基礎適応制御 - 理論,実装,応用 -
適応制御理論の代表的手法を,理論,実装,応用の観点から,その発展経緯も含めて解説。
- 発行年月日
- 2020/12/16
- 判型
- A5
- ページ数
- 200ページ
- ISBN
- 978-4-339-03235-2
- 内容紹介
- まえがき
- 目次
- 広告掲載情報
【本書の内容】
本書の第1章では,適応制御の位置づけをロバスト制御との対比を含めて紹介し,現在の制御理論研究のなかで適応制御手法がどのような考え方に基づいてその機能の実現を目指しているかを紹介しています.
第2章では,広い意味での適応制御に含まれる代表的な考え方と原理的な構造や実現方法を制御系の構成を示す図や,基本的な式を使って説明しています.
第3章では,制御を実施中に実時間で制御系のパラメータが変化する適応制御系の安定性がどのような理論によって保証可能かを,非線形系を対象とする2種類の安定性理論と関連付けて説明しています(パラメータが変化する制御系の安定性はすべての時刻でRouth–Hurwitz法のような制御系の安定判別法で安定であるだけでは保証されません).
また,パラメータを変化させた結果を直接観測できない問題を回避する条件(正実性の条件)についても示しています.
第4章では,1980年代に第3章で紹介した安定性理論に基づいて,その安定性が証明された制御パラメータの実時間修正アルゴリズム(適応アルゴリズム)の基本を連続時間系と離散時間系について導出しています.
第5章では第4章の適応アルゴリズムと組み合わせることで,実際に制御対象のパラメータが未知な場合に適用可能な制御系の構成法を連続時間,離散時間,そして確率的外乱が存在する場合に対して示しました.
ここで紹介した手法は,理想状態では制御対象のパラメータが全く未知であっても,常に制御目的が完全に達成できる特性を持っていますが(その証明はかなり複雑なため付録に詳細を示しています),その理論には多くの制御工学的仮定があり,そのままでは多くの現実的状況に対応が難しいことが分かります.
そこで,基礎的な設計手法が完成後,多くの研究者が,より実際的な状況に適用可能なように基礎手法を発展させた経過を紹介するのが第6章です.
第6章では,まず,基礎的な適応制御系の設計手法で制御工学的仮定として設定されていた,制御対象の「最小位相性」という問題を解決する手法を取り上げました.
本書で取り上げている適応制御手法は最近注目されている「モデルベースト制御」の考え方に基づいていますが,当初仮定したモデルを前提とした問題の解決法だけでなく,適応制御に適したモデル構造についても検討しています.
つぎに,制御を実施する場合に必ず問題となる「外乱」を適応制御ではどのように扱ってきたか,また,例えば最近のネットワーク制御などではかならず発生する「むだ時間」に対する対象方法,非線形の制御対象に対する適応制御系の設計手法の例などを紹介しています.
第7章では,基礎的な手法であっても,適用対象との組み合わせを考慮すると適応制御手法が応用においても有効であった例を示しました.しかし,これらの成功例は特定の対象を選び,対象に対応した適応制御系を実装たものであり,そのまま,基礎的適応制御手法が一般的に有効であることの証明には不十分です. そこで,次章では適応制御手法を実用化しようとした場合,共通的に考慮すべき実装上の注意をまとめました.
第8章では,Matlabのような制御用のツールが身近になった現在であっても,理論をその本質的性質を保ったまま応用するのに必要な実装上の注意点をまとめました.この点は重要で,安易な実装は適応制御手法に限らず高性能を実現しうる理論の評価を誤る原因になることを注意してください.
第9章では前章で述べた実装上の注意点を,適応制御応用の際のガイドラインとしてまとめ,それにそって適応制御の一手法を産業用機械に応用して成果を上げた例も示しました.
第10章では本書で紹介した基礎的な適応制御手法を基に発展した,理論や実装,応用の今後の可能性,そして限界についても述べました.
まえがき
1950年代に誕生したといわれる適応制御手法が,基礎的な適応制御理論として完成に向かって進展を始めたのはいまから40年以上前の1970年代も残り少なくなったころでした。当時,筆者は指導教授であった故藤井省三先生からテーマとして「適応制御」を与えられ,学生として初めての研究の第一歩を踏み出すことになりました。
そのとき伝え聞いた,創世期の適応制御研究者としてこの分野の研究者の誰もがその名を知る故市川邦彦教授の「適応制御は究極の制御理論である」というメッセージを胸に,現在まで研究をつづけてきた歩みが,本書にまとめた基礎適応制御理論とその展開,実システムへの応用,今後の可能性に関する考察のベースになっています。
制御理論はシステムを対象とする非常に幅広い工学理論の一つであり,その中でこれまでにも,現代制御理論,ディジタル制御理論,ロバスト制御理論,などと,多くの研究者や技術者の注目を集め発展したものは多数ありますが,研究者としてその完成期から,その発展,その実用的な進展と,同時代的に体験できることはなかなかないと思います。そのような状況の中,筆者は1980年前後に完成した基本的適応手法の安定性の理論的証明の一端に関わることができ,その後,実用上の問題を考慮したいくつかの設計手法を開発する機会にも恵まれました。
適応制御に関して初めての学会発表を行った信州大学の会場で,やはり当時の適応制御研究者の第一人者であった故鈴木隆教授に質問をいただいたことは,いまでも忘れることのできない経験でした。工学は理論だけではなく,応用してその真価が発揮されるという指導教授の教えを受け,理論が複雑で実現が難しいと評価されていた適応制御手法を,1980年当時のアナログコンピュータやミニコンピュータといわれる現在からすると非常に処理能力の限られた回路やディジタルコンピュータに実装し,その有効性の可能性を示すこともできました。
そのころは,その後のディジタル制御の進展をその実装で支えたマイクロプロセッサが誕生して10年ほど経ていましたが,適応制御手法の実装に用いられるまでにその能力が高まるには少し時間を要し,筆者は1980年代の中ごろに離散時間モデル規範形適応制御手法を用いた船舶用オートパイロットを,企業とともに開発する経験をやっともつことができる程度でした。その後のマイクロプロセッサの能力向上は著しく,現在では複雑な適応制御理論を実装するのに,その能力に不足のない時代に至っています。
このような時代背景においては,適応制御に興味をもつ若い研究者の皆さんが,より優れた理論研究を行うのに必要な高度な数学や適応制御理論の最新の成果を紹介することも重要ですが,一方で本書のように基礎的な理論がどのように展開し,またどのように実装・応用されてきたかの流れをまとめたものも,なんらかの参考になりうるものと考えます。
その解説の中で,適応制御理論の発展過程では,より高い性能や広い条件下で理論的有効性を発揮する期待のある手法を,どのように実装すれば理論上の性能が実現できるかという観点で,実装の検討が行われることが通常であったことを紹介しています。
しかし,現在のディジタル技術に代表されるハードウェアの進化を見ると,上記のこれまでの慣習的な方法ではなく,進化したハードウェアを前提とした新しい適応制御理論の出現があってもよい状況に達していると思います。例えば,超並列計算が可能なGPUなどをベースとした手法や動的再構成可能なプロセッサを前提とした理論など,新しい適応制御理論の出現が待たれます。
それでは,1980年代に立ち返って,現在につながる基礎的な適応制御手法の理論から実装,応用までの道のりへ踏み出しましょう。
2020年10月
水野直樹
1.はじめに
1.1 本書の構成
1.2 適応制御系の位置づけ
1.3 アドバンスト制御としての「適応制御系」
1.4 適応機能の実現から見た「適応制御系」
2.適応制御の原理と方式
2.1 ゲインスケジューリング制御系
2.2 モデル規範形適応制御系(MRACS)
2.3 セルフチューニングレギュレータ(STR)
3.適応系における安定性理論と正実関数の役割
3.1 リアプノフの直接法
3.2 ポポフの超安定論
3.3 正実性の条件と正実性の補題
4.適応則の導出と誤差モデル
4.1 連続時間適応則の導出
4.2 離散時間適応則の導出
5.適応制御系の基本設計法
5.1 連続時間モデル規範形適応制御系の設計法
5.2 離散時間モデル規範形適応制御系の設計法
5.3 最小分散形セルフチューニングレギュレータの設計法
5.4 MRACSとSTRの関係
5.5 適応制御系の理論的安定性と適応機構
6.設計法の展開
6.1 非最小位相系に対する適応制御系の設計法
6.1.1 適応観測器を用いた連続時間適応極配置制御系の設計法
6.1.2 連続時間系の離散時間モデルと零点
6.1.3 離散時間適応極配置制御系の設計法
6.1.4 一般化最小分散制御方式と組み合わせた適応制御系
6.2 離散時間モデルの再検討と適応制御系の設計
6.2.1 δモデルに基づく適応制御系の設計
6.2.2 極限零点モデルに基づく適応制御系の設計
6.2.3 近似離散時間モデルの特性とむだ時間+ARモデル
6.3 外乱を考慮した適応制御系の設計法
6.3.1 確定外乱の存在と適応アルゴリズムの修正
6.3.2 不感帯をもつ適応アルゴリズム
6.3.3 推定パラメータの存在領域を制限する適応アルゴリズム
6.3.4 適応アルゴリズムの動特性を修正する手法
6.3.5 外乱の存在下での適応アルゴリズムの安定性
6.3.6 内部モデル(積分器)の導入による外乱の抑制
6.3.7 フィードバックループの追加による外乱の抑制
6.3.8 フィードバックループ修正と外乱抑制フィルタを併用した手法
6.3.9 外乱特性を推定する手法
6.4 むだ時間と適応制御系の設計法
6.4.1 プラントの入力表現に基づく離散時間モデル規範形適応制御系の設計法とその未知むだ時間系への拡張
6.4.2 むだ時間推定を含む最小分散形セルフチューニングレギュレータ
6.4.3 プラントの分解表現を用いた未知むだ時間非最小位相系に対する離散時間モデル規範形適応制御系の設計法
6.5 非線形系に対する適応制御系の設計法
7.基礎適応制御手法の実システムへの応用例
7.1 サーボ系への応用例
7.2 冷凍プロセスへの応用例
7.3 非線形適応制御手法のDDロボットへの応用例
8.適応制御理論と実装の間
8.1 理想状態の適応制御系とその実現
8.2 シミュレーションによる評価と限界
8.3 適応制御装置実現における問題点と対策
8.3.1 制御系の構造と実現問題
8.3.2 連続時間適応制御系の実現
8.3.3 離散時間適応制御系の実現
8.3.4 制御系実現における時間管理
8.3.5 適応制御における信号処理
8.4 応用例における諸問題への対処例
8.5 過去に製品化された適応制御装置の例
8.6 基礎適応制御理論の実装から応用のガイドラインへ
9.基礎適応制御理論応用のガイドラインとケーススタディ
9.1 適応制御系の設計とその指針
9.2 適応制御における設計仕様とその制限
9.3 制御対象のモデルとその有効範囲
9.4 適応制御における制御則の選定
9.5 パラメータ推定アルゴリズムの選定
9.6 適応制御系の実装手法
9.7 ケーススタディ
9.7.1 ばね成形機の制御問題
9.7.2 ばね成形機の加工機構
9.7.3 製品長変動要因の解析
9.7.4 制御用時系列モデルの作成
9.7.5 最小分散制御系の設計
9.7.6 適応最小分散制御系の設計と実機への応用
10.基礎適応制御理論の今後の展開可能性と限界
10.1 設計理論の新潮流
10.2 安定性解析の考え方と「適応制御」
10.3 適応制御系実装の変遷と今後の可能性
付録
付録A 信号ベクトルのP.S.性と入出力信号の周波数成分について
付録B 状態変数フィルタと制御対象の非最小実現
付録C 連続時間モデル規範形適応制御系の漸近安定性
付録D 離散時間モデル規範形適応制御系の漸近安定性
付録E 外乱に対する不感帯の設計と安定性
付録F 適応制御システムのシミュレーション
おわりに
引用・参考文献
索引
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掲載日:2020/12/14
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掲載日:2020/11/12