極限環境生命 - 生命の起源を考え,その多様性に学ぶ -
好熱性,好冷性,好アルカリ性,好酸性,好塩性,好圧性,乾燥耐性など,極限環境に生息する,おもに微生物について解説した
- 発行年月日
- 2014/11/12
- 判型
- A5
- ページ数
- 232ページ
- ISBN
- 978-4-339-06747-7
- 内容紹介
- まえがき
- 目次
極限環境生命(Extremophiles)は,近年,その産業への応用が注目を集めている。本書は,好熱性,好冷性,好アルカリ性,好酸性,好塩性,好圧性,乾燥耐性など,極限環境に生息する,おもに微生物について解説した。
「高温・低温,酸性pH・アルカリ性pH,高塩濃度など,この地球上には生命にとって過酷な自然環境が存在している。最近の研究により,このような極限環境にも多くの微生物が存在することが明らかになってきた。」
いまから約30年前,科学技術振興機構・戦略的創造研究推進事業・ERATOの研究領域として掘越特殊環境微生物プロジェクト[総括責任者:掘越弘毅,東京工業大学教授・理化学研究所主任研究員(当時)]が走り始めた当時の現状を表した文章である。すなわち,1980年代においては,極限(特殊)環境微生物はまだマイナーな“変わり者”の微生物という位置づけであった。このERATOプロジェクトにより,多くの極限環境微生物が新たに分離され,これまで断片的に行われてきた極限環境微生物研究が学問として体系化された。また,世界に先駆け,有機溶媒耐性微生物というまったく新しい概念の極限環境微生物を提唱したのも,きわめて大きな成果といえる。
さて,初期の極限環境微生物研究は応用研究が先導し,洗剤添加用アルカリ酵素やPCR用耐熱性DNAポリメラーゼの開発など,輝かしい実績を上げてきた。そして今日においても,極限環境微生物が生産する新しい産業用酵素がつぎつぎと市場に供給されている。一方で,基礎研究の進展にも目を見張るものがある。加圧条件下,なんと122℃で生育可能な微生物が発見され,これまでの生物の最高生育温度の記録が塗り替えられた。また,150℃近くまで変性しないタンパク質も見出されており,生命存在限界の理解に向け,重要な知見が蓄積されつつある。これらの研究成果はすべてわが国の研究者によるものであることを,ここで強調しておきたい。
現在,極限環境微生物のカテゴリーとして,好熱性微生物,好冷性微生物,好アルカリ性微生物,好酸性微生物,好塩性微生物,好圧性微生物,乾燥耐性微生物,重金属耐性微生物,放射線耐性微生物,有機溶媒耐性微生物などが提唱されている。また,次世代シーケンサーの普及により環境中の難培養性微生物のゲノム解析も可能となり,今後もさまざまな極限環境から多くの難培養性極限環境微生物が発見されるであろう。いまから約40億年前,この地球上に最初に誕生した生物は好熱性微生物といわれている。その後,生物はさまざまな環境にさらされ,それらに適応するように進化することで,現在の生物多様性が形成された。その意味で,極限環境微生物は決してマイナーな生物群ではなく,地球上の生物多様性を担う一員としてきわめて重要な生物群といえる。
極限環境微生物研究の高まりを受け,1999年に「極限環境微生物学会」が設立され,2010年には「極限環境生物学会」と改名している。極限環境に生育する生物の研究が,微生物だけにとどまらず,動物や植物,さらには地球外生命にまで広がりを見せるようになったことによる。
本書は,極限環境生物学会に所属する気鋭の若手研究者が書き下ろしたものである。現在もなお大きな進展を見せつつある極限環境生物(生命)の基礎と応用について学ばせることで,極限環境における生命現象に関する理解を深め,生命とは何かについて,さらには生命の多様性と起源について考えさせるのが本書の狙いである。学部2~3年次学生を対象とする教科書を想定し,なるべく平易な表現を心がけ,また,本書を読み進める際に必要な最低限の知識を盛り込んだ。極限環境生物の応用をめざす一般研究者にとっても格好の入門書といえる。
本書を学習するにあたって,あらかじめ学習しておくのが望ましい科目は,基礎生物学,基礎生化学,基礎化学,基礎微生物学である。
本書の出版にあたっては,初期の企画段階から編集に至るまで,コロナ社にたいへんお世話になった。担当者の粘り強いサポートがなければ,本書が世に出ることはなかったと思う。ここに記して,感謝の意を表したい。
2014年9月
著者一同
1. 環境と微生物― 極限環境微生物とは ―
1.1 地球の環境
1.2 地球の誕生と環境変化
1.3 生命の誕生と代謝系の進化
1.4 真核生物の誕生
1.5 リボソームRNAによる生物の分類
1.6 極限環境微生物
1.6.1 極限環境微生物とは
1.6.2 歴史的背景
1.6.3 極限環境微生物の生息場所
1.6.4 極限環境動物
1.6.5 好○○性微生物と耐○○性微生物
1.6.6 今後の展開
引用・参考文献
2. 好熱性微生物
2.1 はじめに
2.2 好熱菌・超好熱菌の分類および系統的位置づけ
2.3 生物の生育上限温度
2.4 DNAの安定化
2.5 RNAの安定化
2.6 生体分子を安定化するその他の化合物
2.7 細胞膜脂質
2.8 社会に役立つ(超)好熱菌由来酵素 ― DNAを100万倍に増幅する技術
引用・参考文献
3. 好冷性微生物
3.1 好冷性微生物とは
3.2 地球上における好冷性微生物の分布
3.3 低温が生命に与える影響
3.4 細胞膜と低温適応
3.5 タンパク質の低温適応
3.6 低温下での核酸の構造
3.7 産業への応用
引用・参考文献
4. 好アルカリ性微生物
4.1 はじめに
4.2 歴史的背景
4.3 好アルカリ性微生物とは
4.4 生態学と多様性
4.4.1 生態学
4.4.2 自然界のアルカリ性環境
4.4.3 人工起源のアルカリ性環境
4.4.4 最も高いpHで生育する微生物
4.4.5 多様性
4.5 好アルカリ性Bacillus属細菌のアルカリ適応機能
4.5.1 好アルカリ性細菌のゲノムから明らかになったタンパク質の等電点の特徴
4.5.2 好アルカリ性細菌の細胞内溶質の緩衝能
4.5.3 細胞表層
4.5.4 細胞膜
4.5.5 好アルカリ性細菌の生体エネルギー論
4.6 好アルカリ性微生物の産業応用
4.6.1 アルカリセルラーゼ
4.6.2 アルカリアミラーゼ
4.6.3 アルカリキシラナーゼ
4.6.4 その他の産業応用例
引用・参考文献
5. 好酸性微生物
5.1 はじめに
5.2 好酸性微生物の定義
5.3 生態学と多様性
5.3.1 分布
5.3.2 真核生物における多様性
5.3.3 原核生物における多様性
5.3.4 原核生物の中で最も酸性環境で生育する生物サーモプラズマ目
5.4 好酸性細菌の酸性適応機構
5.4.1 好酸性細菌の生体エネルギー論
5.4.2 好酸性細菌におけるpHホメオスタシス
5.4.3 好酸性微生物の細胞膜はプロトンに対して高い不透過性を示す
5.4.4 膜チャンネル
5.4.5 有機酸による脱共役作用
5.5 好酸性微生物の産業応用
5.5.1 バイオリーチング
5.5.2 バイオリーチングの原理
5.5.3 好酸性酵素
引用・参考文献
6. 好塩性微生物
6.1 微生物と塩
6.2 好塩性微生物の定義と分類
6.2.1 低度,中度好塩性微生物
6.2.2 高度好塩性微生物
6.3 好塩性微生物の浸透圧調節機構
6.3.1 低度,中度好塩性細菌における浸透圧調節
6.3.2 高度好塩性古細菌における浸透圧調節
6.4 好塩性微生物の細胞表層構造
6.4.1 低度,中度好塩性細菌の細胞表層
6.4.2 高度好塩性古細菌の細胞表層
6.5 好塩性微生物の膜機能とエネルギー転換系
6.5.1 非好塩性微生物のエネルギー転換系
6.5.2 低度,中度好塩性細菌のエネルギー転換系
6.5.3 高度好塩性古細菌のエネルギー転換系
6.6 高度好塩性古細菌のレチナールタンパク質
6.7 高度好塩性古細菌のカロテノイド
6.8 高度好塩性古細菌タンパク質の高塩濃度環境への適応機構
6.9 高度好塩性古細菌の分子生物学
6.9.1 全ゲノム解析
6.9.2 宿主-ベクター系
引用・参考文献
7. 好圧性微生物
7.1 研究の歴史
7.2 好圧性微生物とは
7.3 高圧と生命
7.3.1 高圧がタンパク質に与える影響
7.3.2 高圧が細胞膜に与える影響
7.3.3 ピエゾライト
7.4 研究に用いる方法
7.5 モデル生物を用いた研究例
7.5.1 Photobacterium profundum SS9
7.5.2 Shewanella violacea DSS12
7.5.3 好圧菌と呼吸鎖電子伝達系
7.6 産業への応用
引用・参考文献
8. メタン生成古細菌
8.1 はじめに
8.2 細胞学的特徴
8.3 分類と系統
8.4 生態
8.5 メタン生成代謝経路
8.6 メタン菌の功罪 ― 大気中のメタンとメタン発酵 ―
引用・参考文献
9. 有機溶媒耐性微生物
9.1 有機溶媒耐性微生物研究の背景
9.2 有機溶媒耐性微生物とは
9.3 有機溶媒耐性微生物の分離
9.4 有機溶媒の微生物に対する毒性
9.5 大腸菌の有機溶媒耐性
9.6 グラム陰性細菌の疎水性有機溶媒耐性機構
9.6.1 RND型薬剤排出ポンプ
9.6.2 リン脂質
9.6.3 リポ多糖
9.6.4 その他の有機溶媒耐性機構
9.7 有機溶媒耐性微生物の有機溶媒-培養液の二相反応系への応用
9.7.1 有機溶媒-培養液の二相反応系
9.7.2 有機溶媒-培養液の二相
反応系の応用例
9.8 バイオ燃料の生産
9.9 有機溶媒耐性酵素
引用・参考文献
10. 難分解性有機物分解微生物(含む環境浄化)
10.1 環境を汚染する物質
10.1.1 大気汚染物質
10.1.2 硫黄酸化物
10.1.3 窒素酸化物
10.1.4 重金属
10.1.5 有機化合物
10.2 微生物による環境浄化
10.2.1 汚染物質分解微生物の分離
10.2.2 土壌汚染の環境修復技術
10.2.3 重金属汚染の浄化
10.2.4 微生物による有機化合物の分解性
10.2.5 脂肪族炭化水素の分解
10.2.6 芳香族化合物(ベンゼン)の分解
10.2.7 芳香族化合物(酸性雨の原因物質)の分解
引用・参考文献
11. 放射線耐性微生物
11.1 放射線と放射能
11.2 地球環境と放射線
11.3 放射線の生物作用
11.4 Deinococcusの発見
11.5 その他の放射線耐性細菌
11.6 放射線耐性をもつ古細菌
11.7 放射線耐性をもつ真核生物
11.8 放射線耐性の分子機構
11.9 放射線抵抗性細菌の利用
11.10 放射線耐性獲得の進化的起源
引用・参考文献
12. 乾燥耐性生物
12.1 はじめに
12.2 クリプトビオシスによる乾燥耐性
12.3 乾眠動物
12.3.1 動物界に散在する乾眠能力
12.3.2 緩歩動物(クマムシ類)
12.3.3 ネムリユスリカ
12.3.4 アルテミア
12.3.5 線形動物(線虫)
12.4 乾眠を支える分子
12.4.1 トレハロース
12.4.2 トレハロースの合成と輸送
12.4.3 トレハロースに依存しない乾眠
12.4.4 LEAタンパク質
12.4.5 LEAタンパク質の特徴
12.4.6 その他の熱可溶性タンパク質
12.4.7 ストレス応答タンパク質
12.5 多様な乾眠のメカニズム ―産業応用に向けて―
引用・参考文献
13. 深海生物
13.1 はじめに:「深海」とは
13.1.1 極限環境としての「深海」
13.1.2 光合成で支えられている陸上の環境
13.1.3 光が届かない深海
13.1.4 潜水技術開発の歴史でもある深海生物発見の歴史
13.1.5 空間を埋める媒体の密度の違い
13.1.6 深海環境の特徴のまとめ
13.2 「暗黒」が生物にもたらす変化
13.2.1 発光現象の多様な利用
13.2.2 感覚器の変化
13.2.3 「光合成」の恵みから遠ざかる深海
13.2.4 「貧栄養」を覆す共生という戦略
13.3 生物のタンパク質の進化を促す「高水圧」
13.4 終わりに
引用・参考文献
14. 地球外生命
14.1 化学進化
14.2 生命の起源
14.3 生命起源の痕跡
14.4 火星での生命探査
14.5 ハビタブルゾーン以外での生命探査
14.6 微生物の宇宙曝露実験
引用・参考文献
索引