ラテン語の“メディア(中間・仲立ち)”という言葉は,16世紀後期の社会で使われ始め,20 世紀前期には人間のコミュニケーションを助ける新聞・雑誌・ラジオ・テレビが代表する“マスメディア”を意味するようになった。また,20世紀後期の情報通信技術の著しい発展によってメディアは社会変革の原動力に不可欠な存在までに押し上げられた。著名なメディア論者マーシャル・マクルーハンは彼の著書『メディア論─人間の拡張の諸相』(栗原・河本訳,みすず書房,1987年)のなかで,“メディアは人間の外部環境のすべてで,人間拡張の技術であり,われわれのすみからすみまで変えてしまう。人類の歴史はメディアの交替の歴史ともいえ,メディアの作用に関する知識なしには,社会と文化の変動を理解することはできない”と示唆している。
このように未来社会におけるメディアの発展とその重要な役割は多くの学者が指摘するところであるが,大学教育の対象としての「メディア学」の体系化は進んでいない。東京工科大学は理工系の大学であるが,その特色を活かしてメディア学の一端を学部レベルで教育・研究する学部を創設することを検討し,1999年4月世に先駆けて「メディア学部」を開設した。ここでいう,メディアとは「人間の意思や感情の創出・表現・認識・知覚・理解・記憶・伝達・利用といった人間の知的コミュニケーションの基本的な機能を支援し,助長する媒体あるいは手段」と広義にとらえている。このような多様かつ進化する高度な学術対象を取り扱うためには,従来の個別学問だけで対応することは困難で,諸学問横断的なアプローチが必須と考え,学部内に専門的な科目群(コア)を設けた。その一つ目はメディアの高度な機能と未来のメディアを開拓するための工学的な領域「メディア技術コア」,二つ目は意思・感情の豊かな表現力と秘められた発想力の発掘を目指す芸術学的な領域「メディア表現コア」,三つ目は新しい社会メディアシステムの開発ならびに健全で快適な社会の創造に寄与する人文社会学的な領域「メディア環境コア」である。
「文・理・芸」融合のメディア学部は創立から13年の間,メディア学の体系化に試行錯誤の連続であったが,その経験を通して,メディア学は21世紀の学術・産業・社会・生活のあらゆる面に計り知れない大きなインパクトを与え,学問分野でも重要な位置を占めることを知った。また,メディアに関する学術的な基礎を確立する見通しもつき,歴年の願いであった「メディア学大系」の教科書シリーズ全10 巻を刊行することになった。
2016年,メディア学の普及と進歩は目覚ましく,「メディア学大系」もさらに増強が必要になった。この度,視聴覚情報の新たな取り扱いの進歩に対応するため,さらに5巻を刊行することにした。
2017年に至り,メディアの高度化に伴い,それを支える基礎学問の充実が必要になった。そこで,数学,物理,アルゴリズム,データ解析の分野において,メディア学全体の基礎となる教科書4 巻を刊行することにした。メディア学に直結した視点で執筆し,理解しやすいように心がけている。また,発展を続けるメディア分野に対応するため,さらに「メディア学大系」を充実させることを計画している。
この「メディア学大系」の教科書シリーズは,特にメディア技術・メディア芸術・メディア環境に興味をもつ学生には基礎的な教科書になり,メディアエキスパートを志す諸氏には本格的なメディア学への橋渡しの役割を果たすと確信している。この教科書シリーズを通して「メディア学」という新しい学問の台頭を感じとっていただければ幸いである。
2020年1月
東京工科大学
メディア学部 初代学部長
前学長
相磯秀夫
メディア学は,工学・社会科学・芸術などの幅広い分野を包摂する学問である。これらの分野を,情報技術を用いた人から人への情報伝達という観点で横断的に捉えることで,メディア学という学問の独自性が生まれる。「メディア学大系」では,こうしたメディア学の視座を保ちつつ,各分野の特徴に応じた分冊を提供している。
第1巻『改訂メディア学入門』では,技術・表現・環境という言葉で表されるメディアの特徴から,メディア学の全体像を概観し,さらなる学びへの道筋を示している。
第2巻『CGとゲームの技術』,第3巻『コンテンツクリエーション』は,ゲームやアニメ,CGなどのコンテンツの創作分野に関連した内容となっている。
第4巻『マルチモーダルインタラクション』,第5巻『人とコンピュータの関わり』は,インタラクティブな情報伝達の仕組みを扱う分野である。
第6巻『教育メディア』,第7巻『コミュニティメディア』は,社会におけるメディアの役割と,その活用方法について解説している。
第8巻『ICTビジネス』,第9巻『ミュージックメディア』は,産業におけるメディア活用に着目し,経済的な視点も加えたメディア論である。
第10巻『メディアICT(改訂版)』は,ここまでに紹介した各分野を扱う際に必要となるICT技術を整理し,情報科学とネットワークに関する基本的なリテラシーを身に付けるための内容を網羅している。
第2期の第11巻~第15巻は,メディア学で扱う情報伝達手段の中でも,視聴覚に関わるものに重点を置き,さらに具体的な内容に踏み込んで書かれている。
第11巻『CGによるシミュレーションと可視化』,第12巻『CG数理の基礎』では,視覚メディアとしてのコンピュータグラフィックスについて,より詳しく学ぶことができる。
第13巻『音声音響インタフェース実践』は,聴覚メディアとしての音の処理技術について,応用にまで踏み込んだ内容となっている。
第14巻『クリエイターのための映像表現技法』,第15巻『視聴覚メディア』では,視覚と聴覚とを統合的に扱いながら,効果的な情報伝達についての解説を行う。
第3期の第16巻~第19巻は,メディア学を学ぶうえでの道具となる学問について,必要十分な内容をまとめている。
第16巻『メディアのための数学』,第17巻『メディアのための物理』は,文系の学生でもこれだけは知っておいて欲しいという内容を整理したものである。
第18巻『メディアのためのアルゴリズム』,第19巻『メディアのためのデータ解析』では,情報工学の基本的な内容を,メディア学での活用という観点で解説する。
各巻の構成内容は,大学における講義2単位に相当する学習を想定して書かれている。各章の内容を身に付けた後には,演習問題を通じて学修成果を確認し,参考文献を活用してさらに高度な内容の学習へと進んでもらいたい。
メディア学の分野は日進月歩で,毎日のように新しい技術が話題となっている。しかし,それらの技術が長年の学問的蓄積のうえに成立しているということも忘れてはいけない。「メディア学大系」では,そうした蓄積を丁寧に描きながら,最新の成果も取り込んでいくことを目指している。そのため,各分野の基礎的内容についての教育経験を持ち,なおかつ最新の技術動向についても把握している第一線の執筆者を選び,執筆をお願いした。本シリーズが,メディア学を志す人たちにとっての学びの出発点となることを期待するものである。
2022年1月
柿本正憲
大淵康成
以下続刊
【各章について】
1章ではメディア学を定義し、本書を読むための基礎となる重要な概念を説明します。2章はディジタル技術の基本概念のうち、メディアに密接に関わるデータ表現方法に焦点を絞って解説します。【各章について】
第1章では現在までに至るゲームの進化と発展に触れながら,プラットフォームが多様化し,プレイヤーの遊び方が変化してきた現状について俯瞰します.第2章では,ゲームを開発するにあたり基盤的な考え方となる「遊び」について言及しつつ,人を楽しませるゲームの企画についての根幹について述べていきます.第3章では主にゲームのプラットフォームとなるハードウェアについて,第4章ではゲームを開発するための開発環境とプログラミング言語,ゲームエンジンについて述べています.第5章ではゲーム開発を行う際の開発工程や体制について述べています.第6章から第10章は,CGやゲーム制作において必要となるプログラミングの知識として,並列処理やAI,シェーダ,サウンドなどについて,章ごとに解説しています.第11章では,それまでの内容をもとにゲーム開発を実践する際に生じる課題について紹介し,コンテンツを完成させるための基盤的な知識について,事例を紹介しています.【各章について】
第1章ではコンテンツクリエーションと産業、コンテンツにかかわるスタッフとキャリアパス,およびクリエーションにかかわるリソースについて述べ,市場や資金,費用などのプロデュースの視点から考え方を紹介しています.第2章では,コンテンツの制作工程について述べています.とくにディジタル化によって進化するパイプラインについて焦点をあてています。さらに,プレプロダクション段階における企画,シナリオ,デザイン,ミザンセーヌ,そして,プロダクション,ポストプロダクション段階について説明しています.【各章について】
1章では、言語・音声・非言語に関わる工学的研究を概観します。2章ではインタラクティブに対話を行うための根幹となる言語処理を取り上げます。3章では言語情報と同時に発せられる音声音響信号処理を解説します。4章では視線や身体動作を含むマルチモーダル『インタラクションメディアがコミュニケーションでどのように使われるかを研究するための手法を解説します。5章ではマルチモーダルインタラクションを扱った人と人、人とコンピュータの社会的インタラクションのモデル化に関する研究を紹介します。【各章について】
本書は各章を以下の三つのおおまかな話題に分けて構成しています。【各章について】
冒頭の1章では、教育メディアとは何かを定義するとともに、日本における教育へのICT導入の状況や世界のICT教育の実情について概説しています。次の2章では、行動主義や認知主義、状況主義などの学習観の変遷を概観しつつ、その理論に依拠して誕生した学習支援システムを紹介しています。続く3章では、学習プログラムの開発技法として登場したインストラクショナルデザインの考え方とその基本手続きについて解説しています。その後の4章では、ICT教育の基盤となる学習管理システムやMOOCに代表されるオープンエデュケーションについて述べています。次の5章では、学校教育を補完するインフォーマル教育や準教育的空間におけるデジタルメディアの可能性について記しています。続く6章では、ネットワーク上の学習者コミュニティの形成やソーシャルキャピタルの考え方について論じています。最終の7章では、学びに繋がるシリアスゲームやVRなどのメディア技術を教育に取り入れた事例を紹介しています。【各章について】
本書では、コミュニティを、都市のコミュニティ(第1部)、関心に基づくコミュニティ(第2部)、インターネットコミュニティ(第3部)の3つにわけています。第1部では、まず、歴史をさかのぼり、地域コミュニティとしての都市や市民がどのように発展してきたのかを見ていきます。第2部では、関心に基づき、形成されているコミュニティについて扱います。非営利団体のコミュニティ、医療のコミュニティ、プロフェッショナルコミュニティ、企業における知識コミュニティを取り上げ、詳述します。第3部では、ソーシャルメディア、市民ジャーナリズム、インターネットコミュニティで行われる創作活動、オープンイノベーション、そして、インターネットとグローバル市民社会について詳しく見ていきます。【各章について】
本書は大きく二つの内容から構成されています。前半部では、経済/社会活動を編集/分析する技術の習得を目的としています。まず、1章では「社会経済を計測する技術」として、経済取引の標準である簿記形式を基礎としたデータ管理/編集/分析を統合したシステム設計のための基本的な考え方を紹介しています。続く2章、3章では、簿記原理に基づく会計処理を基礎とした専用言語によるプログラミングの考え方、具体的な記述の仕方について学習します。【各章について】
本巻は大きく分けて二つのパートから構成されています。 1章から4章までは音楽メディアの技術的変遷と音楽コミュニケーションの変化を説明しています。 1、2章では、楽譜から,音楽ファイルまで音楽メディアの変遷を説明しています。 3章では、音楽文化の中核である日本の音楽産業の現状を、その産業構造と制度とテクノロジーの変化を踏まえて概観しています。 4章では、音の物理的特性とそれが人の耳に届けられる基本的なプロセスを解説しています。【各章について】
1章はICT の意味と意義などイントロダクションとなっています。2章ではコンピュータのしくみについて解説しています。3章はコンピュータネットワークを扱っています。LANやそれらを相互に接続したインターネットのしくみを学びます。4章はWWWや電子メール,動画配信などのインターネット上のサービスの技術を説明しています。5章はスマートフォンやWi-Fiなどを中心としたモバイル通信技術を紹介しています。6章は代表的なSNSを説明しTwitterを例として情報がどのように伝播するのか解説しています。単にしくみの話だけでなく,リテラシーとしてのSNSの活用についても踏み込んでいます。7章は検索サービスのしくみと利用法を具体的に説明しています。8章はプログラミングについての基本的な概念と各種のプログラミング言語について紹介しています。9章はサーバ技術、10章はセキュリティ技術について説明しています。最後に11章はそのほかのトピックを取り上げています。【各章について】
1 章では,CG における物理シミュレーションの位置づけや役割に関して概説する。【各章について】
1 章ではコンピュータ処理の流れに沿ったCG 技術の全体像を示し,画像や色や図形という,CG において重要な情報のディジタルデータによる表現や表記について説明する。【各章について】
1章は短い導入部で全体を概観しています。2章の信号処理の基礎理論では、特に具体的な数値を挙げて物理現象を実感できるように工夫しています。複素数を含む数式や演算の意味をわかりやすく解説するようにしています。本書では、エコーキャンセラのような高度の処理についても触れていますが、何をしたいのかから始まって、レベルの高い理論まで段階を追ってスムーズに導いています。ビームフォーマという特定の方向からの音を取り込む仕組みについては、難しい理論をわかりやすい図を多用して理解に結び付けています。ブラインド音源分離や独立成分分析など、最先端の信号処理技術をもそのしくみがわかりやすいように解説しました。さらに、音場制御や騒音の除去の側面からも基礎的な数式を用いながらも原理の理解に重点を置いた解説を行っています。【各章について】
まず1章から5章までに,映像表現の基本となる5つの技法を学びます。演出技法、撮影技法、編集技法、映像デザイン技法について、さまざまな映画から学びます。本書でとりあげる映画作品は、どれも作品として楽しめるものを厳選してあります。【各章について】
1章、2章では、視覚による理解と表現を取り上げ,視覚メディアである図形,画像,映像による情報伝達の特徴をふまえ,情報の送り手と受け手にとってよりよい情報伝達と表現手法を紹介しています。1章では視覚と理解をテーマに,2次元形状,3次元空間,陰影,色,動き両眼立体視における視覚と錯覚および人が情報をいかに理解するのかについて説明しています。2章では視覚と表現をテーマに,絵画,形態,空間,色,運動,立体視について取り上げ,視覚を考慮したさまざまな表現手法について解説しています。【各章について】
1章は物理の基礎で、2章以降に進むために必要な最低限の内容がまとめられています。2章は画像処理に関する章で、人間の視覚と画像の表現、そして様々な映像機器に関連する内容が集められています。3章はCGに関する章で、物の見え方や動き方を再現するために必要な理論を扱います。4章は音に関する章で、空気の粗密波としての音の性質と聞こえ方、そして録音再生機器の原理が述べられています。5章はゲームとVRに関する章で、仮想空間の中での物体の動きや、それを再現するための機器の原理を説明します。6章は作品のストーリーに関する章で、相対性理論や量子力学といった物理理論が、SF的な要素を持つ作品の中にどのように関わっているかを紹介します。【各章について】
本書は,幅広い分野を網羅しながら,アルゴリズムに関する知識を詳しく解説している。大きく分けて、前半ではアルゴリズムの基礎的な考え方から始まり、データ圧縮、セキュリティなど具体的なアルゴリズムを扱っている。後半では、人工知能、特にニューラルネットワークを用いた機械学習に焦点を当てて、その仕組みを解説・紹介している。【各章について】
冒頭でメディア学の定義を含む全般的な解説を行ったあと、以下に示す分野別にそれぞれ3~10項目程度の重要語を挙げています。