食品予測微生物学 - 理論と実践 -
ICT技術の進歩により飛躍的に研究が進んでいる,現代の予測微生物学を体系的に解説
- 発行年月日
- 2024/08/26
- 判型
- A5
- ページ数
- 204ページ
- ISBN
- 978-4-339-06764-4
- 内容紹介
- まえがき
- 目次
- レビュー
- 書籍紹介・書評掲載情報
- 広告掲載情報
【読者対象】
食品産業に関わる技術者、研究者、監督官庁の行政関係者、ならびに食品微生物学、食品工学を学ぶ学生
【書籍の特徴】
・日本国内では初となる予測微生物学に関する基礎から応用に至る本格的な解説書です。
・予測微生物学の概念が提唱され始めた1980年代後半から現在に至る発展における重要なポイントを網羅的に説明しました。
・基礎理論の解説に加えて豊富な実例紹介を交えて、実際にどういった形での予測が可能となるのかをイメージできるように説明しました。
【各章について】
1章では、予測微生物学の基本理念について、その発展の歴史とモデル構築の基本概念、HACCPとの関係性について概説します。
2章では、細菌の増殖あるいは死滅の時間変化に伴うパターンを記述する各種の一次モデルについて、それらの特徴について説明します。
3章では、細菌増殖の特徴を表す増殖速度やラグタイム等を温度等の環境要因で説明する各種の二次モデル化手法について解説します。
4章では、2章と3章で解説したそれぞれのモデルを統合して、現実的な予測を可能とする方法、さらには統合モデルから発展した各種のソフトウェアについて解説します。
5章では、細菌の増殖/非増殖を確率論的に予測推定可能とする予測モデルの基礎概念と応用事例について解説します。
6章では、リスク評価、リスク管理、およびリスクコミュニケーションから成り立つリスク分析の基本概念について解説します。
7章では、日本でも制度化されたHACCPの基本概念と予測微生物学との関係性、予測微生物学の果たす役割について具体例を交えながら解説します。
8章では、近年の予測微生物学研究の一つの大きな潮流である個体間のバラつきを記述するための確率論的な解析手法について、その基礎理論的な背景から実装計算に至るまでを解説します。
9章では、8章で述べた個体間のバラつきを実際の死滅・増殖の過程で再現するシミュレーション方法について、実例を交えて解説します。
10章では、予測微生物学の成果が微生物リスク評価を実行する際に、どのように活用され、実際にどのような計算過程を経て評価が行われるのかを実例を交えて解説します。
付録には、9章と10章で解説した各種の計算手法で有用と思われるものを取り上げて、より詳細に記述解説しています。
【著者からのメッセージ】
本書では、基礎から最新の予測微生物学研究の最前線にいたる広範囲な内容について詳しく解説しました。予測微生物学的な取組みを始めたい、事業に活用したいと考えている食品産業に関わる技術者、研究者の皆さんに、少しでもお役に立つことを願っております。また、食品微生物学、食品工学を学ぶ学生と研究者はもちろん、監督官庁の行政関係者にとっても、予測微生物学の思想、具体的な基礎理論、社会実装への道のりまでが理解できる内容になっております。
【キーワード】
予測微生物学、予測モデル、細菌増殖、細菌死滅、速度論、確率論、バラつき、モンテカルロシミュレーション、微生物リスク評価
予測微生物学,と聞いて読者諸氏はなにを思うだろうか。微生物のなにを予測するというのか。1980年代後半から1990年代初頭にかけて,はじめてpredictive microbiologyという言葉が世の中に現れた当初の概念では,あくまでも微生物,なかでも中心はバクテリア(細菌)の数がどのように増えるのか,あるいは減るのかを環境の条件や食品の内因的な要素の情報をもとにして予測すること,と述べられていた。予測するために必要となるのが,細菌数の時間変化パターンを表すための数式化,すなわち数理モデルである。食品環境における細菌数の変化を,その食品が置かれていた温度やpH,水分活性,ガス環境などといった環境条件の情報から予測可能とすることを目指したのが予測微生物学の根本的な思想である。本思想の究極的な目標としては,培養による細菌検査によらず当該食品中の細菌数を知ることであるが,2024年時点の技術でもそこまでは到達していない。
予測微生物学の概念発表から,30年の時を経てもその理想が実現できていないが,この間に進歩がなかったか,と問われれば決してそんなことはなく,さまざまな形での予測モデル化技術の開発およびその応用活用が盛んに行われてきた。特に,2000年代以降の急速なインターネット環境の発達,コンピュータの性能向上,計算環境(ソフトウェア)の向上によって,飛躍的に研究論文の発表数は伸びている。これまでの予測微生物学という学問・研究領域の発展の過程を体系化することは,改めて予測微生物学という学問・研究領域の学術界および実社会における存在意義を示すだけでなく,今後のさらなる発展になにが必要なのか,未解明な部分はなにか,といった将来に向けての展望を示すことにもつながる。それによって,今後本書を手に取った研究者,技術者らが課題解決のための糸口を見いだすための出発点になるようなものになれば,著者としては望外の喜びである。
本書が食品産業分野に関わる人々に広く知れわたることを願い,書名については「食品予測微生物学」とした。
本書執筆に至るまでに,以下の方々のご協力をなくしては研究の推進,発展は成し得なかった。ここに記して心より謝意を表したい。所属はご協力いただいていた当時のものである。
一色賢司氏(北海道大学),五十部誠一郎氏(当時,食品総合研究所),藤川浩氏(東京農工大学),土戸哲明氏(関西大学),元山裕孝氏(株式会社サイエンスフォーラム),石田亘氏(株式会社日清製粉グループ本社),宇田渉氏(株式会社ユーワークス),川崎晋氏(農業・食品産業技術総合研究機構食品研究部門)らの協力がいただけなければ,予測微生物学研究を推進することはできませんでした。
また,大学院生として一緒に予測微生物学研究に従事してくれた北南秀和氏,黒田小百合氏,鶴間菜月氏,武岡晃平氏,日浦聡子氏,道東慎也氏,渕澤勇斗氏,細江隼平氏,安藤亮博氏,片岡真由美氏,矢辺秀茂氏らに心より感謝申し上げます。
加えて,研究を支援していただいた日本学術振興会,内閣府食品安全委員会には,この場をお借りして心より感謝申し上げます。
紙面の都合上,すべての方を書ききれませんが,当方の研究活動を支えてくださいました関係者の皆様に心より深謝申し上げます。
2024年6月
小関成樹
Ⅰ.予測微生物学の基礎理論
1.予測微生物学の基本理念
1.1 予測微生物学とはなにか?
1.2 予測微生物学の発展の歴史
1.3 予測モデルの構築とは
1.4 予測微生物学とHACCP
1.5 予測微生物学を理解するための本書の構成
2.一次モデル:primary model
2.1 モデル構築の事前準備
2.1.1 生理学的状態の影響
2.1.2 接種菌数の影響
2.1.3 混合細菌株の使用
2.1.4 食品への接種
2.2 微生物の増殖パターンを記述する数学モデル
2.2.1 一次モデルの変遷
2.2.2 Baranyi model
2.2.3 Buchanan three-phase model
2.2.4 新ロジスティックモデル
2.3 競合する細菌の増殖モデル(Jameson effect)
2.4 増殖モデルの選択の基準
2.5 微生物の死滅
2.5.1 伝統的な対数線形モデル
2.5.2 死滅挙動における非線形性がはらむ複雑な問題
2.6 その他の現象を表すモデル
3.二次モデル:secondary model
3.1 増殖速度のモデル化
3.1.1 平方根モデル(square-root model)
3.1.2 温度以外の環境要因の影響を記述するためのモデル
3.1.3 γ(ガンマ)コンセプト
3.1.4 主要パラメータモデル(cardinal parameter model)
3.2 ラグタイム(誘導期)のモデル化
3.2.1 多項式モデル
3.2.2 ニューラルネットワークモデル
3.2.3 ロジスティック回帰分析の応用
3.3 死滅過程における二次モデル化
4.統合モデル:tertiary model
4.1 統合モデルの実際
4.1.1 レタス流通過程におけるレタス上での病原性細菌の増殖予測
4.1.2 胃内消化過程における食中毒細菌の死滅
4.2 機械学習モデルの可能性
4.2.1 微生物増殖予測への展開の可能性
4.2.2 機械学習モデルの構築方法
4.2.3 機械学習モデルによる細菌挙動の予測
4.3 予測ソフトウェア
4.3.1 世界における予測ソフトウェア開発の変遷
4.3.2 諸外国における予測微生物学ツール
4.3.3 今後の予測ソフトウェアの展開展望
4.4 予測微生物学ハードウェアの開発
5.増殖/非増殖境界モデル
5.1 増殖/非増殖境界モデルの概念
5.2 ロジスティック回帰分析
5.3 増殖/非増殖境界モデルの実際
5.4 機械学習モデル(ニューラルネットワークモデル)の可能性
5.4.1 機械学習モデルの適用可能性
5.4.2 モデルの構築方法
5.4.3 予測モデルの精度
5.5 モデル構築に必要な反復回数の検討
5.5.1 ばらつきを考慮した実験反復回数
5.5.2 実験反復回数の影響比較
5.6 ロジスティック回帰分析の殺菌/損傷回復予測への応用
5.6.1 殺菌効果を予測するための代替モデル概念
5.6.2 高圧処理における細菌不活化挙動を評価する新たな手法
Ⅱ.予測微生物学の実践
6.リスク分析と予測微生物学
6.1 リスク分析とは
6.2 リスク評価
6.3 リスク管理
6.4 リスクコミュニケーション
7.HACCPと予測モデルとの関係
7.1 HACCPの基本概念
7.2 Food Safety Objectives(FSO)と予測モデル
7.3 Critical Limit(CL)設定への予測モデルの適用
7.3.1 殺菌処理が困難な加工食品におけるCLの設定
7.3.2 殺菌処理工程でのCL設定の実際
7.3.3 製造工程における待機時間中の増殖予測
8.確率論で記述する細菌集団の挙動
8.1 細菌集団の増殖と死滅挙動における確率論の導入背景
8.2 食品の製造過程で発生するランダムな細菌数の分布
8.2.1 食品の製造過程で発生するランダムな細菌数の分布:理論計算
8.2.2 検証試験
8.3 速度論から確率論への変換
8.3.1 細菌集団の死滅過程におけるばらつき
8.3.2 細菌集団の生存細菌数のばらつき
8.3.3 ある細菌数になるまでのばらつき
8.3.4 検証試験
8.3.5 細菌集団の増殖過程におけるばらつき
8.3.6 ある時間における細菌数または細菌密度のばらつき
8.3.7 ある細菌数に達するまでの時間のばらつき
8.3.8 検証試験
8.4 少ない細菌集団が対象の場合には確率論がよい
8.5 確率論で記述する細菌集団挙動の変動性のまとめ
8.6 菌株間のストレス耐性の違いを考慮した確率論モデルの開発
8.6.1 菌株間の違いを考慮すべき理由
8.6.2 胃内消化過程における細菌不活化に及ぼす菌株間の違いの影響
8.6.3 菌株間の違いの影響を組み込んだ階層ベイズモデルの構築
8.7 確率論を用いたモデルの限界
9.モンテカルロシミュレーションによる確率論的予測
9.1 確率論的死滅シミュレーション
9.1.1 一定温度加熱時における確率論的死滅シミュレーション
9.1.2 変動温度加熱時における確率論的死滅シミュレーション
9.2 確率論的増殖シミュレーション
9.2.1 一定温度下における増殖シミュレーション
9.2.2 変動温度下における増殖シミュレーション
9.3 消化過程シミュレーションに基づく用量反応関係の推定
9.3.1 胃内消化過程における病原体の減少挙動
9.3.2 胃から小腸への移動
9.3.3 小腸上皮細胞への侵入挙動
10.定量的微生物リスク評価の実装
10.1 定量的微生物リスク評価の概要
10.2 定量的微生物リスク評価シミュレーション実践の流れ
10.2.1 フードチェーンの設定
10.2.2 各プロセスにおける各条件の設定と計算
10.3 リスク評価結果の感度分析
10.4 既往のリスク評価結果などとの比較
付録
A.1 不確実性を考慮するための計算手法
A.2 ヒストグラムから乱数を発生させる逆関数法
A.3 動的温度履歴を乱数シミュレーションするための手法
引用・参考文献
索引
読者モニターレビュー【 黄昏 様(業界・専門分野:特別公務・調査)】
先ず、モニターレビューに応募した理由に、生きていく上で必要な食物摂取における理論的見解を学術的観点から知りたかったからです。現在は調査業務に就いているため、高校時代に使った数学の教科書を傍らにして通読しました。
さて、初心者でありながらも、構成が順序立てられており、素直に読み込むことができました。基本理念で、予測微生物学について分かりやすく説明されています。身近にありながら、普段の生活を送るにあたって気にする機会が少ない分野を、直接的な表現で説いていると思いました。
さらに、数多のモデルケースを挙げて、方程式を用いながら実際の症例を交えて読者視点も鑑みながら展開していると感じます。モデル概念で基本を記しつつ、構築に至る過程が丁寧に書かれています。興味深く読み込みました。
また、比較をする場面では図や表で視覚的に展開が成されてあり、見て分かる構成により、一層理解し易く感じました。読了してからもう一度読み返した事で、微生物学の核心に迫る事が出来て、更に見聞を深めることができました。専門書として学ぶだけではなく、門外漢でも理解できる構成であると再認識しました。
この度の事をきっかけに、食品学に関する分野に興味が湧きました。今後、意識しながら生活を送ります。
読者モニターレビュー【 西井 貴恒 様 奈良県立医科大学(業界・専門分野:医学生)】
自分はあまりこの手の指数関数を主に用いた数理モデルを用いることの少ない医療の分野にいるのだが、細菌の動態は患者の健康や命と隣り合わせの現象であるだけに関心は持っていた。読んでみると、さまざまな予測モデルが実測値とfitすることに対して感心する一方、モデルの式が元々は単純な形から始まっていて、それらを変形してある程度複雑な形になっても妥当性を保つことに、数理モデルの機能美を感じた。
個人的に目を引いたのは、「9. モンテカルロシミュレーションによる確率論的予測」の章にある、死滅挙動のばらつきをWeibull分布で予測する手法や、増殖の挙動を予測するに際し消化管内での食物の移動と菌の小腸への到達を対応させた上で感染確率を算出する手法である。菌だけでなく、それを取り込む人間の体もそれぞれ個性を持ちそして生きて動くものであり、動的で多元的な推移をみせていて、その推移を数理で追うことができるという事実には嘆息を禁じ得ない。
また、「5. 増殖/非増殖境界モデル」において、複雑な環境下や高圧処理後で、予期せぬ増殖をみせる菌に対し、新たなモデルを用いてfitさせる手法も面白かった。冒頭に書いてある通り、さまざまな状況下でのシミュレートが、日々新しく可能になっているのだとわかった。
「新刊紹介」欄に掲載されました。
-
掲載日:2024/11/05
-
掲載日:2024/09/04
-
掲載日:2024/08/30
-
掲載日:2024/08/28
-
掲載日:2024/08/15