マルチエージェントによる金融市場のシミュレーション

マルチエージェントシリーズ B-6

マルチエージェントによる金融市場のシミュレーション

金融市場のマルチエージェントモデル構築の基本的な考え方から実務的な応用までを紹介

ジャンル
発行年月日
2020/09/07
判型
A5
ページ数
172ページ
ISBN
978-4-339-02822-5
マルチエージェントによる金融市場のシミュレーション
在庫あり

定価

2,860(本体2,600円+税)

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本書では,金融市場で売買取引をしている一人ひとりのディーラーの行動や戦略を数理モデル化し,仮想的な市場を構成しようという金融市場のマルチエージェントモデルに焦点を当て,モデル構築の基本的な考え方から,実務的な応用までの一連の研究成果を紹介する。

【本書の構成】
1章「外国為替市場の概要」:外国為替市場の仕組みや金融ビッグデータから観測される統計的性質などについてまとめている。
2章「モデルによる為替市場のシミュレーション」:「決定論的ディーラーモデル」を用いて為替市場のシミュレーションを行い,ディーラーの行動と金融ビッグデータから観測される統計的性質の関係について述べている。
3章「確率論的ディーラーモデルによる金融市場のシミュレーション」:確率論的ディーラーモデルを用いたシミュレーションと理論解析によって,為替市場で観測される統計的性質の再現やモデルの特性について紹介している。
4章「ディーラーモデルの応用」:金融市場の特性を再現する時系列モデルであるPUCKモデルとの対応関係や,政府による為替介入のシミュレーションに関する研究結果を報告している。
5章「エージェントモデルによる金融市場の制度設計」:株式市場を対象として,人工市場を用いた制度設計に関する基本的事項をまとめ,最適値幅の推定などをマルチエージェントモデルを用いて議論している。

20 世紀後半からのコンピュータ技術の発展と普及により,私達の社会の高度情報化が急速に進んでいる。コンビニやスーパーの商品の売り上げ,スマートフォンの GPS に基づく人の移動,Twitter†に代表される SNS の書き込みなど,これまでは記録として残らなかったような人間の詳細な行動履歴がデータとして蓄積されるようになった。このようないわゆるビッグデータを解析し,数理モデルを構築することで人間の集団的な行動性質を解明する研究が,学術的にも実務的にもホットなトピックとなっている。

なかでも金融市場は,詳細で正確な取引記録を残すことが求められることもあり,最も早くからデータの電子化が進められた。1990 年代に誕生した研究分野である経済物理学の研究者達は,このような金融市場の時系列データを自然科学の方法で丁寧に解析することでさまざまな発見を報告した。現在では,社会のビッグデータが科学の研究対象となることは当たり前になっているが,自然現象と同じ土俵で経済現象を研究するという研究手法は非常に先駆的だった。

経済物理学の最初の発見は,株式市場や為替市場など多種多様な金融市場において普遍的に観測される価格変位のべき分布である。従来の金融市場の理論では,価格変位を正規分布で近似することが主流だったが,正規分布の理論では起こりえないような大きな変動がどの市場でもかなりの頻度で発生しているという事実は,リスク管理の実務的な観点からも非常に重要であり,注目が集まった。つぎの研究のステップとして,このべき分布の起源を明らかにし,さらに現実の金融市場(実市場)を深く理解するために,いくつかの数理モデルが提案された。数理モデルは大きく二つに分類される。一つは,直接観測される市場価格の変動の時系列をデータと整合するように改良する時系列モデルであり,もう一つは,金融市場で売買取引をしている一人ひとりのディーラーの行動や戦略を数理モデル化することで,実市場と同じような特性を持つ仮想的な市場を構成しようというマルチエージェントモデルである。本書では,この金融市場のマルチエージェントモデルに焦点を当て,モデル構築の基本的な考え方から,実務的な応用までの一連の研究成果を紹介する。

金融市場のディーラーは,それぞれ独自の戦略に基づいて取引をしており,その行動を数式で記述することには自ずと限界がある。しかし,どのディーラーにも共通しやすい基本的な特性から一つずつ順序立ててモデルに実装することによって,ディーラーの行動を数理モデル化することが可能となる。また,ディーラーの行動やディーラー間の相互作用というミクロな視点とディーラーの集団から発生したマクロな市場価格の時系列の関係を追求することによって,価格変動の時間発展を記述する時系列モデルとの対応関係も明らかになる。さらに,本書では詳しくは紹介しないが,現在の学術的な研究の最先端では,一人ひとりのディーラーの注文履歴も観測できるデータをもとにディーラーの戦略の分析も行われており,これまで仮想していたディーラーの戦略が実際に使われていることがわかってきた。仮想から始まった金融市場のマルチエージェントモデルは,実市場のモデルであると確認できたことになる。このようにして金融市場から観測される経験則を再現できるような数理モデルが構築できると,通常の市場の状態を再現するだけでなく,モデルを拡張することで,例えば,為替市場における介入などの特殊な状況もシミュレートすることが可能となる。さらに,モデルのパラメータを極端に変化させたり,新たな効果をモデルに導入することで,シミュレーションを通して現実にはまだ実現していないような市場の状態も研究することができる。

現在の金融市場は,ときに異常なほどの暴騰や暴落を起こし,また,自動売買が連鎖して数分程度の短い時間の間に激しく価格が変動するようなフラッシュクラッシュも時折発生している。金融市場は世界のお金の流れの基盤であり,いつでも安全安心に機能を維持させていくために,上記のような問題の発生を未然に回避できるよう市場の仕組みを変更していくことが求められている。取引ルールをどのように変更するとどのような効果があり,また,どのような副作用が生じるかをエージェントベースモデルに基づく数値シミュレーションによって明らかにし,その結果に基づいて実市場における取引ルールの変更を導入する,というような科学的な施策アプローチが近い将来実現できると期待している。

本書の構成は以下のようになっている。1 章では,外国為替市場の概要として,外国為替市場の仕組みや金融ビッグデータから観測される統計的性質などについてまとめている。2 章では,金融市場のマルチエージェントモデルの一つである「決定論的ディーラーモデル」を用いて為替市場のシミュレーションを行い,ディーラーの行動と金融ビッグデータから観測される統計的性質の関係について述べている。3 章では,確率論的ディーラーモデルを用いたシミュレーションと理論解析によって,為替市場で観測される統計的性質の再現やモデルの特性について紹介している。4 章では,ディーラーモデルの応用として,金融市場の特性を再現する時系列モデルである PUCK モデルとの対応関係や,政府による為替介入のシミュレーションに関する研究結果を報告している。5 章では,株式市場を対象として,人工市場を用いた制度設計に関する基本的事項をまとめ,最適値幅の推定などをマルチエージェントモデルを用いて議論している。

2,3 章は,ディーラーモデルの基本的性質や為替市場から観測される統計的性質との関係をシミュレーションや理論解析によって解明しており,数理的な側面が強い。一方,4,5 章はエージェントベースモデルを用いたさまざまな状況のシミュレーションや制度設計といった応用的な側面が強い。為替市場の基本的知識や為替市場から観測される統計的性質に関して知識のある読者は,1章を飛ばして読むことも可能である。また,2 章の決定論的モデルと 3 章の確率論的モデルは,たがいに独立しており,3 章から読み進めることも可能である。一方,4 章は,2 章や 3 章の知識が必要になるので 2,3 章を学習した後に読むことをすすめる。マルチエージェントモデルを用いた株式市場の制度設計に興味のある読者は,5 章から読むことも可能である。

本書の執筆分担は以下のようになっている。
高安美佐子,山田健太:1章~4章
和泉 潔,水田孝信:5章

本書が,金融市場の数理モデルに関心を持つ読者に有益な情報を提供し,金融市場の研究が今後大きく発展することを祈願する。

2020年6月 筆者一同

1.外国為替市場の概要
1.1 背景
1.2 外国為替市場の仕組み
1.3 金融市場の階層構造
1.4 為替市場に見られる統計性
 1.4.1 用いるデータについて
 1.4.2 取引間隔の統計性
 1.4.3 価格差,ボラティリティーの統計性
1.5 ミクロスコピックモデルとメゾスコピックモデルのまとめ

2.決定論的ディーラーモデルによる為替市場のシミュレーション
2.1 ディーラーモデルの歴史と概要
2.2 決定論的ディーラーモデルによる統計性の再現
 2.2.1 第一決定論モデルの性質
 2.2.2 第二決定論モデルの性質
 2.2.3 第三決定論モデルの性質
 2.2.4 第四決定論モデルの性質

3.確率論的ディーラーモデルによる金融市場のシミュレーション
3.1 確率論的ディーラーモデルによる統計性の再現と理論解析
 3.1.1 第一確率論モデルの性質(ディーラー数=2の場合)
 3.1.2 第二確率論モデルの性質(ディーラー数=2の場合)
 3.1.3 第三確率論モデルの性質(ディーラー数=2の場合)
 3.1.4 第四確率論モデルの性質(ディーラー数=2の場合)
 3.1.5 第一確率論モデルの性質(ディーラー数>=3の場合)
 3.1.6 第二確率論モデルの性質(ディーラー数>=3の場合)
 3.1.7 第三確率論モデルの性質(ディーラー数>=3の場合)
 3.1.8 第四確率論モデルの性質(ディーラー数>=3の場合)
3.2 理論解析の詳細
 3.2.1 取引間隔
 3.2.2 ボラティリティー

4.ディーラーモデルの応用
4.1 ディーラーモデルとPUCKモデルの関係
 4.1.1 PUCKモデルの導入
 4.1.2 決定論的ディーラーモデルとPUCKモデルの関係
 4.1.3 確率論的ディーラーモデルとPUCKモデルの関係
 4.1.4 順張りディーラーと逆張りディーラーが混在した場合のポテンシャル係数
 4.1.5 PUCKモデルとの対応関係を用いたディーラーモデルの拡張
4.2 ディーラーモデルを用いた暴落現象の解明
 4.2.1 ディーラーのトレンドフォローと暴落の関係
 4.2.2 スプレッドの時間依存性と市場の不安定性
 4.2.3 ディーラーモデルへのスプレッドの時間依存効果の導入
 4.2.4 ロスリミット効果と暴落現象
4.3 ディーラーモデルを用いた政府の介入事例の再現
 4.3.1 利益確定と損切り行動の追加
 4.3.2 介入を想定した価格変動の設定
 4.3.3 トレンドフォローの強さと介入時の価格変動の関係
 4.3.4 損切り効果と介入時の価格変動の関係
 4.3.5 政府による為替介入時の再現
4.4 ディーラーモデルのさらなる拡張
 4.4.1 ニュース効果の導入
 4.4.2 株式市場のディーラーモデル
 4.4.3 複数通貨ペアや複数市場のディーラーモデル

5.エージェントベースモデルによる金融市場の制度設計
5.1 金融市場の制度設計の重要性
5.2 人工市場の発展と金融市場の制度設計
 5.2.1 人工市場=仮想ディーラー+価格決定メカニズム
 5.2.2 なぜ市場は予測できないのか
 5.2.3 人工市場研究の発展にある背景
 5.2.4 人工市場研究のこれまでの成果
5.3 制度設計に用いる人工市場
 5.3.1 モデルの適切な複雑さ
 5.3.2 実証分析と比べた長所・短所
 5.3.3 具体的なモデル
5.4 呼値の刻みの適正化
 5.4.1 呼値の刻みが抱えていた課題
 5.4.2 市場選択モデル
 5.4.3 シミュレーション結果
 5.4.4 実証分析との比較
 5.4.5 呼値の刻みの適正化まとめ
5.5 最近の金融市場高度化の影響分析
 5.5.1 株式市場の高速化
 5.5.2 高頻度取引
 5.5.3 ダークプール
5.6 まとめと今後の展望

引用・参考文献
索引

高安 美佐子(タカヤス ミサコ)

山田 健太(ヤマダ ケンタ)

水田 孝信

水田 孝信(ミズタ タカノブ)

2000年 気象大学校卒業
2002年 東京大学大学院理学系研究科修士課程修了
2004年 スパークス・アセット・マネジメント入社
2014年 東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)
同年より東京大学公共政策大学院非常勤講師
2016年より人工知能学会金融情報学研究会 幹事
2019年より同会 主幹事

よりよい金融市場の設計を、人工市場(金融市場のエージェントシミュレーション)を用いて研究しています。私が研究対象としている規制やルールは非常に細部のもので、重要性を感じられないかもしれません。しかし、細部の設計こそ重要です。McMillan は「市場がうまく機能するかどうかを決定するのは、設計の細部である」と述べました。「神は細部に宿る」のです。金融市場が社会の発展に貢献するか、または、金融危機などにより社会に打撃を与えるのか、それも設計の細部にかかっています。今後、もっと多くの金融市場の設計が人工市場で扱えるようになり、うまく金融市場を設計することにさらに貢献し、社会の発展につなげていきたいです。

掲載日:2020/09/01

「電子情報通信学会誌」2020年9月号広告

掲載日:2020/08/27

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