数理工学のための線形代数 - 線形代数の新しい地平 -
現代の数理工学に対応するための,抽象的な代数学の視点と応用的な視点の架け橋となる一冊
- ジャンル
- 発行予定日
- 2026/02/下旬
- 判型
- A5
- ページ数
- 312ページ
- ISBN
- 978-4-339-06136-9
- 内容紹介
- まえがき
- 目次
- 広告掲載情報
【本書の特徴】
本書は,通常の線形代数の枠組みを環・加群など抽象代数も含む広義の線形代数として体系化した書籍です。数理工学で現れる構造を読み解く力を養うことを目指します。集合と写像から出発し,商(同値類)の考え方を丁寧に整理したうえで,ユークリッド整域を中心とする環・整域の基礎を導入します。さらに,通常の線形代数の議論が「どこまで通用し,どこから拡張が必要か」を見通せるように構成しました。
本書の核は,行列式を足場に,エルミート標準形・スミス標準形・ジョルダン標準形を一本の流れとして理解できる点にあります。標準形を単なる計算結果としてではなく,「同値変換(基底の取り換え)で何を動かしてよく,何が不変量として残るのか」という観点で捉えることで,論文や専門書で標準形が現れたときにも,議論の要点を的確に理解できるようになります。後半では,非負行列とマルコフ連鎖,グラフラプラシアンとクロン縮約(大規模ネットワークの縮約),離散フーリエ変換・FFTへと展開し,抽象理論が解析手法や計算アルゴリズムへつながることを示します。
線形代数の基礎を一度学んだ学部3年生以上を主対象に,研究の共通基盤として学び直し,理解を深めたい読者に最適です。
【本書のキーワード】
数理工学,線形代数,抽象代数,行列の標準形,非負行列,マルコフ連鎖,グラフラプラシアン,クロン縮約,離散フーリエ変換,高速フーリエ変換
☆発行前情報のため,一部変更となる場合がございます
数理工学とは,数学の理論を基盤にして工学や情報科学の諸問題を解析し,その解決に役立つ新しい数理的手法を生み出すことを目的とする学問領域である。応用数学の一分野にとどまらず,工学的課題から新しい数学的概念や道具を引き出す点に大きな特徴がある。例えば,システム制御理論や最適化,信号処理やネットワーク解析,機械学習や暗号理論など,数理工学は現代の社会や技術に直結する幅広い分野で中心的な役割を担っている。
線形代数学は数理工学のあらゆる分野で基盤となる学問であり,行列演算や固有値問題,標準形などの理論が中心的な役割を果たしている。しかし,従来の教科書で展開される「体上のベクトル空間」を前提とした理論だけでは,整数環や多項式環を背景にした問題,データ解析や暗号といった現代的課題を十分に扱うことはできない。本書は,そうした背景のもとで,数理工学の多様な課題に通用する「広義の線形代数」を体系的に学べるように執筆したものである。読者が抽象的な線形代数学的視点と数理工学的視点を往復しながら学び進められるように,一冊の中で両者を結び付けることを目指している。
本書の大きな特徴は,ジョルダン標準形の位置付けを見直した点にある。従来の線形代数の教科書では,行列のジョルダン標準形の導出が学習の一つの到達点とされることが多い。しかし本書では,それを「広義の線形代数」の方法論を応用する題材と捉え直し,ユークリッド整域上のスミス標準形の理論を経由して体系的に導出する。こうすることで,複素数体上におけるジョルダン標準形が,より一般的な「ユークリッド整域を基盤にした加群や行列の分解理論」の特殊な姿として自然に現れることを明らかにし,標準形の理論を統一的に理解できるよう構成している。さらに,ジョルダン標準形の応用として,非負行列の理論とその応用を詳しく解説する。特に筆者自身の研究とも関わる,有向グラフに対応するグラフラプラシアンのクロン縮約については,その数理的性質と意義を詳細に論じる。
また,本書の「広義の線形代数」に含まれる代数学の考え方が多様な数理工学の問題において実際に役立つことを実感してもらうために,高速フーリエ変換(FFT)の理論も取り上げる。多項式の積を直接計算すると大きな手間がかかるが,「多項式を特定の点で評価し,その値を使って積をとり,最後にもとの形に戻す」という方法を利用すれば効率化できる。FFTはこの方法を再帰的に分解したアルゴリズムである。本書ではこの観点を通して,線形代数の考え方がどのように具体的なアルゴリズムと結び付き,数理工学に応用されていくのかを解説する。さらに,ジョルダン標準形導出の際に用いるスミス標準形が,トポロジカルデータ解析やシステム制御理論などの数理工学においてどのように応用されているかを簡潔に紹介した。
本書の構成はつぎのとおりであり,図1がその全体像である:第1章は集合・写像の基礎事項を整理し,さらに線形代数の教科書ではあまり扱われない商集合を導入する。商集合は抽象的な概念ではあるが,本書全体の理解において重要な役割を果たすため,特に丁寧に解説する。第2章では本書全体を通して中核となるユークリッド整域を中心に,代数学の基礎概念を詳述する。第3章では加群と準同型写像を取り上げ,ベクトル空間との違いを明確にしつつ,加群論の基本的枠組みを与える。第4章では整域上の行列式を定義から性質に至るまで体系的に構築し,後続の議論に備える。第5章ではエルミート標準形,スミス標準形,ジョルダン標準形という三つの標準形を取り上げ,特にジョルダン標準形と複素ベクトル空間の直和分解の関係を詳しく論じる。第6章では非負行列の一般論を展開し,その応用としてマルコフ連鎖を導入し,さらにグラフラプラシアンのクロン縮約について詳細に解説する。第7章では多項式の積とFFTの関係を線形代数学的観点から明らかにし,さらにFFTの深層学習モデルへの応用に触れる。最後に第8章では,本書で整えた「広義の線形代数」が具体的に数理工学のどのような分野に活用されるかを三つの視点から示す。すなわち,トポロジカルデータ解析,代数解析学に基づくシステム制御,そして耐量子暗号の有力候補である格子暗号である。

「数理工学のための線形代数」という題が示すとおり,本書は工学的課題に取り組むための線形代数の拡張を目指している。新しい問題に出会ったときに,適切な道具を選び,必要ならば道具そのものを創造できる|そのための足腰を,本書で養っていただければ幸いである。
謝辞:本書は井上大輔氏(株式会社豊田中央研究所数理工学研究領域),岩出大毅氏(東京大学大学院情報理工学系研究科),梅津光汰氏(東京大学大学院情報理工学系研究科),坂元佑弥氏(株式会社フィックスターズ),先名健一氏(合同会社QRテクノロジー)のコメントによってさまざまな点で改善されました。ここに深く感謝申し上げます。また,本書の執筆が長期にわたり,締切延長にご理解を賜りながら,終始温かくご支援くださったコロナ社の皆様に心より御礼申し上げます。そのご寛容とご理解があってこそ,本書を世に出すことができました。最後に,執筆を支えてくれた妻と娘には,日々の励ましに心から感謝します。
2026年1月
佐藤一宏
☆発行前情報のため,一部変更となる場合がございます
1.準備
1.1 集合
1.2 写像
1.3 商集合
章末問題
2.代数学の基本事項
2.1 本章の全体像
2.2 群
2.2.1 群の作用と軌道
2.2.2 部分群と剰余類
2.2.3 正規部分群と剰余群
2.2.4 群の準同型定理
2.3 環と体
2.3.1 環の重要な例:行列環
2.3.2 可換環の重要な例:多項式環
2.3.3 部分環
2.3.4 イデアル
2.3.5 剰余環
2.3.6 環の準同型
2.3.7 多項式への代入
2.3.8 環の直積と中国剰余定理
2.4 整域
2.4.1 商体
2.4.2 最大公約元
2.4.3 ユークリッド整域
2.4.4 単項イデアル整域
2.4.5 素元と既約元
章末問題
3.加群
3.1 加群の定義
3.2 加群の間の準同型写像
3.3 加群の直和と準同型写像の直和
3.3.1 外部直和:複数の加群から新たな加群を構成
3.3.2 内部直和:加群から複数の部分加群に分解
3.3.3 外部直和と内部直和の関係
3.3.4 加群の直和の同型写像
3.3.5 準同型写像の直和
3.4 自由加群
3.5 ベクトル空間
3.6 整域上の行列のランク
3.7 自由加群の性質
3.8 自由加群の間の準同型写像の表現行列
3.9 ユニモジュラ行列
3.10 基本変形と基本行列
3.11 基底の変換
3.12 不変部分加群と表現行列
章末問題
4.整域上の行列の行列式
4.1 行列式の基本的な性質
4.2 逆行列の公式
4.3 コーシー・ビネの公式
4.4 行列式を用いた行列のランクの特徴付け
4.5 行列式因子
4.6 ケーリー・ハミルトンの定理
4.7 シューア補行列と商公式
章末問題
5.ユークリッド整域上の行列の標準形
5.1 本章の全体像
5.2 標準形導出のための準備
5.3 エルミート標準形
5.4 スミス標準形
5.5 ジョルダン標準形
5.6 固有値,固有ベクトル,(一般化)固有空間
5.6.1 線形写像の固有値と固有ベクトル
5.6.2 固有値の幾何学的重複度と代数的重複度
5.6.3 一般化固有空間
5.7 対角化可能な複素正方行列
5.8 ジョルダン標準形の応用例:離散時間線形システムの安定性
5.9 本章でユークリッド整域上の行列を考えた理由
章末問題
6.非負行列とその応用
6.1 非負行列の理論
6.1.1 非負行列と有向グラフ
6.1.2 非負行列の既約性と可約性
6.2 マルコフ連鎖
6.3 グラフラプラシアンとそのクロン縮約
6.3.1 クロン縮約の存在性
6.3.2 クロン縮約によって得られた行列の性質
6.3.3 クロン縮約後のグラフの性質
6.3.4 本節の結果に関する注意
章末問題
7.多項式の積と高速フーリエ変換
7.1 計算量について
7.2 多項式の評価と補間
7.3 多項式の積の計算法
7.4 離散フーリエ変換と高速フーリエ変換
7.4.1 離散フーリエ変換
7.4.2 高速フーリエ変換
7.4.3 線形代数の観点からの高速フーリエ変換
7.4.4 畳み込みと多項式の積の同値性
7.5 線形システムと畳み込み
7.5.1 単一入力単一出力の場合
7.5.2 複数入力複数出力の場合
7.6 高速フーリエ変換の深層状態空間モデルへの応用
章末問題
8.数理工学への案内
8.1 トポロジカルデータ解析
8.2 代数解析学に基づくシステム制御理論
8.3 格子暗号
付録
A.1 対称群
A.2 ノルム
引用・参考文献
章末問題解答
索引

-
掲載日:2026/02/10









