私たちは五感というメディアを介して世界を知覚し,自己の存在を認知することができます。メディア技術の進歩によって五感が拡張され続ける中,「人」はなにをもって「人」と呼べるのか,そんな根源的な問いに対する議論が絶えません。
本書の表紙・カバーデザインでは,二値化された五感が新しい機能や価値を再構築する様子をシンプルなストライプ柄によって表現しました。それぞれのストライプは5本のゆらぎを持った線によって描かれており,手描きのような印象を残しました。
しかし,この細かなゆらぎもプログラム制御によって生成されており,十分に細かく量子化された表現によって「ディジタル」と「アナログ」それぞれの存在がゆらぐ様子を表しています。乱雑に描かれたストライプをよく観察してみてください。本書を手に取った皆さんであれば,きっともう一つ面白いことに気づくでしょう。
デザインを検討するにあたって,同じコンセプトに基づき,いくつかのグラフィックパターンを生成可能なウェブアプリケーションを準備しました。下記URLにて公開していますので,あなただけのカバーを作ってみてください。読者の数だけカバーデザインが存在するのです。世界はあなたの五感を通じて存在しているのですから。
馬場哲晃
"Media Technology as an Extension of the Human Body and the Intelligence"
「メディアはメッセージである(The medium is the message)」というマクルーハン(Marshall McLuhan)の言葉は,多くの人々によって引用される大変有名な言葉である。情報科学や情報工学が発展し,メディア学が提唱されたことでメディアの重要性が認識されてきた。このような中で,マクルーハンのこの言葉は,つねに議論され,メディア学のあるべき姿を求めてきたといえる。
人間の知的コミュニケーションを助けることができるメディアは生きていくうえで欠かせない。このようなメディアは人と人との関係をより良くし,視野を広げ,新しい考え方に目を向けるきっかけを与えてくれる。
また,マクルーハンは「メディアはマッサージである(The medium is the massage)」ともいっている。マッサージは疲れた体をもみほぐし,心もリラックスさせるが,メディアは凝り固まった頭にさまざまな情報を与え,考え方を広げる可能性があるため,マッサージという言葉はメディアの特徴を表しているともいえるだろう。
さらにマクルーハンは"人間の身体を拡張するテクノロジー"としてメディアをとらえ,人間の感覚や身体的な能力を変化させ,社会との関わりについて述べている。現在,メディアは社会,生活のあらゆる場面に存在し,五感を通してさまざまな刺激を与え,多くの技術が社会生活を豊かにしている。つまり,この身体拡張に加え,人工知能技術の発展によって"知能拡張"がメディアテクノロジーの重要な役割を持つと考えられる。このために物理的な身体と情報や知識を扱う知能を融合した"人間の身体と知能を拡張するメディアテクノロジー"を提案・開発し,これらの技術を活用して社会の構造や仕組みを変革し,どのような人にとっても住みやすく,生活しやすい社会を目指すことが望まれている。
一方,大学におけるメディア学の教育は,東京工科大学が1999年にメディア学部を設置して以来,全国の大学でメディア関連の学部や学科が設置され文理芸分野を融合した多様な教育内容が提供されている。その体系化が期待されメディア学に関する教科書としてコロナ社から「メディア学大系」が発刊された。この第一巻の「改訂メディア学入門」には,メディアの基本モデルの構成として「情報の送り手,伝達対象となる情報の内容(コンテンツ),伝達媒体となる情報の形式(コンテナ),伝達形式としての情報の提示手段(コンベア),情報の受け手」と書かれている。これからわかるようにメディアの基本モデルには文理芸に関連する多様な内容が含まれている。
メディア教育が本格的に開始され20年を過ぎるいま,多くの分野でメディア学のより高度で急速な展開が見られる。文理芸の融合による総合知によって人間生活や社会を理解し,より良い社会を築くことが必要である。
そこで,このメディア分野の研究に関わる大学生,大学院生,さらには社会人の学修のため「メディアテクノロジーシリーズ」を計画した。本シリーズは"人間の身体と知能を拡張するメディアテクノロジー"を基礎として,コンテンツ,コンテナ,コンベアに関する技術を扱う。そして各分野における基本的なメディア技術,最近の研究内容の位置づけや今後の展開,この分野の研究をするために必要な手法や技術を概観できるようにまとめた。本シリーズがメディア学で扱う対象や領域を発展させ,将来の社会や生活において必要なメディアテクノロジーの活用方法を見出す手助けとなることを期待する。
本シリーズの多様で広範囲なメディア学分野をカバーするために,電子情報通信学会,情報処理学会,人工知能学会,日本ソフトウェア科学会,日本バーチャルリアリティ学会,ヒューマンインタフェース学会,日本データベース学会,映像情報メディア学会,可視化情報学会,画像電子学会,日本音響学会,芸術科学会,日本図学会,日本デジタルゲーム学会,ADADA Japan などにおいて第一線で活躍している研究者の方々に編集委員をお願いし,各巻の執筆者選定,目次構成,執筆内容など検討を重ねてきた。
本シリーズの読者が,新たなメディア分野を開拓する技術者,クリエイター,研究者となり,新たなメディア社会の構築のために活躍されることを期待するとともにメディアテクノロジーの発展によって世界の人達との交流が進み相互理解が促進され,平和な世界へ貢献できることを願っている。
2023年5月
編集委員長 近藤邦雄
編集幹事 伊藤貴之
(所属は2023年5月現在)
以下続刊
【各章について】
「モデリング」の章では,物体の形状をサーフェスメッシュによって記述し,それを編集・加工するための諸理論を解説します。【各章について】
本書は6章で構成されています。【各章について】
1章では,可視化の歴史などを踏まえて,本書の構成について詳しく説明します。【各章について】
「リアルタイム CG」の章ではリアルタイムCG の仕組みと3DCG ゲームグラフィックス表現の変遷について解説します。【各章について】
1章では,本書の導入としてシリアスゲームの定義や概念的な整理を行いました。これまでのシリアスゲーム研究の議論を発展させて,その後のシリアスゲーム研究の論点や近年の事例を踏まえた再検討を行っています。(藤本徹担当)【各章について】
本書は、デジタルファブリケーションとメディアを支える技術や概念、応用分野を「離散的設計」「コンピュテーショナルデザイン」「インタラクティブなものづくり」「パーソナルファブリケーション」といった4つに分け、それぞれを独立した章で解説します。【各章について】
1章と2章では、イメージセンサについて多くのページを割いて解説しています。我々はつい、対象の各点の輝度がそのまま正確に画像に記録されるものと仮定して考えたり、または様々な問題を単に「センサのノイズ」と片付けがちですが、本書はこれを正しく理解し解決するための本質的な理解に導きます。また2章では、近年発展が著しい、アンコンベンショナルカメラのためのイメージセンサについて、動作原理や特性から習得できる内容となっています。【各章について】
1章では、本書で扱う技術の位置づけと、本書の構成を説明しています。