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メディアのための数学 - 数式を通じた現象の記述 -

メディア学大系 16

メディアのための数学 - 数式を通じた現象の記述 -

CG・ゲーム,音声・音響・信号処理,人間社会モデルなどを題材に,数学理論の具体的な応用例を紹介。高校までに学んできた数学がどのように活用されるのかをわかりやすく解説した入門書。数学の実用性と魅力を再発見できる1冊。

発行年月日
2025/11/28
定価
3,190(本体2,900円+税)
ISBN
978-4-339-02777-8
在庫あり

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読者モニターレビュー【 松岡 大輔 様(業界・専門分野:プログラマ)】

掲載日:2025/11/25

ひとつの典型的な光景として、勉強に疲れた中高生が「数学なんてなんの役に立つんだよ」と嘆いて教科書を投げ出すというものがある。それは日本の教育制度では科目間での依存をできる限りなくすように設計されているためであるという。あえてなんの役に立つかわからないような形で教えているのである。それに対して、本書は「数学がどんなことに利用できるか」という観点から書かれている。数学の抽象性と現象の具体性を結びつけることで、数学の導入としての新しい切り口を提示しているといえるだろう。

具体的には、2章で線形代数、特に線形変換とグラフィック表現の関係が説明され、3章でフーリエ級数展開やフーリエ変換と音声音響信号処理の関係が解説される。視覚と聴覚という代表的な二つの感覚的現象を数学によってどのように記述するか、さらにいえば、数学的にそのような現象をどのように生成するか、という観点から、基礎的な理論が丁寧に説明されている。

個人的な関心に引き寄せると、私はプログラミングによってグラフィックや音響を生成するジェネラティブアートというジャンルに関心がある。昨今ずいぶん環境が整備されて使いやすくなっているが、その反面、ツールやライブラリで背景の数理は隠蔽されていることも多い。より多様で自由な表現のために数理の理解は欠かせないのだが、基礎となる数学をわかりやすく教える文献はあまりないと思う。こういったジャンルに適用できる数学への導入としても、本書は面白い位置づけになるのではないかと思う。

そして、本書の野心は、グラフィック表現と音声音響信号処理にとどまらず、広く社会現象一般を数学を通して記述し、理解するというアプローチに踏み込む4章だろう。ここには本書が連なる「メディア学体系」シリーズの広範な視野と射程が表れている。数学による現象のモデル化とは、数学を媒介・手段とした人間と現象との間の知的コミュニケーションであり、これこそまさに本書の依拠する「メディア」の定義である。

実際のグラフィック表現や音声音響信号処理では、現象と数学の間に、ツールやプログラミングなどの層が介在して、それらの層がユーザーインタフェースを形作っていることも多いだろうけれども、原理原則に立ち返ると、線形代数やフーリエ変換と現象の間には直接の対応関係がある。そこに目を向ける視点を醸成して、さらなるメディアの数理の探求に向かう導入として、本書は興味深い立ち位置にあるといえるのではないだろうか。