量子力学的手法によるシステムと制御
マクロな世界をミクロの力学を使って解き明かす試みを提示する。量子力学ユーザーに新しい活用の用途を与えられる一冊。
- 発行年月日
- 2017/12/27
- 判型
- A5
- ページ数
- 256ページ
- ISBN
- 978-4-339-03356-4
- 内容紹介
- まえがき
- 目次
- 広告掲載情報
主として想定する読者は,マクロの装置やプラントに係る技術者や研究者である。本書はマクロな世界をミクロの力学を使って解き明かす試みを提示する。その意味で本書は,量子力学ユーザーに新しい活用の用途を与えることにもなる。
まず,本書のテーマを以下に掲げる。
• 状態空間に広がる波を想定した最適フィードバック制御の量子力学
• ニューラルネットワークに量子的な計算ビットを搭載した量子計算知能
• 確率論に量子的もつれを導入して人間行動を分析する量子意思決定論と
量子ゲーム理論
• 量子機械と量子グラフ
本書が主として想定する読者は,「普通の大きさ」すなわち「マクロ」の装置やプラントに関わる技術者/研究者である。身の回りの物質が,原子や分子といった「非常に小さい」すなわち「ミクロ」の物質からできていることは常識として知っているが,機械や熱,流体の力学,電磁気あるいは化学反応を扱うことはあっても「量子」は必要ない,そう考えるエンジニアが対象である。本書はマクロな世界を,ミクロの力学を使って解き明かす方法を提示する。その意味で,本書は量子力学ユーザにその新しい活用の用途を与えることにもなる。
「量子」は,製鉄炉内の温度推定のために輻射エネルギーを離散化するという19世紀末(1900年12月)に出されたアイデアに端を発し,ミクロ世界を説明するための基本要素となった。ところが,これをあえてマクロの物理・工学システムのみならず人間行動の分析に適用するという試みが,誕生から1世紀を経た2000年前後に世界各地で起こった。ミクロの物質は波であり,かつ粒子でもある。この事実を反映して,本書でも繰り返し説明・強調するように,システムの状態とは「重ね合わせ」できるベクトルである。また,複素数が関与するため,システム同士の「干渉」がある。このような一見世離れした論理が,古典的なマクロ物理を確かに内包する。であれば,日常世界の難題をより広い視野で捉えるには,それを量子の言葉で書き直すことが一つの有力な方法論となるのではないか? 事実,非線形システムのフィードバック則は,「量子化」により線形理論で最適化できる。複素位相を持つ「量子描像」ニューラルネットワークは,古典的なニューラルネットワークをはるかに超える性能をもたらす。囚人のジレンマには,「量子的」に解決する途が開かれる。
海外では,すでにこの新分野の成書も多い。そこで,本書を企画し,量子力学とはどのようなもので,そのなにが有益なのかを,エンジニアを対象として議論・提供しようと考えた。このようなアイデアを中心にすえた成書は,海外にもない。
1章(伊丹)では,粒子は波,波は粒子であり,木から落ちるリンゴの運動はベクトルであると考えざるを得なくなった紆余曲折の経緯をあえて強調する。「より広い視野」で課題を見直す上では,事実に裏づけられている限り「禅問答」も意外と役に立つ。また,この章ではマクロシステムへの適用に焦点を当てつつ,量子力学の基本構造と計算法を示す。読者はその基礎の理解があれば,続く各章を自由な順で読むことができる。
2章(伊丹)は,ハミルトン-ヤコビ方程式を媒介として非線形システムのフィードバック最適化を線形理論で扱う。システムの「量子化」により従来の量子力学の計算法が適用できる点を強調する。
3章(松井)は,量子計算知能をその誕生から説き起こした上で,量子ビットあるいはエンタングルメント(量子的もつれ)をキーワードとして,量子アルゴリズムをサーベイする。ついで,量子描像ニューラルネットワークによる豊富な適用例を与える。古典ニューラルネットワークに比した大幅な性能向上と,それが量子のどの側面に依拠するかについて,詳細な分析を示す。
以上が工学的な適用であるのに対し,4章(全)は量子を人間行動に適用する野心的な試みである。確率の論理を詳述した上で,心理を量子力学的確率で記述することの優位性を強調する。つぎにゲーム理論の量子版を与え,純粋に量子的なナッシュ均衡の存在を強調し,その含意を示す。以上にあっては,実装は古典物理システムであるが,量子システム実装の可能性についても一部で触れる。
最後の5章は,ミクロ量子システムとしての設計・製作を前提として,量子機械(乾)と量子グラフ(全)を説明する。書籍で触れられることの少ない発展途上の項目であり,研究アイデアを得るためにもぜひ一読されたい。発展著しい「量子情報」について,そのキーとなる概念は量子的もつれであり,これは3章および4 章を通じて詳細な説明がなされている。
量子力学のシステム・制御分野への適用は,海外においてはすでに確固たる潮流である。これをわが国の技術者/研究者に伝える初めての和書として,本書は刊行される。
最後に,3章の研究に協力いただいた兵庫県立大学院生の上口大晴氏と峯本俊文氏,松江工業高等専門学校の幸田憲明教授,ならびに兵庫県立大学の礒川悌次郎准教授と西村治彦教授に,また4章と5章の量子グラフの領域について熟読の上コメントをいただいた高知工科大学院生の中村孝明氏に謝意を表したい。
2017年10月 著者
1. マクロシステムの「量子」的な解析
1.1 日常の世界になぜあえて「量子」を持ち込むのか?
1.2 量子力学の基本構成
1.2.1 シュレディンガー方程式と波動の解釈
1.2.2 固有モードの線形重ね合わせと測定の作業仮説
1.2.3 量子力学で記述されるシステム
1.3 量子力学的な物理世界
1.3.1 正準量子化
1.3.2 古典力学との対応
1.3.3 集合論的に自明な不等式とその量子力学における破れ
1.4 まとめと展望
問題
2. 最適フィードバック制御の量子力学
2.1 非線形フィードバックの「重ね合わせ原理」による最適化
2.1.1 最適フィードバックへの揺らぎの導入
2.1.2 非線形制御を包含する線形理論の可能性
2.1.3 最適制御としての力学,力学としての最適制御
2.2 ディラック括弧と波動方程式
2.2.1 ディラック括弧
2.2.2 最適フィードバック制御のシュレディンガー方程式
2.2.3 アフィンシステム
2.3 最適フィードバックの近似
2.3.1 波動関数の経路積分表示
2.3.2 定常位相
2.4 アルゴリズム
2.4.1 制御定数HR の置き換え
2.4.2 LQ 制御系の適用
2.4.3 固有値解析
2.4.4 ランダムウォーク
2.4.5 開ループ:経路積分とそのモンテカルロ計算
2.5 まとめと展望
問題
3. 量子計算知能
3.1 量子計算知能の誕生
3.2 量子計算
3.2.1 量子ビット
3.2.2 量子レジスタと量子エンタングルメント
3.2.3 量子論理ゲートと量子回路
3.2.4 量子アルゴリズム
3.3 量子描像ニューラルネットワーク
3.3.1 ニューロンとニューラルネットワーク
3.3.2 量子計算とニューラルネットワーク
3.3.3 量子ビットニューラルネットワーク
3.3.4 量子ビットニューラルネットワークにおける量子効果
3.3.5 応用例での性能評価
3.4 まとめと展望
問題
4. 量子意思決定論と量子ゲーム理論
4.1 量子力学的確率
4.1.1 事象の確率的記述と量子力学
4.1.2 ベル不等式の破れと局所的隠れた変数理論の否定
4.2 量子意思決定論
4.2.1 マクロ世界における量子力学的確率?
4.2.2 条件付き確率事象としての人の信念
4.2.3 中間的与件の量子的記述
4.2.4 算術平均,幾何平均,量子平均
4.2.5 当然原理の破れと連言錯誤
4.3 ゲーム理論の基礎
4.3.1 ゲーム理論の設定,利得行列,効用関数とナッシュ均衡
4.3.2 囚人のジレンマとパレート効率性
4.3.3 不完備情報ゲームとハーサニィ理論
4.4 量子ゲーム理論
4.4.1 量子戦略
4.4.2 連結確率の非分離性
4.4.3 量子的ナッシュ均衡
4.4.4 量子的利他性
4.4.5 相関均衡
4.5 量子的不完備情報ゲーム
4.5.1 量子的ベイズ-ナッシュ均衡
4.5.2 純量子的利得とベルの不等式の破れ
4.6 まとめと展望
問題
5. 量子機械と量子グラフ
5.1 量子アクチュエータ
5.1.1 カシミール力で動くマイクロメカニズム
5.1.2 光の量子化とカシミール力
5.1.3 量子アクチュエータの駆動力と制御
5.2 ナノメカニカル共振器
5.2.1 機械式共振器の量子ビット
5.2.2 量子ビットの制御
5.3 カシミール効果によるメカニカル共振器の制御
5.3.1 グラフェン共振器
5.3.2 カシミール力によるグラフェンの変形
5.4 量子グラフ理論とはなにか?
5.5 特異点のある直線上の量子力学
5.5.1 ハミルトニアンの自己共役性と流束の保存
5.5.2 接続行列と散乱行列
5.5.3 デルタポテンシャルとデルタプライムポテンシャル
5.5.4 フロップ-筒井型接続
5.6 半直線と節点の量子力学
5.6.1 最も一般的なユニタリー接続行列
5.6.2 散乱行列
5.6.3 ユニタリーかつエルミートな散乱行列
5.6.4 モデュラ交換対称性とアダマール行列,カンファレンス行列
5.6.5 最も一般的な接続条件の実験的実現
5.6.6 無反射等透過量子グラフ,等散乱量子グラフの構成例
5.7 量子グラフ理論の応用
5.7.1 外線に外場のある量子グラフ
5.7.2 無反射端子,無透過端子を持つ量子グラフと平坦量子フィルタ
5.8 まとめと展望
問題
引用・参考文献
問題解答
索引
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