音のピッチ知覚

音響サイエンスシリーズ 15

音のピッチ知覚

聴覚理論の中心であるピッチ知覚の研究の19世紀から現在までの発展を,生理学的な背景を含めて解説した。

ジャンル
発行年月日
2016/12/28
判型
A5
ページ数
222ページ
ISBN
978-4-339-01335-1
音のピッチ知覚
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定価

3,300(本体3,000円+税)

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本書は聴覚理論の中心であるピッチ知覚の研究の19世紀から現在までの発展を,生理学的な背景を含めて解説した。音律の理論や音楽心理に関する章も含まれている。扱う分野は理工学,心理学,生理学,音楽教育学等にわたっている。

音のピッチとは音の高さ(音高)のことである。音の高さといえば単純そうに聴こえるが,必ずしもそうではない。例えば,母音の「ア」と「イ」をピアノの同じキーに合わせて発声してもらったとする。それを聴くとどちらが高いと感じるであろうか。同じキーだから「ア」と「イ」は同じ高さだと判断する人もいるし,また「イ」のほうが高いと判断する人もいる。

ピッチは,音の大きさ(ラウドネス),音色とともに音の三要素と呼ばれている。しかし,それぞれの要素は独立ではない。日常生活の中では,ピッチと音色は特に混然一体となって聴覚に訴えかけてくるので,必ずしもそれらの境界は明確ではない。

ピッチは,音による外界認知や音声によるコミュニケーションに重要な働きを担っている。また音楽の分野では,ピッチはメロディーやハーモニーを構成するために必要欠くべからざる要素である。

ピッチ知覚の研究は古くから聴覚理論の中心的課題であった。おそらく聴覚のメカニズムがどのような構成になっているのかという素朴な疑問を解くために,重要な手掛かりになる現象だったということも一因であろう。聴知覚の諸現象のうちでは,ピッチ知覚現象は最も古くから科学的研究が行われており,研究の数も最も多いと思われる。また分野としては,数学,物理学,心理学,生理学,脳科学,音楽理論,その他のさまざまな広い分野に関連している。

執筆者として最も頭を悩ませたのは,さまざまな観点から行われてきたこれまでのピッチ知覚の研究をいかに分類し体系化するかという問題であった。関連文献を読み進めながらさまざまな試みの末に,下記のような分類を行い,書き終えることができた。

第1章の音の物理的性質については,音響物理についての入門書や専門書は多いので,最小限のことだけを述べている。
第2章は,ピッチ知覚のメカニズムを理解するために必要な聴覚系の構造や機能について紹介する。聴覚的な情報は,聴神経から大脳皮質聴覚野までニューロンの発生する神経インパルスによって伝送されている。そこでピッチ知覚を生み出す時間情報(神経インパルス列の時間パターン)と場所情報(神経インパルスの数の場所パターン)の生理学的基礎として重要な,基底膜,有毛細胞,聴神経(第1次ニューロン)についてはかなり詳しく述べている。また,最近発展の著しい大脳皮質聴覚野の神経科学的研究についても述べている。

第3章は,そもそもピッチが1次元的性質(トーンハイト)と循環的な性質(トーンクロマ)の両者からなっていること,それらのおのおのに関連するピッチの諸現象について解説している。またピッチのある部分が音色の要素とも解釈されること,さらにJIS でも採用されているピッチの単位メルについての問題点なども取り上げている。

第4章は,すべての音の基本となる純音(正弦波音)のピッチに関連する基礎的な心理実験結果について解説している。純音のピッチは,音の強さや持続時間,あるいはほかの音の存在により変化する。

第5章は,本書の心臓部に当たる最も重要な部分である。複合音のピッチに対する19世紀のSeebeckとOhmの論争からHelmholtzのピッチ理論,のちにそれに対抗したSchouten のレジデュー理論などから始まるさまざまなピッチ知覚研究について紹介する。さらに,複合音のピッチの聴き方には総合的聴取と分析的聴取があること,純音のピッチは必ずしもその周波数に等しい基本周波数をもつ複合音とは一致しないこと,部分音のピッチ,分解される複合音と分解されない複合音のピッチ知覚,雑音のピッチなど,さまざまな内容を盛り込んでいる。

第6章は,自己相関モデル,パターン認識モデルやMooreのモデルなどのピッチ知覚のモデルについて解説している。

第7章は,ほかの章とは内容やスタイルが大きく異なるが,音楽におけるピッチ知覚の問題や音律の問題を扱っている。本章は,これまでに音楽系,音楽教育系の大学生に対して行った音律についての授業内容が中心になっている。数学的に各音律の周波数を計算するなどということは考えたこともなかった学生が大部分であったが,多くの学生がこの内容について強い興味を示した。セント値に関する簡単な例題も掲載している。

最後に第8章は,しばしば議論になるピッチの定義に関する変遷について補足的に資料を追ってみた。また,ピッチ知覚研究の今後の課題について簡単に考えを述べている。

専門書は内容自体が難しいことが多く,どうしても難しく読み難くなる傾向があるように感じるが,本書はできるだけわかりやすく読めるよう表現することに努めた。必ずしもそのような意図が十分に実現できたとは思えないが,多くの初学者や研究者の方々の参考になれば幸いである。

最後に,本書を出版する機会を与えていただいた日本音響学会(平原達也編集委員長)およびコロナ社に深く感謝の意を表する。

2016年10月 大串 健

1. 音の物理的性質
1.1 音と音波
1.2 音の時間波形
1.3 音のスペクトル
1.4 音圧と音圧レベル

2. 聴覚系の構造と機能
2.1 聴覚系の構成
2.2 外耳
2.3 中耳
2.4 蝸牛
 2.4.1 蝸牛の構造
 2.4.2 基底膜
 2.4.3 有毛細胞
2.5 聴神経
 2.5.1 聴神経の構造と機能
 2.5.2 静的特性
 2.5.3 動的特性
2.6 蝸牛神経核から内側膝状体までにおける神経核の構造と応答特性
 2.6.1 蝸牛神経核
 2.6.2 上オリーブ複合体
 2.6.3 下丘
 2.6.4 内側膝状体
2.7 純音刺激に対する応答の位相固定
2.8 変調伝達関数(MTF)
2.9 大脳皮質聴覚野
 2.9.1 ヒトとサルのピッチ知覚特性
 2.9.2 サルの聴覚皮質
 2.9.3 ヒトの聴覚皮質
 2.9.4 聴覚皮質ニューロンの特性
 2.9.5 ピッチセンター

3. ピッチとは何か
3.1 ピッチの定義
3.2 ピッチの構造
 3.2.1 ピッチのらせん構造モデル
 3.2.2 ピッチと音色
 3.2.3 ピッチの時間情報と場所情報
3.3 音楽的ピッチの諸特性
 3.3.1 オクターブ類似性
 3.3.2 音楽的ピッチの周波数範囲
 3.3.3 音楽的ピッチを伝送する情報
3.4 無限音階
 3.4.1 無限音階構成音のスペクトル
 3.4.2 無限音階構成音に対する聴神経の反応
 3.4.3 ピッチ比較判断の個人差とその要因
 3.4.4 無限音階構成音を用いた旋律
3.5 オクターブ伸長現象
 3.5.1 オクターブ伸長現象の実験データ
 3.5.2 オクターブ伸長を説明する理論
 3.5.3 多重オクターブの伸長幅
3.6 ピッチの音色的側面(音色的ピッチ)の特性
3.7 ピッチの単位「メル」とその問題点
3.8 周波数と空間的高さとの関係

4. 純音のピッチ
4.1 純音の可聴周波数範囲
4.2 周波数弁別閾
4.3 持続時間とピッチ
4.4 ピッチに及ぼす音圧レベルの影響
4.5 他音の存在によるピッチシフト
 4.5.1 雑音によるピッチシフト
 4.5.2 先行音によるピッチシフト

5. 複合音のピッチ
5.1 初期の聴覚理論‐時間説と場所説の論争‐
5.2 レジデュー理論の出現
 5.2.1 Schoutenの実験
 5.2.2 レジデュー理論
 5.2.3 複合音の成分の周波数シフト実験
 5.2.4 マスキング実験による場所説の否定
 5.2.5 振幅変調音によるピッチ知覚実験
 5.2.6 ピッチシフトの第1効果と第2効果
 5.2.7 レジデューピッチの存在領域
 5.2.8 結合音によるピッチシフトの第2効果の説明
5.3 差音と結合音
 5.3.1 聴覚の非線形特性による結合音の発生
 5.3.2 結合音の可聴性
 5.3.3 結合音の大きさ
5.4 総合的聴取と分析的聴取
 5.4.1 総合的聴取と分析的聴取の区別
 5.4.2 聴覚フィルタ
 5.4.3 部分音の分解性
 5.4.4 総合的聴取か分析的聴取か?
 5.4.5 聴取モードに及ぼす白色雑音の影響
 5.4.6 純音の低調波ピッチ
 5.4.7 部分音のピッチシフト問題
 5.4.8 両極性周期的パルス列音のピッチ
5.5 総合的聴取によるピッチ
 5.5.1 複合音の多重ピッチ‐純音とのピッチマッチング‐
 5.5.2 ピッチの支配領域
 5.5.3 基本周波数からのピッチシフト
 5.5.4 音程判断における正答率
 5.5.5 周波数成分間の位相効果
 5.5.6 基本周波数の弁別閾
 5.5.7 変調周波数の弁別閾
 5.5.8 持続時間による周波数弁別閾の変化
 5.5.9 ダイコティック聴取によるピッチ
 5.5.10 分解されない倍音群の弁別
 5.5.11 ピッチ知覚に及ぼす異なる周波数領域での干渉効果
5.6 雑音のピッチ知覚
 5.6.1 雑音の断続と振幅変調の効果
 5.6.2 くし形フィルタを通した雑音のピッチ
 5.6.3 雑音による両耳ピッチ

6. ピッチ知覚モデル
6.1 自己相関モデル
6.2 パターン認識モデル
 6.2.1 Wightmanのパターン変換モデル
 6.2.2 Goldsteinの最適処理理論
 6.2.3 Terhardtの周波数分析と学習の理論
 6.2.4 パターン認識モデルへの批判
6.3 Mooreのモデル

7. 西洋音楽におけるピッチ問題
7.1 音高と音程
7.2 基準ピッチ
 7.2.1 歴史的変遷
 7.2.2 演奏における基準ピッチ
7.3 音律とは何か
 7.3.1 平均律
 7.3.2 ピタゴラス音律
 7.3.3 純正律
 7.3.4 その他のおもな音律
 7.3.5 音程の数値化‐セントの計算法
 7.3.6 ピアノの調律曲線と心理的評価
 7.3.7 音階演奏における音程の測定
 7.3.8 音律の心理的評価
 7.3.9 平均律クラヴィーア曲集は平均律で演奏されたか?
7.4 絶対音感
 7.4.1 絶対音感とは
 7.4.2 絶対音感と年齢
 7.4.3 絶対音感に関する実験的研究
 7.4.4 絶対音感の問題点
 7.4.5 移動ド唱法と固定ド唱法
 7.4.6 高齢化に伴う音高の変化

8. 補遺と今後の課題
8.1 ピッチの定義の変遷
8.2 ピッチ知覚研究の今後の課題
 8.2.1 時間情報の多様性
 8.2.2 周波数の高い純音および複合音の音楽的ピッチ
 8.2.3 上位ニューロンの神経インパルスの同期性の低下
 8.2.4 最終的なピッチ判断

引用・参考文献
索引

大串 健吾(オオグシ ケンゴ)

日刊工業新聞2017年2月22日 「話題の本」欄 掲載日:2017/04/14