確率システムにおける制御理論

シリーズ 情報科学における確率モデル 6

確率システムにおける制御理論

確率微分方程式に支配される確率システムを基盤とした電気・機械・プロセスシステムにおけるシステム理論、動的ゲームへの応用を解説

ジャンル
発行年月日
2019/07/03
判型
A5
ページ数
270ページ
ISBN
978-4-339-02836-2
確率システムにおける制御理論
在庫あり

定価

4,290(本体3,900円+税)

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本書は,数学を基盤としたシステム理論の中でも,伊藤の確率微分方程式によって支配される確率システムを基盤とした電気・機械・プロセスシステムにおけるシステム理論および動的ゲームへの応用について詳細に解説している。

自然システムにおける物理現象を数学の表記法に従って記述する場合,常微分方程式が利用される。場合によっては,化学プロセスのように,時間と空間によって現在の状態を記述するときには,偏微分方程式が利用される。これらの数理モデルは,ハミルトンの原理「始点と終点の二つの定点を運動する経路は,ラグランジアン,すなわち運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの差の時間積分の最小値」として与えられる。実際,解析力学で見られるこの結果を利用して,マニピュレータなどの運動方程式が得られることはよく知られている。あるいは,数理モデルが具体的に得られない場合,統計的手法を基盤としたシステム同定によって,次数とパラメータが決定される。近年では,コンピュータおよびインターネットの発達に伴って,ビッグデータの採取や大規模計算が容易にかつ高速に行われるようになり,複雑な数理モデルを求めることが容易となった。その結果,プロトタイプを作る前に,シミュレーションを行うことによって,ものづくりの期間短縮に貢献していることは周知の事実である。

数学を基盤としたシステム理論の始まりとして,常微分方程式によって支配される確定システムにおけるラウス・フルビッツやナイキストの安定判別に代表される1950年代に現れた古典制御理論が挙げられる。その後,比例・積分・微分の三つのパラメータを操作することによって制御則を決定するPID制御が確立された。PID制御に至っては,現在でもその不動の地位を保っており,ありとあらゆる電気・機械・プロセスシステムで利用されている。1960年代には,旧ソ連の有人月旅行計画や,アメリカのアポロ計画にみられるように,宇宙船の制御にシステム理論は多大な貢献をなした。具体的には,最大原理を応用した最短時間制御,あるいは,カルマンの提案した状態空間法に基づく時間領域の二次形式評価関数を最小にする最適レギュレータ問題が盛んに研究され,応用された。さらには,カルマンフィルタに見られるように,必要な信号からノイズを除去する手法が確立された。1980年代に入ると,最悪外乱を抑えるH∞ノルムを評価基準としたH∞制御が開発され,車両のセミアクティブサスペンション技術に応用された。近年では,伊藤の確率微分方程式による拡張や,マルコフ過程を導入した新たな確率システム論が研究されるなど,システム理論の発展は,枚挙にいとまがない。

本書では,伊藤の確率微分方程式によって支配される確率システムを基盤とした電気・機械・プロセスシステムにおけるシステム理論および動的ゲーム理論への応用について述べる。本書を読み進めるにあたり,線形代数学,微分積分学,微分方程式,最適化は既習であることを前提にしている。本書の前半部分では,確率システムにおける基礎となる内容から,システム理論の基盤に至るまで,広範囲に記述している。特に,1章および2章に限っては,既習である場合,読み飛ばしてもなんら問題は生じないと思われる。後半では,動的ゲーム理論についての結果や関連する証明などを記述している。現在に至るまで,ダイナミクスを伴わない静的ゲーム理論に関しては,多数の良書が存在する。一方,ダイナミクスを前提とした動的ゲーム理論に関する書籍は,洋書では,多数の良書があるにもかかわらず,著者が知る限り,和書ではなかなか見当たらない。近年,原子力エネルギーから再生可能エネルギーへのシフトでは,ウィンドファームでの風車の配置問題,あるいは,それらの電力を利用したピークシフト・ピークカット問題などが知られている。さらには,複数ドローンに見られる協調制御など,動的ゲーム理論が大いに活躍できる諸問題が多く存在する。本書では,線形・非線形確率システムに対して,協力ゲームにおけるパレート最適戦略から始まり,非協力ゲームの代表であるナッシュ均衡戦略,階層戦略を構成する非協力スタッケルベルグ均衡戦略について記述している。また,H∞制御問題を定式化できるサドルポイント均衡など,おもなゲーム問題を確率システムを基盤として論じている。通常,これらの戦略を得るためには,連立型確率リカッチ代数方程式や,非線形システムでは,ハミルトン・ヤコビ・ベルマン方程式で有名な偏微分方程式を解く必要がある。本書では,それらの解法についても詳細を述べている。さらに,MATLABを利用したシミュレーションも行っている。MATLABにはさまざまなTool Boxが存在し,制御系設計を容易にし,かつ,Simulinkによって,視覚的に設計することが可能となる。

最後に,前半は,偉大な先人による確率システムに関する良書があるにもかかわらず,薄学な著者による記述をお許しいただきたい。動的ゲーム理論に関しては,詳細な証明は記述できなかったが,概念を理解するには十分と考える。本書によって,動的ゲーム問題が,実際の社会問題を解決する一つの手段として利用されることを願ってやまない。また,本書を作成するにあたり,川上恭平氏には,証明の確認や原稿の校閲を行っていただいた。ここに改めて謝辞を述べさせていただく。

2019年5月 向谷博明 

1. 数学的準備
1.1 ベクトル・行列の性質
1.2 二次形式と微分
1.3 行列の微分
1.4 最適化
 1.4.1 ラグランジュの未定乗数法
 1.4.2 カルーシュ・クーン・タッカー(KKT)条件
 1.4.3 ニュートン法
 1.4.4 勾配法
1.5 リアプノフ安定論
1.6 最適レギュレータ
 1.6.1 最大原理による導出
 1.6.2 動的計画法による導出
1.7 リアプノフ代数方程式
1.8 H∞制御
 1.8.1 H∞ノルム
 1.8.2 H∞制御問題の一般解
1.9 線形行列不等式:LMI
1.10 まとめ

2. 確率過程論
2.1 確率過程
 2.1.1 ウィナー過程
 2.1.2 ブラウン運動の性質
 2.1.3 確率微分方程式
 2.1.4 確率微分方程式によるモデル表現
 2.1.5 伊藤の公式
 2.1.6 例題
2.2 確率システムの安定性
2.3 シミュレーション技法
 2.3.1 ブラウン運動のシミュレーション
 2.3.2 オイラー・丸山近似
2.4 まとめ

3. 連続・離散時間線形確率システム
3.1 連続時間線形確率システム
 3.1.1 連続時間線形確率リアプノフ代数方程式
 3.1.2 連続時間線形確率システムの最適レギュレータ問題
3.2 離散時間線形確率システム
 3.2.1 離散時間線形確率リアプノフ代数方程式
 3.2.2 安定化
 3.2.3 離散時間線形確率システムの最適レギュレータ問題
3.3 まとめ

4. 数値計算アルゴリズム
4.1 リカッチ代数方程式
4.2 確率リカッチ代数方程式
 4.2.1 ニュートン法による数値計算アルゴリズム
 4.2.2 LMIによる数値計算アルゴリズム
 4.2.3 数値例
4.3 連立型確率リカッチ代数方程式
 4.3.1 ニュートン法による数値計算アルゴリズム
 4.3.2 リアプノフ代数方程式による数値計算アルゴリズム
 4.3.3 座標降下法による数値計算アルゴリズム
4.4 離散型マルコフジャンプ確率システムに関する数値計算アルゴリズム
4.5 まとめ

5. マルコフジャンプ確率システム
5.1 連続時間マルコフジャンプ確率システムの安定化
 5.1.1 事前結果ならびに準備
 5.1.2 主要結果
 5.1.3 モード非依存型制御
5.2 連続時間マルコフジャンプ確率システムの最適レギュレータ問題
 5.2.1 事前結果ならびに準備
 5.2.2 主要結果
5.3 離散時間マルコフジャンプ確率システムの安定化
 5.3.1 事前結果ならびに準備
 5.3.2 主要結果
5.4 離散時間マルコフジャンプ確率システムの最適レギュレータ問題
 5.4.1 事前結果ならびに準備
 5.4.2 主要結果
5.5 まとめ

6. 非線形確率システム
6.1 安定性
6.2 最適レギュレータ問題
 6.2.1 有限時間の場合
 6.2.2 無限時間の場合
6.3 H∞制御
 6.3.1 非線形確率有界実補題
 6.3.2 非線形確率システムにおけるH∞制御
6.4 数値解法
 6.4.1 逐次近似法
 6.4.2 ガラーキン・スペクトル法
 6.4.3 チェビシェフ多項式の導入
6.5 まとめ

7. 動的ゲーム理論への応用
7.1 パレート最適戦略
 7.1.1 確率パレート最適戦略
 7.1.2 確率パレート最適戦略の解
7.2 ナッシュ均衡戦略
 7.2.1 混合H2/H∞制御問題
 7.2.2 確率ナッシュ均衡戦略
 7.2.3 マルコフジャンプ確率システムにおけるナッシュ均衡戦略
 7.2.4 ナッシュ均衡戦略対が存在するための必要十分条件
 7.2.5 ニュートン法
 7.2.6 非線形確率ナッシュ均衡戦略
7.3 スタッケルベルグ均衡戦略
 7.3.1 スタッケルベルグ均衡戦略問題
 7.3.2 主要結果
 7.3.3 数値計算アルゴリズム
 7.3.4 数値例
7.4 min-max戦略:サドルポイント均衡
 7.4.1 弱拘束確率ナッシュ均衡戦略問題
 7.4.2 主要結果
7.5 まとめ

引用・参考文献
索引

読者モニターレビュー【K.O.様(所属:機械メーカ・研究職,専門:制御工学)】

本書籍は、確率で表記されるダイナミクスを持つシステムに対して、制御理論の適用手法について解説された本となります。
特に、制御工学の立場から話が展開されており、現代制御理論を勉強した人が確率システムの制御とはどのようなものか、雰囲気を知るために適していると感じました。また、各章末の問題は記載されていませんが、文章内に数値例が紹介されているため、必要に応じて、自分でプログラムを組みながら読み進めることで、より理解を深めることができると感じました。

M.K.様(大学院・航空宇宙システム制御専攻)

この本は,厳密な証明や解説は他書に譲り,確率システムと制御に関する要点の証明・最新の研究動向の紹介があるような,いわゆる橋渡しとなるテキストのように感じました。
前書きに"ダイナミクスを前提とした動的ゲーム理論に関する書籍は(中略),和書ではなかなか見当たらない"とある通り,和書には珍しい動的ゲーム理論が紹介される点で特に他書と差別化しているようです。
比較的行間が広いため,参考文献に挙げられているテキストを随時参照しながら,この本の行間を埋めていくようなセミナー等に適すると思われます(※)。特に現代制御論・確率解析のいずれかに関する基礎知識を持つ方は,この本で確率システムの制御理論を概観することができると思われます。
個人的には,リカッチ代数方程式とシュール分解について詳しく書かれている点(第4章),非線型確率システムの H∞ 制御について書かれている点(第6章),また各章のまとめで辿った道筋と応用先を明確に示している点が良いと感じました。
(※) より行間が狭く書かれた確率システムの入門書としては,本書でも随所に引用されている「大住 晃:確率システム入門(システム制御情報ライブラリー), 朝倉書店(2002)」が挙げられます。こちらではカルマンフィルタについても取り挙げられています。



『シリーズ 情報科学における確率モデル』ラインナップ
  1. 統計的パターン認識と判別分析
  2. 栗田多喜夫・日高章理 共著 発売中!!
  3. ボルツマンマシン
  4. 恐神貴行 著 発売中!!
  5. 捜索理論における確率モデル
  6. 宝崎隆祐・飯田耕司 共著 発売中!!
  7. マルコフ決定過程-理論とアルゴリズム-
  8. 中出康一 著 発売中!!
  9. エントロピーの幾何学
  10. 田中 勝 著 発売中!!
  11. 確率システムにおける制御理論
  12. 向谷博明 著 発売中!!
  13. システム信頼性の数理
  14. 大鑄史男 著 発売中!!

以下続刊
  • マルコフ連鎖と計算アルゴリズム
  • 岡村寛之 著
  • 確率モデルによる性能評価
  • 笠原正治 著
  • ソフトウェア信頼性のための統計モデリング
  • 土肥 正・岡村寛之 共著
  • ファジィ確率モデル
  • 片桐英樹 著
  • 高次元データの科学
  • 酒井智弥 著
  • 最良選択問題の諸相 -秘書問題とその周辺-

  • 確率的ゲーム理論

  • ベイズ学習とマルコフ決定過程
刊行のことば

 われわれを取り巻く環境は,多くの場合,確定的というよりもむしろ不確実性にさらされており,自然科学,人文・社会科学,工学のあらゆる領域において不確実な現象を定量的に取り扱う必然性が生じる。「確率モデル」とは不確実な現象を数理的に記述する手段であり,古くから多くの領域において独自のモデルが考案されてきた経緯がある。情報化社会の成熟期である現在,幅広い裾野をもつ情報科学における多様な分野においてさえも,不確実性下での現象を数理的に記述し,データに基づいた定量的分析を行う必要性が増している。

 一言で「確率モデル」といっても,その本質的な意味や粒度は各個別領域ごとに異なっている。統計物理学や数理生物学で現れる確率モデルでは,物理的な現象や実験的観測結果を数理的に記述する過程において不確実性を考慮し,さまざまな現象を説明するための描写をより精緻化することを目指している。一方,統計学やデータサイエンスの文脈で出現する確率モデルは,データ分析技術における数理的な仮定や確率分布関数そのものを表すことが多い。社会科学や工学の領域では,あらかじめモデルの抽象度を規定したうえで,人工物としてのシステムやそれによって派生する複雑な現象をモデルによって表現し,モデルの制御や評価を通じて現実に役立つ知見を導くことが目的となる。

 昨今注目を集めている,ビッグデータ解析や人工知能開発の核となる機械学習の分野においても,確率モデルの重要性は十分に認識されていることは周知の通りである。一見して,機械学習技術は,深層学習,強化学習,サポートベクターマシンといったアルゴリズムの違いに基づいた縦串の分類と,自然言語処理,音声・画像認識,ロボット制御などの応用領域の違いによる横串の分類によって特徴づけられる。しかしながら,現実の問題を「モデリング」するためには経験とセンスが必要であるため,既存の手法やアルゴリズムをそのまま適用するだけでは不十分であることが多い。

 本シリーズでは,情報科学分野で必要とされる確率・統計技法に焦点を当て,個別分野ごとに発展してきた確率モデルに関する理論的成果をオムニバス形式で俯瞰することを目指す。各分野固有の理論的な背景を深く理解しながらも,理論展開の主役はあくまでモデリングとアルゴリズムであり,確率論,統計学,最適化理論,学習理論がコア技術に相当する。このように「確率モデル」にスポットライトを当てながら,情報科学の広範な領域を深く概観するシリーズは多く見当たらず,データサイエンス,情報工学,オペレーションズ・リサーチなどの各領域に点在していた成果をモデリングの観点からあらためて整理した内容となっている。

 本シリーズを構成する各書目は,おのおのの分野の第一線で活躍する研究者に執筆をお願いしており,初学者を対象とした教科書というよりも,各分野の体系を網羅的に著した専門書の色彩が強い。よって,基本的な数理的技法をマスターしたうえで,各分野における研究の最先端に上り詰めようとする意欲のある研究者や大学院生を読者として想定している。本シリーズの中に,読者の皆さんのアイデアやイマジネーションを掻き立てるような座右の書が含まれていたならば,編者にとっては存外の喜びである。

2018年11月

編集委員長 土肥 正