システムとサイバネティクスの思想

シリーズ システム・制御のニューフロンティア A-1

システムとサイバネティクスの思想

サイバネティクスと呼ばれるシステム論とそれにまつわる思想を扱う。

ジャンル
発行年月日
2026/03/18
判型
A5
ページ数
288ページ
ISBN
978-4-339-03403-5
システムとサイバネティクスの思想
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定価

5,280(本体4,800円+税)

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【読者対象】
本書は,今日のAIやロボットなどの技術の基盤となったサイバネティクスの思想と,その歴史的・現代的・将来的な展開に関心を持つ以下のような幅広い読者を対象としています。
・オートポイエーシスやエナクションといった概念を学びたい大学院生や学部生
・自律システムに対する新たなアプローチを模索する理工学系の研究者や技術者
・現代技術と社会や人間との関係に関心を持つ人文・社会科学系の研究者や実務家

【書籍の特徴】
近年,オートポイエーシスやエナクションといった自律システムに関わる概念が,身体性認知科学を筆頭に,AIやロボット研究などの文脈でも注目され始めています。これらは従来のサイバネティクスからの理論的・思想的「転回」のもとに成立している,新しいサイバネティクス(ネオ・サイバネティクス)に関連する議論です。本書は,細胞レベルの生命システムから人間の社会システムにまで至るサイバネティックな議論の核心を掴むため,その思想的,歴史的背景から解説します。これにより,現代の技術や社会を批判的に捉え直し,それらの新たなあり方を探究するための視座を提供します。各章の連結は緩やかで,読者は関心のある章から読み始めることができます。

【各章について】
1章では,サイバネティクスと「情報」にまつわる2つのパラダイムと,自律システムの諸理論としてのネオ・サイバネティクスを紹介します。
2章では,他律システムの理論から自律システムの理論への「転回」と,その思想的意義を明らかにします。
3章では,オートポイエティックな生命とエナクティヴな意識の連続性を示し,身体性について問い直します。
4章では,身体性認知科学や人工生命研究へと展開されたエナクティヴ・アプローチを整理し,主体性や自律性を再考します。
5章では,サイバネティクス以前に始まる制御技術とその社会学的背景を辿り,現代社会を特徴づける「制御」の可能性と限界という問いを導きます。
6章では,組織モデルとしての存続可能システムモデルを紹介し,社会組織の存続可能性と自由や多様性との関わりを論じます。
7章では,人間にとっての意味やコミュニケーションを重視するネオ・サイバネティックなデザイン論と,その今後の展望を示します。
さらに各章の間には,サイバネティクスの思想史にまつわる短い論考をコラムとして配置しています。

【著者からのメッセージ】
本書の議論が,自律システムとしての生命や人間のあり方をより立体的に照らし出し,これからの技術や社会のあるべき姿を読者が自ら想像し,創造していく一助となるならば,これ以上の喜びはありません。

【キーワード】
サイバネティクス,ネオ・サイバネティクス,オートポイエーシス,エナクティヴ・アプローチ,生命,自律性,身体性,制御,存続可能システムモデル,デザイン

「シリーズ システム・制御のニューフロンティア」の一巻として編まれている本書は,1940年代に成立した「サイバネティクス」と呼ばれるシステム論と,それにまつわる思想を中心的テーマとして扱っている。サイバネティクスという学問は,現代の読者にとってあまり馴染みのある学問とはいえないかもしれないが,対象を「システム」として捉える思考や,システムの制御に関する各種の理論,それらに伴って発展した情報技術や通信技術など,その現代への影響は計り知れないものがある。サイバネティクスは,今日のAIやロボットといった技術の基盤となった学問でもあり,現代の我々の人間観や世界観とも深く関わっている。他方,このサイバネティクスの一派は,1970年代に従来の思想から大きく転換しており,それは新しいサイバネティクス,「ネオ・サイバネティクス」として一部で注目されるパラダイムともなっている。

一般に理工系分野では,最新の知見が重視されることが多いが,本書はその背景にある思想や歴史からそれらを捉え返すことで,読者の視界を広げ,思考を深める一助となることを企図している。また,近年のネオ・サイバネティックな議論の一端を紹介し,その先の思考を促す意図もある。既存の理工学的思考の枠組みを超えて,システムやその制御について新たに考えるヒントとしてほしい。

本書前半(1章から4章)では,サイバネティクスからネオ・サイバネティクスへの転回を確認した後,近年のネオ・サイバネティックな議論として,オートポイエーシス論とその応用としてのエナクティヴな認知理論を紹介する。特に後者は,身体性を重視する立場の認知科学において近年注目されており,急速に台頭するAIとの関連でも興味深い,貴重な論考となっている。

本書後半(5章から7章)では,歴史的観点を重視し,サイバネティクスが出現した社会的背景や,サイバネティクスやネオ・サイバネティクスの社会的実践として探求されてきた応用領域の議論を扱う。サイバネティクスが,理論のための理論ではなく,実践的な問題意識と強く結びついた学問であることを示す狙いもある。

各章のより詳しい概要は,以下のようになっている。

1章「システムとサイバネティクスの思想」では,サイバネティクスという学問について改めて簡単に確認した後,新しい機械論としてのその思想的側面を概観する。システムとその制御にまつわる機械論としてのサイバネティクスは,情報という概念と密接に関連する二つの相反するパラダイムと通じている。一方は他律システムの理論である従来のサイバネティクスの思考的枠組みに,もう一方は自律システムの理論であるネオ・サイバネティクスの思考的枠組みに相当する。あまり知られていない後者については,セカンド・オーダー・サイバネティクス,オートポイエーシス論,ラディカル構成主義という三つの中核理論の概要もここで示しておく。

2章「制御の思想とその「転回」」では,制御という観点に着目しつつ,サイバネティクスからセカンド・オーダー・サイバネティクスへと至るフォン・フェルスターの議論を跡づける。これにより,システムの制御に関する理論として始まったサイバネティクスから,反制御の理論ともいえる自律システムの理論がいかに出現したかを明らかにする。そうして現れてきたネオ・サイバネティクスという潮流は,システム論としてのサイバネティクスに定められた必然的な転回として成立していると同時に,我々の人間観や世界観の「コペルニクス的転回」を促すものでもある。知的機械としてのAIが存在感を増す今日だからこそ,この「転回」が思想的に大きな意味を持つことを示す。

3章「生命が呼ぶ意識,意識が還る生命」では,オートポイエーシス論の提唱者の一人であるフランシスコ・ヴァレラの後年の思想と研究が,自己生成論として読み解かれる。自律システムである生命は,自己生成によって自己と世界の区別を不断に行い,認知という領域を不可避的に生み出している。後年のヴァレラの思想を特徴づける「エナクション」という概念は,こうした自己生

成する生命の行為的認知や,それを通じた意味的世界の創出を意味している。近年,認知科学やAI研究の分野で「身体性」が注目されているが,しばしばそれは単に物理的な身体や,環境情報を取り込むセンサーの必要性としてのみ理解されてしまっている。生命と意識の連続性を語るヴァレラの思想は,そうした理解の問題点を照らし出すだろう。

4章では,「エナクティヴ・アプローチの現在」として,ヴァレラに端を発する上記のようなエナクティヴな議論のその後の展開が論じられる。晩年のヴァレラから,ディ・パオロを中心とした後継者らによる近年の議論まで,認知科学や人工生命の方面へと展開されてきたエナクティヴ・アプローチの現在が示される。近年の議論では,オートポイエーシスの概念が自己区別性と自己生産性として捉え直され,主体性の議論へと接続されている。細胞の自律性から社会の自律性までを射程とするこのアプローチの方法論的原理として「媒介」の概念を提示している点も,4章の特徴となっている。

一転して5章では,歴史を大きく遡り,「サイバネティクス以前の制御」と題して,サイバネティクスの前史としての制御技術とその社会学的背景が論じられている。理工系の読者にとっては最も馴染みの薄い議論となるかもしれないが,現代社会とそれを支えるもろもろの技術を「制御」という観点から再考する眼差しを得ることができるだろう。タイプライターのような具体的機械もさることながら,マーケティングやマネジメント,標準化や形式化,情報化といったレベルの制御技術とも深く関わる議論である。現代社会を特徴づける制御技術の可能性と限界を見定めることは,これからの技術と人間,社会との関係を批判的かつ創造的に捉え直していく契機となるはずである。

続く6章では,「思想としてのオートメーションと自由」として,サイバネティクス以後の技術と社会の関係がテーマとなっている。前半は,オートメーションに焦点が当てられ,人間を解放する技術であるはずのそれが抱える矛盾が示される。後半は,この問題への一つの対処法として,スタッフォード・ビーアが構想したマネジメント・サイバネティクスと,その組織モデルである「存続可能システムモデル(VSM)」の解説と思想的評価がなされている。ビーアは,企業組織や社会の存続可能性を高めるために,自由や多様性の確保が重要であると考えた。そのために求められるのが反省作用を持つメタシステムやそのデザインで,これは現代の社会問題にも通じる論点である。こうしたビーアの議論は,ネオ・サイバネティクスへと連なるものとしても位置づけられている。

最後の7章では,「ネオ・サイバネティクスに基づくデザイン論」として,クラウス・クリッペンドルフとラヌルフ・グランヴィルによってそれぞれ展開された,ネオ・サイバネティックなデザイン論を扱っている。両者には力点の違いはあれど,人間による創造行為の裏にあるデザインという営みの中心に,関係者らにとっての(主観的な)「意味」を置き,さらにそうした関係者間の関係性を「コミュニケーション」を通じて制御するという観点を共有している。これは,関連データを網羅的に収集し,その計算処理を通じて客観的な最適解を得ようとするコンピューティング・パラダイムの発想とは対照的である。こうした発想を相対化する概念として「人間中心のデザイン」が近年注目されているが,本章で示される基礎情報学的な情報の捉え直しがなければ,より深刻な問題を生む可能性がある。

本書は以上の全7章構成となっているが,各章の間に六つのコラムも配置している。いずれもサイバネティクスの思想史にまつわるコンパクトな論考で,各章で扱いきれなかったサイバネティクスの別側面を照らし出したり,補足したりする役割を担っている。各章の内容との関係を考慮して配置してあるが,基本的には独立の論考として自由に読むことができる。

2026年1月
西田洋平 

1.システムとサイバネティクスの思想
1.1 原点としてのサイバネティクス 
1.2 サイバネティクスの二つのパラダイム 
 1.2.1 コンピューティング・パラダイム 
 1.2.2 サイバネティック・パラダイム 
1.3 ネオ・サイバネティクス:自律システムの諸理論 
 1.3.1 セカンド・オーダー・サイバネティクス 
 1.3.2 オートポイエーシス論 
 1.3.3 ラディカル構成主義 
引用・参考文献
コラム1 マカロックの両義性

2.制御の思想とその「転回」:サイバネティクスからセカンド・オーダー・サイバネティクスへ
2.1 サイバネティクスの起源 
 2.1.1 フィードバック制御モデル 
 2.1.2 マカロック‒ピッツモデル 
 2.1.3 制御の思想 
2.2 フォン・フェルスターの記憶研究 
 2.2.1 忘却の理論 
 2.2.2 記憶研究における意味論的問題 
 2.2.3 有限状態機械,あるいはノントリビアル・マシン 
 2.2.4 有限状態機械から有限関数機械へ 
2.3 サイバネティクスのコペルニクス的転回 
 2.3.1 再帰汎関数論 
 2.3.2 セカンド・オーダーへの移行 
 2.3.3 認識論的転回 
引用・参考文献
コラム2 機械論と目的論の融合

3.生命が呼ぶ意識,意識が還る生命:フランシスコ・ヴァレラの自己生成論
3.1 生命と自己 
 3.1.1 時間の向き 
 3.1.2 構造の発生 
 3.1.3 自己生成 
3.2 生命的自己に伴う認知 
 3.2.1 原初的な認知 
 3.2.2 生命の認知と志向性 
3.3 意識とは何か:志向性・感覚運動・生命 
 3.3.1 志向性 
 3.3.2 感覚運動志向性 
 3.3.3 生命,ふたたび 
3.4 人生と科学:フランシスコ・ヴァレラの身体と意識 
引用・参考文献
コラム3 ネオ・サイバネティクスは構成主義なのか?

4.エナクティヴ・アプローチの現在:その原理と展開
4.1 オートポイエーシスから「意味生成」へ 
 4.1.1 オートポイエーシスと自律性 
 4.1.2 オートポイエーシスを超えて 
 4.1.3 生命の不安定性と「意味生成」 
 4.1.4 オートポイエーシス+適応性 
4.2 主体性を定義する 
 4.2.1 個体性 
 4.2.2 相互作用の非対称性 
 4.2.3 規範性 
 4.2.4 自律性と主体性 
 4.2.5 一でもなく二でもない:媒介論的思考へ 
4.3 感覚運動系の自律性と社会的相互作用の自律性 
 4.3.1 行為のパターンの自律性 
 4.3.2 社会的相互作用の自律性 
 4.3.3 身体性の三つの次元の「もつれ」 
4.4 結び 
引用・参考文献
コラム4 メイシー会議とレイシオ・クラブ

5.サイバネティクス以前の制御:大量生産,事務機械,軍事技術
5.1 「制御」の社会学的探究 
 5.1.1 現代社会論の問い 
 5.1.2 100年前の日本社会 
 5.1.3 「制御」というキーワード 
5.2 管理社会 
 5.2.1 ドゥルーズの「管理社会」論 
 5.2.2 管理社会とはいうけれど 
5.3 フォード社とGM社 
 5.3.1 見田宗介の現代社会論 
 5.3.2 制御の技術:マーケティングとマネジメント 
5.4 ベニガーの「制御革命」の議論 
 5.4.1 制御革命 
 5.4.2 生産,流通,消費の制御技術 
5.5 事務機械と制御技術 
 5.5.1 企業の拡大とコミュニケーションを通じた制御 
 5.5.2 コミュニケーションの技術と形式の発達 
5.6 戦争と制御技術:ミンデル 
 5.6.1 海軍とスペリー・ジャイロスコープ社 
 5.6.2 ベル研究所とMIT 
5.7 制御と統治 
 5.7.1 人間-機械関係の社会史 
 5.7.2 「統治」の社会史:標準化と事務機械 
 5.7.3 制御の社会史的探究へ 
引用・参考文献
コラム5 観察者概念の萌芽

6.思想としてのオートメーションと自由:VSM(存続可能システムモデル)における多様性工学とメタデザイン
6.1 オートメーション思想の展開と想像力 
6.2 日本における自動制御とオートメーション論の受容 
6.3 オートメーションとサイバネティクスの原景 
6.4 「オートメーションのオートメーション」のパラドックス 
6.5 バイオテクニクスとヴァイアブル・テクノロジー 
6.6 VSMとメタシステム論 
6.7 三項図式によるVSMの構造的理解 
 6.7.1 三項図式の基本構造と意義 
 6.7.2 メタシステムと必要多様性の法則 
 6.7.3 VSMの応用とサイバーシン・プロジェクト 
 6.7.4 VSMにおける「システム1~5」とα項,β項の対応関係 
6.8 VSMの理論的革新とセカンド・オーダー・サイバネティクス 
6.9 VSMからメタデザイン論へ 
6.10 VSMによる現代社会の診断 
引用・参考文献
コラム6 ゴードン・パスクの会話理論

7.ネオ・サイバネティクスに基づくデザイン論:コミュニケーションを通した関係性の制御としてのデザイン
7.1 「物ならぬモノ」:情報技術とデザインをめぐる問い 
7.2 ネオ・サイバネティクス誕生の実践的契機 
7.3 デザインについての探求とネオ・サイバネティクスとの出会い 
7.4 ネオ・サイバネティクスの「会話」理論とデザイン論 
7.5 ネオ・サイバネティクスによるデザイン論の「意味論的転回」 
7.6 「情報の時代」の到来に向き合ったデザイン論 
7.7 「情報技術が全面化した時代」以後の可能性へ向けて 
7.8 デジタル情報の時代のコミュニケーションとアーカイブのデザインへ向けて 
引用・参考文献

索引

読者モニターレビュー【 WandererEng 様(業界・専門分野:産業用機械(自動化装置)の制御)】

本書は、サイバネティクスの原点からネオ・サイバネティクス、エナクティヴ・アプローチに至る思想的系譜を通じて、「制御」と「認識」を再考するものである。
特に、機械系制御エンジニアとして現場の自動化に携わる私にとっては、「反制御」という視点から「制御対象」と「環境」の包含関係を反転して捉える点が新鮮に感じられた。
この点は、「自律した制御系は外から働きかけられるのではなく、自らが認知したものを世界そのものとして制御していく」ものと理解した。
さらに、身体性や相互作用に根ざした認知観は、言語処理の延長にある現在のAIの限界を浮き彫りにし、その先にある身体を獲得したAIや次世代知能を考える上で不可欠な視座を与えると感じた。
現代のAI技術の先を見通すための重要な一冊である。

読者モニターレビュー【 松岡 大輔 様(業界・専門分野:プログラマー)】

サイバネティクスは認識の転回であり、それゆえに、サイバネティクスは思弁的・抽象的に議論するだけでなく、それを経て何をどう実践するかが問題となる。しかし、その理解のためにはある程度の思想史的な経緯の振り返りが必要であり、何がどう転回した結果としてどのような認識に至っているかを、自身の思考の体験として経験することが必要である。そのような整理された論考は意外とないどころか、サイバネティクス自体が理論化を拒むような複雑さとあいまいさを有しているがゆえに、サイバネティクスについて語る言語はしばしば難解になり、あいまいになり、ある種の魔術化や秘教化といった状態に陥りかねないところがあり、初学者にとってはうかつに近寄りがたい存在でもある。

一方で、昨今の学術界の状況を鑑みると、サイバネティクスを基礎とする新たな展開が数多く見られ、学際的に活発な議論を戦わせているし、情報化した社会の情勢をサイバネティクスの実践ととらえて語る議論も盛んである。

このようなギャップを埋めるための書籍として、本書は野心的かつ基本的であり、非常に有用である。まず前半四章で、サイバネティクスの思想史をたどりなおす。ファースト・オーダー・サイバネティクスがセカンド・オーダー・サイバネティクスに至るための認識論的転回を丁寧にたどり、さらにはセカンド・オーダー・サイバネティクスの本質を図式化せずに忍耐強く考察することを通じて、その根幹にある思考のパターンを抽出している。この一連の議論を可読的な端正な言語で読めることのありがたさを噛み締めたいところである。

そして、後半では、前半で至ったある種の本質的な認識に対して、その社会的な現象・あらわれを、社会学や経営学などの実践を通じて具体化する。前半に到達した認識のシンプルな美しさに対して、後半の社会的事象のもっさりした感じがあまりにももどかしく感じるところもあるかもしれないが、サイバネティクスが実践のための認識論的転回である以上、読者の力点は本書後半にも十分に置かれなければならない。理論がすでにある種の到達を見せている以上、サイバネティクスの可能性はむしろこのようなもっさりした現実との交錯のなかに見出されるのだと思う。

理論的には、オートポイエーシスをエナクティヴ・アプローチが意味論的に乗り越えるというポイントが重要であり、結論としての媒介的思考を図式化せずに思考のパターンとして可能な限り明晰に記述するという試みがたいへん示唆的である。また、社会事象に関して、サイバネティクスをメタファーではなく、実践のための認識論としてとらえた事例を紹介し、それについての学術的な言説を整理している。したがって、本書全体が非常に学際的な色調を帯びており、すべてを精読するのは難しいかもしれないが、それでも初学者でも全体を通読するのが不可能ではないような記述の明瞭さがあり、この点が教科書としての美点であるだろう。

昨今のさまざまな言説におけるサイバネティクスの基礎的な重要性にも関わらず、その本質を可読的な言語で初学者が理解できるように記述した教科書は意外とない。それは、サイバネティクス自体が理論化・抽象的な図式化を退ける性質を本質的に持っているためであるが、既存のサイバネティクスに関する基礎的な言説がそれゆえに帯びてきた難解さやあいまいさを徹底的に廃して、あくまでも端正に、しかし本質を失わずに語り、読者はそれを通じてサイバネティクスを「体験する」ことができる。

読者モニターレビュー【 小林 千晃 様 東京大学(業界・専門分野:教育工学、コグニティブセキュリティ、技術哲学)】

私が最初にサイバネティクスに出会ったのは、ビジネスモデル研究者の妹尾堅一郎氏による知的財産に関する講義でした。妹尾先生は初回の講義で、各世紀を規定する知的パラダイムの変遷を語りました。18世紀はニュートンの「物質」、19世紀はマルクスの「唯物」、20世紀はアインシュタインの「エネルギー」が、その時代を規定してきました。そして、21世紀のパラダイムは「情報」であり、その先駆者がノーバート・ウィーナーの「サイバネティクス」です。サイバー攻撃、サイバースペース、サイボーグといった馴染み深い言葉の「サイバー」は、すべてこのサイバネティクスに由来します。しかし、その源流であるサイバネティクス自体については驚くほど知られていません。

情報化社会という言葉はもはや死語になりつつありますし、IT化も当たり前になりました。今やAI、特に大規模言語モデルが世界を席巻しています。そんな時代に、私自身「情報とは何か」を一度も真剣に考えたことがなかったことに気づきました。AIは情報技術の集大成とも言えますが、そもそも「情報」とは何かを問えていない。現代を規定するパラダイムがわからないということは、自分が生きている時代について何もわかっていないのと同じではないか。「情報とは何か」を学ぶためにサイバネティクスを学ぼう、というのが私のモチベーションでした。

まずウィーナーの「サイバネティクス」を手に取りましたが、数学的な記述が多く歯が立ちませんでした。ならばと、ウィーナー自身が一般向けに書いた「人間機械論」を読みましたが、それでもサイバネティクスを理解できたという手応えはまるで得られませんでした。そこで出会ったのが本書「システムとサイバネティクスの思想」です。

本書はサイバネティクスの思想的な面を正面から取り上げ、情報がどのように考えられてきたのか、その歴史を辿ることができます。ただし、ウィーナーの時代のサイバネティクスをそのまま解説するだけの本ではありません。本書の軸になっているのは、サイバネティクスをさらに発展させた「ネオサイバネティクス」と呼ばれる流れです。現代で情報といえば、シャノンの情報理論が真っ先に思い浮かびます。しかしシャノンの理論では、情報から「意味」が捨象されています。0と1の列として情報を効率よく伝送することには長けていても、その情報が何を意味するかは扱わない。意味を欠いた情報だけを扱うことに、それこそ意味があるのか。ネオサイバネティクスはそうした問題意識から出発しているように私は読みました。
 
人間をコンピュータになぞらえ、外部の情報をインプットし、内部で処理してアウトプットするという素朴な見方を超えて、意味を持った情報を捉え直そうとする。編者の西田洋平氏がネオサイバネティクスを一般向けに概説した「人間非機械論」でもこの流れは紹介されていますが、本書はさらに踏み込み、一般書と専門書の間を橋渡ししてくれます。現代の議論がどこまで進んでいるのか、一般書では触れられない地点まで扱っている点が貴重です。

ベストセラーとなった読書猿氏の「独学大全」に「独学者にとって教科書こそが学びの起点になる」という話がありますが、本書はまさにそのような存在だと思います。章ごとに話がある程度独立しており、参考文献も豊富に示されているので、自分の問題意識に合わせた章を熟読し、参考文献を辿ることで学びを深められる、独学のハブになり得ます。これまでサイバネティクスの教科書は、私の知る限り工学的な制御理論のものばかりでした。思想としてのサイバネティクス、情報とは何かを考えるための教科書として、本書は待ち望まれていた一冊だと思います。

AIが爆発的に広がる現代を読み解くためにも、意味を回復するような本来的な情報の捉え方は欠かせません。そしてそれは、私たち若い研究者が22世紀のパラダイムを築いていくための土台にもなり得る。本書、本シリーズはその両方に向けた大きな土台を築いてくれるはずです。

レビュー,書籍紹介・書評掲載情報一覧

西田 洋平(ニシダ ヨウヘイ)

下西 風澄(シモニシ カゼト)

廣田 隆造(ヒロタ リュウゾウ)

新倉 貴仁(ニイクラ タカヒト)

河井 延晃(カワイ ノブアキ)

椋本 輔(ムクモト タスク)

橋本 渉(ハシモト ワタル)

掲載日:2026/03/01

電子情報通信学会誌2026年3月号

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