今日,バーチャルリアリティ(VR, virtual reality)は誰もが知り,多くの人々が使う技術となった。特に,ヘッドマウントディスプレイ(HMD, head mounted display)を用いたゲームやスマートフォン向けの360°動画などは広く普及しつつある。安価なHMD が普及し始めた2016 年はいわゆる「VR元年」などと呼ばれ,2020 年からのコロナ禍ではリモートで現実さながらの活動を支援するVR技術にさらに注目が集まった。現在では,医療,建築,製造,教育,観光,コミュニケーション,エンタテインメント,アートなど,さまざまな分野でVRの活用が進んでいる。VRは私たちの社会生活に少しずつ,かつ確実に浸透しつつあり,今後はメタバースのような社会基盤の基幹技術としてさらに重要度を高めていくと考えられている。
The American Heritage Dictionary によれば,バーチャル(virtual)とは「みかけや形は現物そのものではないが,本質的あるいは効果としては現実であり現物であること」とされており,これがそのままVRの定義を与える。端的に言えば,VRとは「現実のエッセンス」である。すなわち,VRは人間のありとあらゆる感覚や体験,その記録,再生,伝達,変調などに関わるものである。一般にイメージされやすい「HMDを用いたリアルな視覚体験」は,きわめて広範なVRのごく一部を表現しているにすぎない。
日本バーチャルリアリティ学会は,黎明期のVRを育んだ研究者が中心となって「VR元年」のはるか20年前の1996年に発足した。以来,学問としてのVRは計算機科学,システム科学,生体工学,医学,認知心理学,芸術などの総合科学としてユニークな体系を築いてきた。学会発足から14年後の2010年に刊行された「バーチャルリアリティ学」は,当時の気鋭の研究者が総力を挙げて執筆したものである。同書では,VRの基礎から応用までを幅広く取り扱っている。「トピックや研究事例は最新のものではないが,本質的あるいは効果としてはVRを学ぶこと」ができ,時代によって色褪せることのない「VRのエッセンス」が詰まっている。しかしながら,近年のVRの進展はあまりにも目覚ましく,「バーチャルリアリティ学」を補完し,最新のトピックや研究事例をより深く取り扱う書籍への要望が高まっていた。
「バーチャルリアリティ学ライブラリ」はそのような要望に応えることを目的として企画された。「バーチャルリアリティ学」のようにさまざまなトピックをコンパクトに一括して取り扱うのではなく,分冊ごとに特定のトピックについてより深く取り扱うスタイルとした。これにより,急速に発展し続けるVRの広範で詳細な内容をタイムリーかつ継続的に提供するという難題を,ある程度同時に解決することを意図している。今後,「バーチャルリアリティ学ライブラリ」編集委員会が選定したさまざまなテーマについて,そのテーマを代表する研究者に執筆いただいた分冊を順次刊行していく予定である。くしくも「バーチャルリアリティ学」の刊行からちょうど再び14年が経過した2024年に,編集委員や執筆者,また学会の協力を得て「バーチャルリアリティ学ライブラリ」の刊行を開始できる運びとなった。今後さらにVR分野が発展していく様をリアルタイムで理解する一助となり,VRに携わるすべての人々の羅針盤となることを願う。
2024年1月 清川 清
【各章について】
本書は6章で構成されており,それぞれの章でHMDの重要な側面を詳しく解説しています。【各章について】
本書は5章で構成されていますが,VRやHCIで盛んに利用されるインタフェース技術である,3章の非侵襲刺激に多くの紙面を割いています。