース
10.2.4 ユーティリティベース
10.2.5 ゴールベース
10.2.6 タスクベース
10.2.7 シミュレーションベース
10.2.8 ケースベース
11. ナビゲーションAI
11.1 ナビゲーションメッシュとウェイポイント
11.2 ダイクストラ探索法とA*パス検索
11.3 地形解析
11.4 戦術位置検索
11.5 影響マップ
11.6 社会的空間
12. 学習・進化アルゴリズムの応用
12.1 統計による学習
12.2 ニューラルネットワーク
12.3 遺伝的アルゴリズム
12.4 ゲーム進化アルゴリズム
12.5 強化学習
12.6 プレーヤのデータから学ぶ
エピローグ
第Ⅲ部の参考図書
第Ⅲ部の引用・参考文献
索引
書評
ゲーム情報学というのはゲームを対象とした(広い意味での)情報処理の研究領域である。「ゲーム情報学」という名称ができたのは1999年に情報処理学会で研究会を立ち上げたときなので、まだ20年程度しか経っていない若い領域である。人工知能のスタートはチェスの研究から始まりチェスを対象として数多くの貴重な成果が得られマッカーシーは「チェスは人工知能のハエ」と言った。ハエを対象とした研究で遺伝学が格段に進歩したように人工知能もチェスを対象とした研究で各段に進歩したということである。しかし日本ではゲームは遊びと見なされてゲームを対象とした研究が疎外される時期が長く続いた。日本は人工知能の研究で世界に出遅れたのだが、その理由の一つにゲーム研究の軽視があったのである。
日本には将棋と囲碁(囲碁は中国発祥のゲームだが今のように発展したのは日本である)という貴重なゲームがあるので、それを対象とした研究をしない手はないということで遅ればせながらゲーム情報学という名称を冠した研究領域を立ち上げた(もっともらしい学問の名前をつけないと認められなかった)。それから20年でようやく体系化にこぎつけることができたのが本書である。伊藤氏が思考ゲームの認知科学的な側面を、保木氏が思考ゲームの情報科学的な側面を、そして三宅氏が最近日本でも盛んになってきたデジタルゲームへの応用を説明している。これまで日本でゲームを研究対象としたくても基本文献が存在しなかったのだが、これからは本書を推薦できる。ゲームの研究を進める上での基礎を本書でぜひ学んでほしい。たとえば意外と敷居が高いゲーム理論(たとえば「ナッシュ均衡」など)の基礎についても学ぶことができる。本書が出版されたことは今後のゲーム情報学の発展のためにとてもうれしいことである。ゲームのプログラムに興味をもったらぜひ最初にこの本を手に取ってほしい。
松原 仁(公立はこだて未来大学)