次世代医療AI - 生体信号を介した人とAIの融合 -
生体信号に関する新たな医療 AI 開発について解説し,法律や倫理,薬事も解説した。
- ジャンル
- 発行年月日
- 2021/07/02
- 判型
- A5
- ページ数
- 272ページ
- ISBN
- 978-4-339-03381-6
- 計測自動制御学会賞著述賞を受賞いたしました。
- 内容紹介
- まえがき
- 目次
- レビュー
- 書籍紹介・書評掲載情報
- 広告掲載情報
本書は生体信号を活用する医療AIに焦点を当て,生体信号の生理学的メカニズムから各種の測定機器,生体信号を解析する機械学習技術までをも網羅することを目指しました。さらに,医療AI開発にあたり,研究者,開発者が知っておくべきAIの法律面や倫理面,そして実用化または商用化を目指す際のハードルとなる薬事についても解説を加えました。
本書の構成を以下に記します。
1章で医療AIを概説後,2章では,生体信号発生のメカニズムに関わる生体の構造や機能について,その概要を述べます。われわれの身体がどのように成り立ち,制御されているか,外部の情報をセンシングしているかを理解しておくことは,生体信号を解釈する上で必須です。
3章では,代表的な生体計測方法を紹介します。生体信号を測定するための装置の原理や特徴を理解しておくことは,正しい測定を行う上で必須です。生体信号は一般にS/N比の低い,ノイズだらけの信号であることが多く,例えばEEGは,被験者の体動やまばたきでも大きなアーチファクトが混入してしまいます。そのため,できるだけ正しい測定を行い,質の高い生体信号を記録しておくことが,生体信号を活用する医療AI開発の最初の壁となります。
4章では,生体信号処理の前処理手法を解説します。生体信号は一般にノイズまみれの信号です。そのため,ノイズまみれの信号からいかに欲しい情報を取り出すかが重要で,目的に応じて様々な統計的手法が活用されます。
生体信号から目的とする信号を前処理によって取り出したら,ようやく機械学習によるAI の学習です。5章では,古典的な回帰・識別から深層学習まで,医療AI開発に用いられる機械学習手法について幅広く触れます。
6章では,実際にAI開発に利用される生体信号とその活用例を,臨床例を含めて紹介します。本章を読むと,生体信号を用いるAIが,いかに臨床と深く結び付いているかがわかるでしょう。逆にいえば,工学系の研究者にとって,いかに臨床現場に入り込むかが医療AI開発の鍵となることが理解できるはずです。
生体信号を活用する医療AIは発展途上の分野であり,実用化にはまだ時間がかかると思われるものも多いですが,いくつかすでに実用化・商用化されている製品もあります。7章では,そのような例を紹介し,今後の医療AI開発の展望を述べます。
最後の8章は,医療AIに関わる法律や倫理,薬事についての話です。医療AI開発はさまざまな面で社会と深い関わりがあり,いかに良い技術であっても,これらを無視して開発することはできません。法律面においては,医師法のみならず,個人情報保護や製造物責任などの問題があります。また,法律的には問題がなくても,倫理的に社会に受け入れてもらえない場合も想定されます。なにがどこまで許容されるのかは,医療AI開発においてつねに念頭に置いて考えるべき事柄です。また,そもそも開発しようとしているAIが,医療機器に該当するのかしないのかを考えなければ,開発に着手することすらできません。8章では,法律や倫理に詳しくない開発者,研究者に向けて,これらの平易な解説を試みました。
近年,人工知能(artificial intelligence; AI)はさまざまな分野で急激に普及し,その勢いは増す一方のように見える。医療分野もその例外ではない。2016年には深層学習研究の大家であるジェフリー・ヒントンが「人工知能のほうが放射線科医よりも賢くなるので,放射線科医の無駄な教育はやめたほうがいい」と発言したともいわれている。実際に,CT画像やMRI画像に基づく画像診断分野ではAI技術の活用が急速に進んでおり,米国食品医薬品局(FDA)や日本の医薬品医療機器総合機構(PMDA)の承認を得た医療機器プログラム(Software as a Medical Device; SaMD)がすでに登場している。画像診断分野では,これからもAI技術に基づいたSaMDが次々と開発され,臨床現場への導入が進むと思われる。
しかし,画像診断は医療における一部の領域に過ぎない。心電図・脳波などの生体信号や血液検査のように,検査・診断に用いられているモダリティは,画像以外にもたくさんある。それにもかかわらず,医療分野におけるAIの利活用で画像診断だけが突出しているのは,データの取得方法が高度に自動化されており,他のモダリティと比較して質の高い学習データの蓄積が容易だからである。一方で,医用画像以外のモダリティでは,大量のデータの収集が手間であることに加え,その解釈や判読が困難であることもしばしばある。現在のAI技術のパラダイム,すなわちビッグデータ解析とは,大量のデータを用いた数
理的なルールの学習にほかならず,データの収集や解釈の難しさはそのままAI開発の足枷となっている。
本書では,あえて「次世代医療AI---生体信号を介した人とAIの融合」と銘打ち,医用画像以外のモダリティ,特に生体信号を用いたAI技術に焦点を当て,来たるべき新たな医療AI開発の時代に備えるために必要な事柄を丁寧に解説した。前述のとおり,画像以外のモダリティではデータの収集や解釈が難しい場合があるが,本書にはその隘路を乗り越えるためのヒントが散りばめられている。
本書は工学・情報学系および医学系の大学院生や研究者を対象として想定しているが,おそらく工学・情報学系の方は,生物学・医学について勉強したことがないと思われる。一方で,医学系の方は電気回路や機械学習などの工学的な方法については,名前は聞いたことがあっても,その中身まで理解されている方は少ないと思う。そこで,本書では,工学・情報学系,医学系の垣根を越えて医療AI開発に必要な知識を習得できるよう,生体の構造や機能などの基礎から生体センシング・信号処理・機械学習まで,幅広い内容をコンパクトにまとめた。また,実際の医療AIの開発事例も豊富に紹介して,読者が医療AIについてイメージを持ちやすいように工夫した。
さらに,類書にはない本書の特徴として,医療AIに関わる法律や倫理,薬事についても解説を試みている。医療AI開発はさまざまな面で社会と深い関わりがあり,これらを無視して開発することはできない。医療に関わる分野では,悪意のない些細なミスであっても,それが法に触れたり,倫理に反したりする事柄であれば,いかに良い技術であってもけっして日の目を見ることはなくなってしまう。さらに,これらを乗り越えて高性能な医療AIを開発しても,薬事という最大の壁,つまりFDAやPMDAなどの規制当局の承認を得ることができなければ,医療AIシステムとして市場に流通させることはできない。
本書で医療AIの開発にあたってあらかじめ知っておくべき法律や倫理,薬事の知識に触れることで,より現実的に医療AIの開発を進めることができる。本書の執筆は,青山学院大学戸辺義人先生,横浜国立大学白川真一先生,愛知県医療療育総合センター発達障害研究所伊東保志先生のご助言により,完成にこぎつけることができた。また,出版にあたってコロナ社の皆様にはたいへんお世話になった。この場をお借りしてお礼申し上げる。
なお,本書の執筆分担は以下のとおりである。
執筆分担
藤原 幸一 1章,4.1節,4.2.1項,4.3節,5.1節,6.2節
久保 孝富 4.2.2~4.2.3項,5.5節,6.3節,7章
山川 俊貴 3章
伊藤 健史 2.3~2.4節,5.4節,5.6節,7章
中野 高志 2.1~2.2節,6.1節
吉本潤一郎 5.2~5.4節
松尾 剛行 8.1節
藤田 卓仙 8.2節
桐山 瑶子 8.3節
2021年5月
著者一同
1.序論
1.1 医療AIとは?
1.2 本書の構成
2.生体の構造・機能
2.1 神経系
2.1.1 神経細胞
2.1.2 静止膜電位と活動電位
2.1.3 シナプス伝達
2.1.4 脳神経回路の構造
2.1.5 脳の機能
2.2 感覚器系
2.2.1 視覚
2.2.2 聴覚と平衡覚
2.2.3 嗅覚と味覚
2.3 筋骨格系
2.3.1 骨格
2.3.2 骨格筋
2.3.3 筋線維の構造
2.3.4 筋線維の収縮原理と神経シグナルによる制御
2.3.5 筋収縮の生理学
2.4 循環器系
2.4.1 循環器系の構成
2.4.2 心臓の解剖学的構造
2.4.3 刺激伝導系と心筋の収縮
2.4.4 循環器系の役割
2.4.5 循環の調節
3.生体計測
3.1 脳活動
3.1.1 電気的活動
3.1.2 脳血流反応
3.2 心電図
3.3 筋電図
3.4 脈波
3.4.1 光電式容積脈波記録
3.4.2 心弾動図
4.生体信号処理
4.1 信号処理の基礎
4.1.1 フーリエ解析
4.1.2 ウェーブレット解析
4.2 行列分解
4.2.1 主成分分析
4.2.2 独立成分分析
4.2.3 非負値行列因子分解
4.3 生体信号の特徴量
5.生体信号処理に用いられるAI・機械学習
5.1 異常検知
5.1.1 多変量統計的プロセス管理(MSPC)
5.1.2 自己符号化器
5.2 クラスタリング
5.2.1 階層的クラスタリング
5.2.2 k平均法
5.2.3 混合ガウス分布モデル
5.3 分類
5.3.1 最近傍法とk近傍法
5.3.2 ベイズの識別規則と線形判別分析法
5.3.3 ロジスティック回帰
5.3.4 サポートベクタマシン
5.3.5 決定木とランダムフォレスト
5.4 回帰
5.4.1 線形回帰
5.4.2 サポートベクタ回帰
5.4.3 k近傍法とカーネル回帰
5.4.4 ガウス過程回帰
5.5 因果推論
5.5.1 グレンジャー因果性
5.5.2 LiNGAM
5.6 深層学習
5.6.1 フィードフォワードニューラルネットワーク
5.6.2 普遍性定理
5.6.3 誤差逆伝搬法
5.6.4 畳み込みニューラルネットワーク:画像データの処理
5.6.5 再帰型ニューラルネットワーク:時系列データの処理
5.6.6 その他の話題
6.生体信号を用いた医療AI技術開発
6.1 脳活動
6.1.1 脳機能画像を用いた精神疾患の診断と層別化
6.1.2 ブレイン-マシンインタフェース(BMI)
6.2 心拍変動
6.2.1 自律神経系
6.2.2 心拍変動解析
6.2.3 時間領域指標
6.2.4 周波数領域指標
6.2.5 脈波のHRV解析への利用
6.2.6 自律神経系の機能検査法
6.2.7 HRVによるてんかん発作予知
6.2.8 臨床データへの適用結果
6.3 筋電位信号
6.3.1 運動単位:筋線維群とα運動ニューロン
6.3.2 筋電位信号とは
6.3.3 表面筋電図の計測方法
6.3.4 筋電位信号の応用事例
7.実社会への実装および今後の展望
7.1 社会実装例
7.1.1 心電図または心音を用いるAIデバイス
7.1.2 胸部聴診音や呼吸音を用いるAIデバイス
7.1.3 その他のバイタルサインを用いるデバイス
7.1.4 画像診断
7.2 今後の展望
8.医療AIの法律・倫理・薬事
8.1 医療AI開発者にとっての法律の意義
8.1.1 法的規制の大枠
8.1.2 事例検討
8.2 医療AIの法律と倫理
8.2.1 AIの倫理
8.2.2 医療・医学研究の倫理
8.2.3 倫理にどのように対応すればよいのか
8.3 医療AIと薬事
8.3.1 医療AIの医療機器該当性について
8.3.2 薬事規制から見た医療AI開発
8.3.3 AI医療機器に治験は必要か不要か?
引用・参考文献
索引
読者モニターレビュー【nasa様(ご専門:半導体プロセス開発支援 ,特許和訳(医療機器関連の翻訳経験有))】
書籍の背景
めまぐるしく技術動向が変化する時代に活躍する技術者・研究者・学生の助けとなる書籍をタイムリーに提供することを方針としている計測・制御セレクションシリーズの一冊。現在,次々と新しい概念・理論・技術が発表され,その核心を理解するのに多大な努力を必要とし,各技術分野がそれだけで閉じることなく,横断的に発展・連携・融合して,新たな分野へ多種多様な展開を見せています。そのような中で,計測,制御,システム・情報,システムインテグレーション,ライフエンジニアリングに関わる技術テーマをタイムリーに収録していこうというのが本作品の背景にあるとのこと。
書籍の概要
本書は,医療と人工知能(AI)に関することがまとめられ,特に,生体信号とAIの融合に関することがまとめられています。読者としては,工学・情報学系,医学系の大学院生や研究者を想定しており,分野の垣根を越えて医療AI開発に必要な知識を習得できるように構成されています。具体的には,生体の構造・機能,生体センシング,信号処理,機械学習,さらには法律・倫理・薬事までと幅広いテーマを掲載しています。
書籍の特徴
医療へのAI活用は,コンピュータ断層撮影や核磁気共鳴画像法などの画像診断(画像処理技術)が特に進んでおり,自然言語で記述されたカルテデータ(自然言語処理技術)や,心電図や脳波などの生体信号(信号処理技術)に対する活用も進んでいるようです。その中でも,本書は,他に類書がない生体信号に焦点を当てたものとなっています。
そして,何と言っても,工学・情報・医学の垣根を越えて,生体信号とAIとの関わり合い方を理解・活用するのに必要な項目を網羅しているところに特徴がありそうです。また,技術的な話だけではなく,実際の応用事例や法的な問題,さらに倫理・薬事までも取り上げられているところがさらなる特徴を漂わせています。
私が思う本書籍の魅力
特許翻訳にも言えることですが,さまざまな分野の技術が関わり合って,一つの特許明細書を構成しているものが多々あります。1つの分野を理解するだけでは,翻訳が難しいのが現状です。医療に関するAIの活用もさまざまな分野が関わり合っているようです。そのような複合的な技術を学ぶにあたって,あるテーマを軸として(本書は医療AI),横断的に基本的な項目を知り得る本書は,魅力的に映るのではないでしょうか。また,各技術が,どのように絡み合って,実社会に展開されているのか,本書1冊で見渡せるのも魅力の1つではないかと思います。
読者モニター様のブログ:https://jidai-trans.com/archives/992
読者モニター様による本書籍紹介動画(YouTube):https://www.youtube.com/watch?v=VKUq15Ow-DA
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