溶接構造物の疲労の基礎 - 道路橋について -
鋼構造物では,疲労が問題となる。本書では鋼道路橋を対象として疲労挙動を解説する。
- 発行年月日
- 2023/10/18
- 判型
- B5
- ページ数
- 222ページ
- ISBN
- 978-4-339-05280-0
- 内容紹介
- まえがき
- 目次
- 広告掲載情報
繰返し荷重を受ける鋼構造物では,しばしば疲労が問題となります。本書では,特に鋼道路橋の溶接継手を対象として,その基本的な疲労挙動を解説します。本書の内容は,鋼道路橋以外の溶接構造物に適用することも可能です。
本書は,つぎの3部で構成され,疲労の基礎を理解して,疲労照査に応用する観点からまとめられています。
第Ⅰ部 溶接された鋼構造物の疲労強度 ─基礎的な考え方─
疲労の勉強を始める方は,まず第Ⅰ部で全体像を把握して欲しい。ここでは,溶接鋼構造物の疲労耐久性の評価に関する全体の流れを説明します。そこでは,繰返し荷重が作用する鋼構造物の疲労では,疲労の3要素,すなわち①溶接継手の形状,②作用する応力範囲,および③その繰返し数が重要であることを示します。
第Ⅱ部 各種の溶接継手の疲労挙動 ─基礎から応用へ─
疲労強度は,溶接継手の形状によって異なるS-N曲線で表現されます。そこで,各種の溶接継手の疲労試験結果から,それらの疲労挙動を比較して,疲労耐久性に影響するパラメータについて解説します。鋼橋などの大型の鋼構造物では,疲労試験機の容量の制約から実物での疲労試験は難しいので,その一部を取り出した溶接継手で疲労試験されます。ここでは,比較的板厚の小さい鋼板(10~20mm程度)の溶接継手の疲労試験を参考にしています。
第Ⅲ部 道路橋の使われ方と損傷事例 ─作用する繰返しの外力と疲労き裂─
ここでは,筆者が関わった道路橋やその付属物を対象として,疲労損傷事例とその対応について概説します。既設の道路橋は,設計や製作,架設,供用中の維持管理など,それぞれが異なる経歴を持ちます。そのため,疲労の知識だけではなく,設計から維持管理に至る一連の流れも念頭に,耐久性や補修・補強について考える必要があります。
また,疲労損傷を生じた実際の鋼道路橋について,その原因の調査や耐久性の評価,補修・補強の基本的な考え方を示します。これらは,筆者が関わった事例の一部であり,関与した橋梁技術者や道路管理者との議論の成果です。ただし,本書で引用する内容には,筆者の私見も含まれています。
繰返し荷重を受ける鋼構造物では,しばしば疲労が問題になる。疲労損傷は,構造物に荷重が繰返して作用することで,構造部材に疲労き裂が発生し,それが進展して破壊に至ることが,その物理的なプロセスである。したがって,鋼構造物の設計や維持・管理に関わる技術者は,繰返して作用する荷重や設計する構造部材の疲労耐久性を知って,供用期間内に疲労損傷が生じないことを確認する必要がある。そこで,本書では,鋼構造物の溶接継手を対象に,その基本的な疲労挙動を疲労試験の結果を示しながら解説する。対象は,筆者が関与してきた鋼道路橋であるが,読者が道路橋以外の溶接構造物に適用することも可能である。
本書をまとめる契機は,いくつかあった。その一つは,研究者と実務者としての立場の違いであった。筆者は,名古屋大学という恵まれた環境で疲労の研究を続けることができた。研究では,その分野の最先端をねらったテーマを選ぶことが多い。その間,実際の鋼構造物の疲労損傷の相談を受ける機会があった。その時に感じたのは,道路管理者や実務に携わるコンサルタントや補修・補強に関わる技術者の疲労に対する基礎知識の不足であった。相談内容も,結論だけを聞きたいというのも多かった。2010年に名古屋大学を退職した後も,中日本ハイウェイ・エンジニアリング名古屋株式会社においてテクニカルアドバイザーとして,道路橋の疲労損傷に関する実務に関わることができた。
疲労の研究者ということで,学会や協会,あるいは講演会で,実務者向けに,道路橋の疲労に関する講義も行ってきた。その際,講義の中身を,先駆的な研究の話にするか,基礎的な内容に重点を置くか迷うことが多かった。受講者が構造力学や疲労に関する基礎的な知識が不明なことがその理由である。そのとき,疲労損傷の原因追及と補修・補強の検討では,基礎的な知見を,その構造物に応用するのが一番の近道であると考えた。そこで,繰返し外力を受ける溶接継手の基礎的な疲労挙動を重視した内容として,本書をまとめることにした。いわゆる「急がば回れ」である。
その準備の過程で,名古屋大学で実施した疲労の研究を見直して,疲労試験データを丁寧に説明することでその目的が達せられることに気がついた。疲労試験は,多くの時間と労力を必要とする。名古屋大学では,自前で疲労試験することを心掛けた。また,同じ方法で疲労試験を実施してきたので,データの比較が容易になった面もある。
基礎的なデータを示すのには,つぎの3点に着目した。
1)溶接継手では,疲労き裂が発生し,それが進展することで疲労寿命が決まる。そのため,種々の方法を用いて,そのプロセスがわかるような疲労試験を実施した。
2)形状の異なる溶接継手に対しては,目的に応じて疲労試験を行い,それらが相互に比較できるように,同じS-N曲線の座標を用いて図示することにした。
3)図中の文字には,英語を用いた。これは,英語で書くことで,諸外国の研究者や研究を始める学生が理解できるのではないか,との思いである。
筆者は,縁があって1972年に渡米して米国のMaryland大学で研究生活を送ることができた。本書で,1970年代の疲労試験結果を引用しているのはそのためである。指導教官であるPedro Albrecht教授が言われた「データに語らせよ(Let data talk)」をかみしめながら,自分たちのデータを見直すことは,楽しい作業であった。
溶接構造物,特に道路橋の溶接継手の疲労を考えるときに,その基礎的な挙動から見直していくことで,より理解が深まると思われる。本書がその助けになれば,幸いである。
2023年8月
山田健太郎
第Ⅰ部溶接された鋼構造物の疲労強度─基礎的な考え方─
1.溶接鋼構造物の疲労
1.1 はじめに─道路橋を取り巻く環境─
1.2 溶接構造物の疲労─疲労損傷に備えて─
1.3 疲労照査の必要性─設計から維持・管理まで─
1.4 溶接構造物の疲労に関する12の疑問
1.5 本書の構成
2.溶接構造物の疲労照査─疲労照査へのアプローチ─
2.1 疲労の3要素と疲労照査─継手の形状,応力範囲,繰返し数─
2.2 疲労強度曲線(S-N曲線)の求め方
2.3 作用する応力範囲と繰返し数の求め方
2.4 疲労耐久性の評価の流れ─道路橋を対象にして─
2.5 疲労対策について─疲労強度向上法と補修・補強─
第Ⅱ部各種の溶接継手の疲労挙動─基礎から応用へ─
3.引張を受ける溶接継手の疲労挙動─溶接止端からの疲労き裂─
3.1 溶接継手の形状と作用荷重の方向
3.2 リブ十字すみ肉溶接継手の疲労挙動─疲労き裂の発生・進展挙動─
3.3 面外ガセット溶接継手の疲労挙動─応力集中の重なり─
3.4 リブと面外ガセットを組み合わせた溶接継手─疲労き裂の発生位置─
3.5 面内ガセット溶接継手の引張疲労試験─応力集中の影響─
3.6 残留応力と拘束応力の影響について
3.7 主応力に斜めに溶接された継手の疲労挙動
3.8 鋼管構造に用いられる溶接継手
4.溶接金属で荷重を伝達する継手の疲労挙動
4.1 溶接内を進展する疲労き裂について
4.2 内部に不溶着部を有する突合せ溶接継手─角度の影響─
4.3 荷重を伝達するすみ肉溶接を用いた十字継手
4.4 裏当て金を用いた鋼床版Uリブの突合せ溶接継手の疲労挙動
4.5 溶接による疲労き裂の補修について
5.板曲げを受ける溶接継手の疲労挙動
5.1 板曲げ疲労試験について─引張との違いと板厚効果─
5.2 すみ肉溶接継手の板曲げによる疲労試験─止端に生じる疲労き裂─
5.3 面外ガセット溶接継手の板曲げ疲労試験─鋼床版箱桁の垂直補剛材上端のモデル─
5.4 材辺に直角に溶接されたT継手の疲労挙動─実橋への適用について─
6.鋼床版のデッキプレート近傍の溶接継手の疲労試験
6.1 鋼床版の疲労問題の背景
6.2 垂直補剛材上端の疲労き裂─面外ガセット溶接継手との関係─
6.3 デッキプレートを貫通する疲労き裂について
6.4 Uリブのすみ肉溶接内を進展する疲労き裂
6.5 鋼床版の溶接継手の疲労耐久性の照査─継手のS-N曲線を用いる方法─
7.溶接継手の疲労強度向上法
7.1 疲労強度向上法の基本的な考え方
7.2 ICR処理による疲労強度向上法─溶接止端に高い圧縮残留応力を導入─
7.3 ICR処理による疲労き裂の補修と延命化─き裂を閉口させる効果─
8.変動荷重による溶接継手の疲労挙動
8.1 変動荷重による疲労試験の例─荷重が一定でない場合─
8.2 周期的な過荷重(periodicOL)による疲労試験
8.3 変動ブロック荷重(VA-blockloading)による疲労試験
8.4 変動荷重(VAloading)の分布形の影響
9.破壊力学を用いた疲労き裂進展寿命の解析
9.1 疲労き裂進展解析の歴史的な背景
9.2 疲労き裂進展解析の適用例とその手順
9.3 溶接継手のDKと疲労き裂進展の計算例
9.4 変動荷重による疲労き裂進展挙動の計測と解析
第Ⅲ部道路橋の使われ方と損傷事例─作用する繰返しの外力と疲労き裂─
10.実構造物に作用する荷重と応力範囲のモニタリング─道路橋と附属構造物─
10.1 作用する応力範囲の実態調査─疲労との関わり─
10.2 作用応力範囲と繰返し数の計測─疲労耐久性の評価─
10.3 BWIMによる走行荷重の実態調査─bridgeweigh-in-motion─
11. 道路橋の疲労損傷事例と対策1─構造的な問題で疲労損傷─
11.1 道路橋の疲労損傷の事例─過去,現在,未来─
11.2 斜角のある上路アーチ橋の損傷事例
11.3 鋼床版箱桁のダイアフラムの構造変更と疲労き裂の補修
12.道路橋の疲労損傷事例と対策2─溶接継手の疲労耐久性の不足─
12.1 鋼床版Uリブの突合せ溶接の疲労き裂
12.2 鋼床版箱桁の垂直補剛材上端の疲労き裂
12.3 鋼床版のデッキプレートを貫通する疲労き裂
13.道路橋の疲労損傷事例と対策3─疲労照査してこなかった部材─
13.1 疲労照査してこなかった部材について
13.2 伸縮装置の疲労損傷と耐久性の予測─フィンガージョイント─
13.3 伸縮装置の疲労損傷の例─ビーム型伸縮装置─
13.4 照明柱,標識柱の疲労照査について
付録
付録1 溶接継手の疲労試験について─過去,現在,未来─
付録1.1 疲労試験の歴史とその背景について
付録1.2 溶接継手の疲労の研究─国際的な協力─
付録2 溶接継手の疲労試験と疲労き裂の検出について─実験室での試み─
付録2.1 溶接継手の疲労試験
付録2.2 疲労き裂の検出とモニタリングのテクニック
付録3 疲労試験機について
付録3.1 筆者が用いた疲労試験機の例
付録3.2 板曲げ疲労試験機の開発の経緯─安く,早く,省エネで─
付録4 疲労強度曲線(S-N曲線)の求め方
謝辞
引用・参考文献
索引
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掲載日:2024/02/29
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掲載日:2023/12/19
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掲載日:2023/10/31
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掲載日:2023/10/21
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掲載日:2023/09/29