制御と学習の人間科学
人間が外界と関係しながら知識を得る過程について論じ,それが機械の振舞いとどう違うか,また人間と人間を取り巻く機械環境はどうあるべきかを,制御と学習の観点から解説する。人間と機械の共生に関する,新しいタイプの啓蒙書。
- 発行年月日
- 2005/07/06
- 判型
- A5
- ページ数
- 198ページ
- ISBN
- 978-4-339-07777-3
- 内容紹介
- まえがき
- 目次
人間が外界と関係しながら知識を得る過程について論じ,それが機械の振舞いとどう違うか,また人間と人間を取り巻く機械環境はどうあるべきかを,制御と学習の観点から解説する。人間と機械の共生に関する,新しいタイプの啓蒙書。
現代社会では大部分の人たちが機械環境の中で生活しています。「機械は冷たい,暖かい人の手で」,「自然の中でのびのびと」などと言っても,ごく限られた人しかそれを実行できません。これからの私たちは機械を拒否するのでなく,機械と仲よく暮らさなければなりません。人間には人間特有の情感や人生観があり,機械は冷静で客観的な動作をします。両者は本質的に異質であり,しかも仲よく暮らさなければなりません。
最近の大学では,自由に多様な教育をすることが声高く言われますが,人間と機械の「仲よい関係」についての見方はほとんどありません。人間あるいは機械についての教科はありますが,どちらか一方からの見方に終わっています。工学系では「人間尊重」と言いながら人問機械論に終始し,文科系では機械は単なる道具で使い方を教えればよい程度に考えています。人間と機械の関係は,もっと深刻にたがいの本質に影響し合うものです。
ハイテク化,情報化,福祉・介護機器など,杜会では機械環境が激しく変化しつつあります。人間は便利さに目を注ぎ,機械を使い,その影響を受けます。気が付くと思考様式まで大きく変化しています。なりゆきに任せるのでなく,人聞が機械環境の中でどのように生きるかを導く専門家が望まれます。さまざまな分野の専門家が人間と機械の関係についての知識を持つことが望ましいのです。その意味での入門書があってもよいと考えました。
この本では,制御・計測・学習の過程をまず取り上げ,人間と機械の関係に焦点を当てました。人間が「こうしたい」と考え,知識と行動能力を獲得するときに,人間と機械の関係が浮き彫りになり,それが機械環境の中で人間が「生きる」ことそのものだとも考えられるからです。
私は長年医学部と工学部の研究教育に関係して人間と機械の問題にかかわり,また数多くの境界領域学会に関係し,多様な分野の専門家と交流しました。それぞれの専門領域では,自分の城の中での問題を深く掘り下げているのに,他領域との関連を付けることはきわめて皮相的です。しかしごく簡単な概念を交換するだけでも,たいへん新鮮に感じるようです。他分野から高度の専門知識を輸入するというよりは基本的な考え方を自分なりの体系に組み入れて活用するという姿勢の人が多くいます。
以上のような現状認識で,理工系あるいは文科系の学部上級生,大学院学生のレベルで演習等に使用できる教材を用意してみました。固有の専門的知識はなるべく避け,思想が混ざり合う部分に重点を置きました。初歩的で雑な解説が混入し,広く浅い記述に終わったことも事実です。各読者は専門の部分は軽く読み飛ばし,それ以外の領域との絡みに注意を払ってください。
しかしこの本は単なる入門書ではなく,初歩者から専門研究者まで広い範囲の読者が思想を闘わせるための問題提起,研究現状の批判などを各章に仕込んであります。単なる文明評論に終わらずに,人間と機械文明の相互作用とあり方について,広くあるいは深く考察を深めてほしいものです。
この問題についての思想や知識はまだ体系化されていません。私自身が境界領域での多数の学会や研究集会での議論を通して,各分野の専門家の考え方と興味を自分の肌で感じ,構成しました。これから新鮮な感覚で問題に取り組む学生諸君には,違和感があるかもしれません。機会があれば関心のある先生方が改良版を出して下さることを期待します。
この本を出版するにあたっては,コロナ社の多くの方々にお世話になりました。地道な努力に理解を示していただいたことに,深く感謝いたします。
2005年4月
斎藤正男
1.生物は働きかける
1.1 人間の始まり
1.2 外の世界に向かって
1.3 大人になって
1.4 制御(コントロール)ということ
1.5 働きかけの主体と対象
1.6 作用する側とされる側
1.7 この章のまとめ
2.相手の状態を知る
2.1 よい制御をするために
2.2 働きかけは知識の獲得
2.3 制御と計測は二つ一組
2.4 信号路
2.5 擾乱と不確実性
2.6 学習する人間
2.7 注意とやる気
2.8 この章のまとめ
3.一定の状態を保つ
3.1 自動制御の技術
3.2 古典的制御の仕組み
3.3 フィードバック
3.4 ネガティブフィードバック
3.5 生物と工学理論
3.6 ホメオスタシス
3.7 生体の総合的な動作
3.8 記憶のイメージ
3.9 この章のまとめ
4.より柔軟な制御
4.1 一定だけでよいのか
4.2 ダイナミックな制御
4.3 目的地への経路
4.4 対象の状態と作用
4.5 どの経路がよいのか
4.6 逆方向問題
4.7 状態の遷移と安定性
4.8 この章のまとめ
5.制御・計測・学習のできる範囲
5.1 制御可能性と計測可能性
5.2 主体と信号路の問題
5.3 学習するのは主体
5.4 制御能力が獲得されるまで
5.5 機械の支援
5.6 この章のまとめ
6.自然界と生物の最適性
6.1 最適な経路の選択
6.2 なんでも最適性?
6.3 生物の行動と評価基準
6.4 不確かな選択
6.5 個体と種の最適化
6.6 評価のすり替え
6.7 この章のまとめ
7.進化のメカニズム
7.1 進化の基本要素
7.2 遺伝的アルゴリズム
7.3 生物の進化
7.4 種の相互関係
7.5 分散システム
7.6 スタックとご破算
7.7 局所的最適化と擾乱
7.8 局所的最適性と個体の行動
7.9 この章のまとめ
8.遺伝と学習
8.1 元々はどうだったのか
8.2 親の庇護と教育
8.3 親離れの意味
8.4 この章のまとめ
9.生物の中での情報処理
9.1 さまざまなメカニズム
9.2 神経細胞の動作
9.3 神経回路の学習
9.4 学習機械
9.5 学習と着目点
9.6 神経回路と波動
9.7 波動・記憶・情感
9.8 情感と総合化
9.9 この章のまとめ
10.法則を抽出する
10.1 経験に学ぶ
10.2 条件反射
10.3 学習曲線
10.4 条件反射の性質
10.5 賞と罰
10.6 学習と動機
10.7 複雑な現実
10.8 この章のまとめ
11.学習と記憶
11.1 記憶の役割
11.2 脳研究―上からと下から
11.3 記憶の定着
11.4 記憶のブロック図
11.5 感覚一時貯蔵(SIS)
11.6 短期記憶(STM)
11.7 STMの役割
11.8 長期記憶(LTM)
11.9 記銘と想起
11.10 成長過程と記憶
11.11 この章のまとめ
12.人間と機械の協力
12.1 新しい関係
12.2 制御可能と計測可能
12.3 学習が出来るか
12.4 計測路の支援
12.5 制御路の支援
12.6 階層構造
12.7 この章のまとめ
13.自分自身を制御する
13.1 自己制御
13.2 機械の支援
13.3 自分の状態を知る
13.4 バイオフィードバック
13.5 バイオフィードバックのモデル
13.6 バイオフィードバックの実際
13.7 記憶の役割
13.8 生体の改造
13.9 人間と機械の一体化
13.10 この章のまとめ
14.情報マシンとしての人間
14.1 情報処理マシン
14.2 情報量と信号路容量
14.3 情報を受け取る
14.4 感覚レベル
14.5 認知レベル
14.6 情報の記憶と貯蔵
14.7 認知・判断の能力
14.8 情報の呈示
14.9 情報を送出する
14.10 学習過程と情報
14.11 この章のまとめ
15.人間を助ける機械
15.1 人間のパートナー
15.2 対象を理解する
15.3 信号路
15.4 制御信号の支援
15.5 人間の感覚と信号
15.6 必要な成分の抽出
15.7 時間遅れと予測
15.8 表示の工夫
15.9 対象のモデル
15.10 対象の複雑さ
15.11 シミュレーション
15.12 この章のまとめ
16.機械が提供する世界
16.1 機械の能力が高くなると
16.2 人間と機械は異質
16.3 不適切問題
16.4 仮説検定,人間と機械
16.5 集団と確率
16.6 仮想と学習
16.7 仮想世界の展開
16.8 この章のまとめ
17.人間と機械は仲よく
17.1 違うもの同士の協力
17.2 機械の側から
17.3 揺さぶりをかける
17.4 やる気と機械
17.5 人間の変化
17.6 機械と仲よく
17.7 三角関係
17.8 進化の原理からの逸脱
17.9 この章のまとめ
付録
A.1 情報と情報量
A.2 古典的制御の基本図式
A.3 学習曲線の意味
A.4 条件反射を形成する回路
A.5 学習と外部計測路の効果
索引