生物化学工学の基礎

生物化学工学の基礎

  • 松井 徹 東京工科大教授 学術博 編著
  • 上田 誠 小山高専教授 博士(農学)
  • 黒岩 崇 東京都市大准教授 博士(生物工学)
  • 武田 穣 横浜国大教授 博士(農学)
  • 徳田 宏晴 東京農大教授 博士(生物工学)

基礎的な生物化学,分子生物学を復習するための章を設け,融合領域学習の際に不足する知識を本書1冊で学習できるよう配慮した。

ジャンル
発行年月日
2018/08/20
判型
A5
ページ数
232ページ
ISBN
978-4-339-06756-9
  • 内容紹介
  • まえがき
  • 目次
  • レビュー
  • 著者紹介
  • 書籍紹介・書評掲載情報

基礎的な生物化学,分子生物学を復習するための章を設け,融合領域学習の際に不足する知識を本書1冊で学習できるよう配慮した。また,苦手意識の多い計算式を丁寧に解説し,生物化学工学の基礎を習得することを目的とした。

本書は,生物化学工学をこれから専攻しようとする高専学生,大学学部生を対象に,数式が多くなりがちな当該分野を平易に理解していただけるよう執筆・編集したものである。
生物は地球上に発生してから,環境変化に適応し生き残るための進化を経てさまざまな機能を獲得してきた。人類の歴史では,紀元前よりエジプトでワインの製造がされていたという記録があり,わが国でも鎌倉時代より味噌,醤油酒などの伝統的な醸造産業が始まったが,製造のための詳細なメカニズムについてはほとんど不明であり経験に依存していた。20世紀初めに,フレミングによって青かびのペニシリン生産が発見され,1940年代にはペニシリンをはじめとする抗生物質の大量生産により,医療分野での生物機能の利用が開始された。このようなさまざまな生物現象を物質レベルで解明するため,生化学,分子生物学が発展してきた。さらに,これらの総合的な成果として遺伝子組換え技術を活用した大腸菌によるヒトタンパク質の生産,クローン動物の育種,万能細胞の創出が可能となってきたことは周知のとおりである。

このように,生物機能の利用が,幅広い産業に確実に拡大されるとともに大学でのバイオサイエンスの専門知識を活用して企業に貢献することが求められるようになってきた。しかし,バイオサイエンスの知識だけでは,企業の研究開発はできないものである。一方,新しい化学反応を利用して化学製品を「効率的に」「大量」生産するために「化学工学」や「工業化学」の分野が発展してきたが,常温,常圧の温和な反応をおもな特徴とする生化学反応はある意味「繊細」であり,化学工学的なアプローチが適用できないことも多い。つまり,生物の特徴を知らずに生化学反応を扱うと,良い製品はできないのである。

生物機能を活用した製品・プロセス・情報およびこれに関連する産業をバイオ産業とよぶことにするとバイオ産業に関わっている企業は,食品,石油化学,医療・健康,建築,環境廃棄物処理の分野へ事業を拡大している。新規事業としての研究開発を含めればほぼすべての企業がバイオ産業に興味をもっているといっても過言ではないであろう。

高校生まで,生物学,化学を学習し,バイオテクノロジーに興味をもつ学生は少なくないと思うが,バイオ製品をつくり出すためには,生物機能の理解や,遺伝子工学技術の利用だけでは成り立たず,効率的に生産(あるいは実施)するための理論的裏づけが必要になってくる。この基本になるのが,生物化学工学である。本書には,バイオプロセスという言葉が多用されているが,これは,バイオ製品を社会に送り出すまでのすべてを含んでおり,コストに見合うように「効率化」「最適化」の観点からバイオ製品のつくり方を見ることを意味する。特にここ数年は,「バイオ」=「バイオテクノロジー」と捉えられていたものが,バイオテクノロジーを活用して経済活動を活性化し,社会に大きなインパクトを与える分野として「バイオ」が捉えられるようになってきた。これが「21世紀はバイオの時代」といわれる所以であり,一般の人にもバイオが身近に感じられるようになりつつある所以でもある。このような考え方を最近では「バイオエコノミー」とよんでおり,欧州経済協力開発機構(OECD)が2009年に「2030年に向けてのバイオエコノミー」と題する報告書を出して以来,欧米アジアの各国ではそれぞれの国に見合ったバイオエコノミー戦略を策定し,再生可能な生物由来の資源の活用と,それを経済成長に結びつける方針を打ち出している†。また,2015年には第1回グローバルバイオエコノミーサミットがベルリンで開催されている。筆者も20年ほど前に企業研究者としてスイスを訪問した際,微生物工学の著名な教授が,「私の専門はバイオエコノミーだ」というのを耳にし,この方は経済学も研究しているのか,と不思議に感じたのを思い出す。

本書において扱う生物化学工学は,バイオサイエンスとバイオ産業をつなぐ総合的な分野と捉えていただきたい。本書は,生物学,化学の一項目としてバイオサイエンスを学んできた方だけでなく,石油化学産業の基盤として長い歴史を有する化学工学,工業化学に関する十分な知識のある中堅の企業研究者の方々にも入門書としてご利用いただけるように構成したため,従来の生物化学工学とは異なる部分があることをご容赦願いたい。つまり,高校レベルの生物学,基礎的な生物化学・分子生物学を復習するための「基礎」の項目を設け,ほかの生物学や化学の専門書に頼らずとも生物化学工学の考え方に自然に入っていけるよう工夫した。また,先に紹介した「バイオエコノミー」は,単なる生産効率だけでなく,持続可能な技術構築(sustainable technology),情報処理(bioinformatics),人材育成( human resource development)を含んでいる。本書においても生物化学工学に関連する部分は積極的に取り入れるようにした。 本書の執筆は,微生物反応工学,生物化学工学,応用微生物学を専門とする教員,企業開発経験のある方にお願いした。学部講義としての「生物化学工学」は,数式が多くて難しそう,と敬遠しがちな学生の見方がある一方で,固定化生体触媒によるアミノ酸生産,グルタミン酸ソーダ生産,洗剤用酵素の開発など,日本から発信されたバイオ製品の技術紹介については,もっと知りたいという積極的な感想が寄せられている。特に,2015年大村智博士による抗寄生虫物質生産微生物に関する成果に対してのノーベル生理学・医学賞受賞は,バイオ製品を完成させることの重要性を強く感じさせたであろう。本書では,バイオ製品についてさらに興味をもっていただくことを目的に,実用化例を紹介する項目を0章,15章に設けた。なお,生物現象の定量的な把握を目的とした動力学などは,必要最小限にとどめ,さらに学習してほしい計算演習に関しては日本生物工学会編集の『基礎から学ぶ生物化学工学演習』(コロナ社)とあわせて利用することをお薦めしたい。当然のことであるが,扱う生物種の拡大に伴いバイオプロセスの検討項目は細分化されつつある。これに関しては,個別に学術論文を調査してほしい。

なお,各章演習問題の略解は,コロナ社のWeb ページに掲載した。 読者対象としては,バイオテクノロジーに興味ある高校生,応用生物関連の学部に在籍する大学1,2年生,新規事業としてバイオ機能を利用することになったが,どこから取り組んでよいかわからない企業研究者,生物工学関連の講義を考えている教員などが考えられる。われわれの生活にはさまざまな分野に(意外と)バイオ技術が入り込んでおり,それぞれにサクセスストーリー,エピソードがあることも興味深い。本書のコラムをきっかけに知識を深めていただければ幸甚である。

最後に,本書のイメージをとりまとめ,カバーのイラストを作成してくださった松井彩也子さん(芝浦工業大学デザイン工学部),読みやすい生物化学工学の教科書をつくりたい,という想いを現実のものにしてくださった,コロナ社の皆さんに感謝いたします。

2018年6月 松井 徹

第0部:社会に役立つ生物化学工学
0. 社会に役立つ生物化学工学
0.1 社会のニーズと生物化学工学
0.2 私たちの身のまわりのバイオテクノロジーの利用
0.3 バイオプロセスの特徴と利用分野
0.4 バイオ法アクリルアミドの生産
コラム グリーンケミストリー
演習問題

第1部:生命科学の基礎
1. 微生物学の基礎
1.1 真核微生物と原核微生物
1.2 栄養形式
1.3 生育環境
 1.3.1 温度
 1.3.2 水分量
 1.3.3 酸素濃度
 1.3.4 pH
 1.3.5 塩濃度,光,放射線,圧力
1.4 細菌の分類
 1.4.1 分類体系
 1.4.2 分類指標
 1.4.3 形態学的分類指標
 1.4.4 生理・生態学的分類指標
 1.4.5 化学的分類指標
 1.4.6 系統分類
1.5 培養
 1.5.1 培地
 1.5.2 培養形式
コラム 微生物との同居の心得
演習問題

2. 生化学の基礎
2.1 生体物質の構造と性質
 2.1.1 生体物質
 2.1.2 タンパク質
 2.1.3 脂質
 2.1.4 糖質
 2.1.5 核酸
2.2 代表的な代謝経路
 2.2.1 代謝と栄養
 2.2.2 発酵(基質レベルのリン酸化)
 2.2.3 呼吸(酸化的リン酸化)
 2.2.4 光合成(光リン酸化)
コラム 砂糖はおとなしいからこそ甘い
演習問題

3. 分子生物学の基礎
3.1 セントラルドグマと遺伝子構造
3.2 遺伝子工学による異種遺伝子の発現
 3.2.1 組換えベクターの構築
 3.2.2 形質転換
 3.2.3 目的組換え菌の増殖と選択
 3.2.4 目的遺伝子の形質発現
3.3 遺伝子組換え技術
 3.3.1 電気泳動
 3.3.2 PCR
 3.3.3 DNAシーケンス解析技術
3.4 遺伝子工学的育種のために重要な技術
 3.4.1 突然変異
 3.4.2 バイオインフォマティクス
コラム 省エネ微生物(遺伝子組換えで酸素供給を改善)
演習問題

第2部:生物化学工学の基礎
4. 生物化学工学とは
4.1 生物化学工学の位置づけ
4.2 生物産業への生物化学工学の適用
 4.2.1 使用微生物の選定
 4.2.2 種菌の培養
 4.2.3 主発酵
 4.2.4 生産物の分離精製と製品化
4.3 生物化学工学を学ぶにあたって
コラム 数学は嫌い,化学や物理も苦手…
演習問題

5. 単位計算の基礎
5.1 単位はなぜ大切か
5.2 SI単位系―世界標準の単位―
5.3 単位計算の基本
 5.3.1 物理量の表し方と計算の考え方
 5.3.2 単位の換算
 5.3.3 マスターしておきたい単位
コラム 意外に使える「ざっくり計算」
演習問題

6. 物質・エネルギー収支計算の基礎
6.1 収支とはなにか
6.2 保存則と収支式の考え方
 6.2.1 保存則
 6.2.2 収支式のつくり方
6.3 エネルギー収支
6.4 物質収支
6.5 物質収支・エネルギー収支と生物化学量論
コラム 微生物の化学式?
演習問題

7. 生体触媒の特性
7.1 生体触媒とは
7.2 酵素反応の特性
 7.2.1 活性化エネルギーと酵素
 7.2.2 酵素反応の特徴:温和な条件(温度,pH)
 7.2.3 酵素反応の特徴:特異性(反応,基質,立体)
 7.2.4 酵素反応の仕組み
 7.2.5 酵素の構造
7.3 モノづくりにおける酵素
 7.3.1 化学反応との比較
 7.3.2 酵素の多様性
コラム 遺伝子工学に欠かせない耐熱性DNAポリメラーゼ
演習問題

8. バイオプロセスとバイオリアクター
8.1 バイオプロセスの特性
8.2 各種バイオリアクターとその特性
 8.2.1 運転操作法によるバイオリアクターの分類
 8.2.2 型式によるバイオリアクターの分類
コラム 相反するニーズを満たす―王冠についているギザギザの数はいくつ?―
演習問題

9. バイオプロセスの操作要素
9.1 バイオリアクター内の物理現象―移動現象の基礎―
 9.1.1 流動と粘度
 9.1.2 熱移動と熱伝導度
 9.1.3 物質移動と拡散係数
 9.1.4 移動現象の相似性(アナロジー)
9.2 バイオリアクター内の物質移動―培養槽への酸素供給―
 9.2.1 境界層と境膜説
 9.2.2 二重境膜モデルと酸素移動容量係数kLa
 9.2.3 kLaに影響を及ぼす因子
9.3 滅菌操作
 9.3.1 微生物死滅の速度論
 9.3.2 殺菌と加熱操作
コラム 培養液の流動特性とレオロジー
演習問題

10. 酵素反応速度論
10.1 酵素とは
10.2 酵素反応の速度論
 10.2.1 律速段階法によるvpの算出
 10.2.2 定常状態法によるvpの算出
10.3 酵素反応の阻害
 10.3.1 拮抗阻害型の酵素反応
 10.3.2 非拮抗阻害型の酵素反応
 10.3.3 不拮抗阻害型の酵素反応
10.4 酵素反応における定数値の算出
 10.4.1 Lineweaver-Burkプロット
 10.4.2 各動酵素反応の動力学定数
コラム 「トリアエズ・ビール」は何社のどんな種類のビールですか?
演習問題

11. 微生物反応速度論
11.1 微生物量の測定法
 11.1.1 重量法
 11.1.2 濁度法
 11.1.3 細胞数計数法
 11.1.4 間接的測定法
 11.1.5 その他
11.2 増殖曲線
11.3 単細胞微生物の増殖
 11.3.1 基質濃度と増殖速度の関係
 11.3.2 基質消費速度
 11.3.3 基質消費速度の計算法(連続培養)
コラム 微生物の故郷―土壌―
演習問題

第3部:バイオプロセスの実際
12. 微生物(動物・植物細胞)のバイオプロセス
12.1 微生物培養による有用物質生産
 12.1.1 化学生産への応用
 12.1.2 医薬品(生理活性物質)への応用
12.2 微生物の培養方法
12.3 植物細胞培養による有用物質生産
 12.3.1 植物培養細胞の大きさと工業生産に用いる利点
 12.3.2 植物培養細胞の今後の課題
12.4 動物細胞の培養
 12.4.1 工業生産に用いられる培養動物細胞
 12.4.2 動物細胞の増殖速度
コラム 醤油やお酒をつくる人は納豆を食べてはいけない?
演習問題

13. 酵素バイオリアクター
13.1 モノづくりでの酵素反応の利用
13.2 食品分野
 13.2.1 異性化糖
 13.2.2 トレハロース
 13.2.3 機能性油脂
 13.2.4 核酸系うまみ調味料
13.3 化学品,ビタミン分野
 13.3.1 ニコチン酸アミド
 13.3.2 配糖体
13.4 医薬分野
 13.4.1 光学活性アミノ酸
 13.4.2 光学活性アミン
 13.4.3 β-ラクタム系抗生物質
コラム アミノ酸系甘味料アスパルテームの製法開発
演習問題

14. 排水処理プロセス
14.1 排水処理の概要
 14.1.1 排水処理の目的
 14.1.2 水質の指標
 14.1.3 好気処理と嫌気処理
14.2 浮遊生物法
 14.2.1 活性汚泥法
 14.2.2 嫌気性接触法(嫌気的活性汚泥法)
14.3 固着生物法(生物膜法)
 14.3.1 生物膜法の特徴
 14.3.2 回転円盤法
 14.3.3 浸漬ろ床法
14.4 余剰汚泥の減容化と活用
コラム 小型浄化槽の小さな歴史
演習問題

第4部:これからの生物化学工学
15. これからの生物化学工学
15.1 バイオテクノロジーを飛躍的に発展させる技術革新
15.2 合成生物学による生物的モノづくりの革新
15.3 医療の変革
コラム 健康とバイオテクノロジーの進歩
演習問題

引用・参考文献
索引

amazonレビュー

松井 徹(マツイ トオル)

黒岩 崇(クロイワ タカシ)

「バイオサエンスとインダストリー」2018年11月号

「日本醸造協会誌」2018年9月号

化学同人発行「化学」2018年9月号

関連資料(一般)

関連資料一覧