橋梁デザインの実際 - その歴史から現代のデザインコンペまで -
鉄筋コンクリート橋の歴史から,現代の橋梁デザインやコンペの事例までを紹介。鉄筋コンクリート橋のデザイン史としても役立つ一冊。
- 発行年月日
- 2018/05/11
- 判型
- B5
- ページ数
- 202ページ
- ISBN
- 978-4-339-05257-2
- 内容紹介
- まえがき
- 目次
- レビュー
欧州における鉄筋コンクリート橋の歴史,ローベル・マイヤールの橋梁デザインについて解説し,現代の橋梁デザインの実例,デザインコンペの事例を紹介し,デザインのプロセスを3段階に分けて,橋梁デザイナーの注目点を解説した。
橋梁デザインには,デザインの独自性,創造性と,これまでに存在するもののコピーではないことが要求される。つねに新しい構造を考えること,そのためには構造力学,材料力学について十分な知識を持つと同時に,これらの歴史を学び,理解することが必要である。デザインや構造の歴史を知ることによって,独創的なデザインを実現したいと思う気持ちが強くなり,自分が考えた構造が本当に独創的であるのか容易に判断ができるようになる。さらに,歴史的なエンジニアの作品に触れることは,彼らの思想に興味を持つだけでなく,なぜそのようなデザインが可能であったのか,なぜその社会の中で実現したのかを理解することにつながり,デザインを通じてその国の文化を知ることになる。
本書は,はじめに欧州における鉄筋コンクリート橋の歴史,スイスの橋梁デザイナーであるロベール・マイヤールのデザインについて紹介する。鉄筋コンクリートの歴史を振り返ることよって,フランス,ドイツの特徴が見えてくる。鉄筋コンクリートは約150年の歴史があるが,当時の各国の特徴は,現代でも通じるところがある。マイヤールの橋梁フォルムは,イタリアの建築家,ピエール・ルイジ・ネルビや,現代活躍するエンジニア・アーキテクト,サンチャゴ・カラトラバやマルク・ミムラム等に大きな影響を与え,彼らの作品にマイヤールが創造した美しい形が再現されている。橋梁デザインを志すものは,マイヤールがどのようにして新しい橋梁フォルムを考えたのか,調べることが望ましい。
続いて,橋梁デザインは誰が行うのか? という問いに答えるため,ドイツのアウトバーンにおけるエンジニア,アーキテクト,造園家の共同体制について紹介する。このケースは橋梁デザインの実施にあたって,その連携がうまくいった事例である。橋梁デザインにおいて,一般生活者が橋梁形式に対してどのように感じているのか,専門家の感じ方と異なるのか,また,橋梁とそれがマッチングする風景との関係について,両者はどのように感じているかを整理する。
橋梁デザインを実施し,それをよく理解する上で,デザイナーが何を考えたのか明確にする必要がある。そこでデザインプロセスを3段階に分け,Concept Research(コンセプトリサーチ),Concept Design(コンセプトデザイン),Design Development(デザインディべロップメント)と定義し,それぞれの段階でデザイナーが注目した点を取り上げた。
橋梁デザイン事例として,代官山人道橋,長大アーチ橋のデザイン事例として,池田へそっ湖大橋,AKIBA BRIDGE,設計コンペの事例として浮庭橋を取り上げた。代官山人道橋では,接続部に直接橋の荷重を掛けられないという特殊な事情が存在した。それを具体化するデザインを考えると同時に,都市内の狭い街路空間の中で,橋の見え方として好ましいフォルムとは何か,部材を細くすることによって振動の問題が生じるが,それを回避する方法について,デザインと機能の両立を図った事例である。池田へそっ湖大橋のデザインでは,長大アーチ橋のデザイン事例として,施工法の歴史に着目し,両側同時張出施工を考案した。アーチ橋は構成される部材が主桁,橋脚,アーチリブ,鉛直壁と多いために,視覚的な重要度を,サイコベクトルを使って決定した。橋梁付属物である防護柵の取付け位置にも配慮し,情報板,非常電話を非常駐車帯に集中させることによって,主桁の鉛直壁をすっきり見せることに成功した。AKIBA BRIDGE のデザインに参加した当時は,120N/mm2,150N/mm2の超高強度コンクリートを使える時期であり,超高強度コンクリートを使うとどのようなデザインができるのか,また,何が課題になるのかを明らかにした。これはマイヤールが高強度コンクリート(1940年当時は45~57N/mm2の強度)を使っていたことを明らかにしたことがきっかけである。浮庭橋は,大阪市が実施した道頓堀川に架ける歩道橋のデザインコンペである。コンペではどのような条件が提示され,デザイナーがどのように対応したのかを紹介する。
本書は,橋梁デザインについて,興味のある方,より深く学びたい方を対象にしているが,鉄筋コンクリート橋のデザイン史としても役立つように執筆した。日本において,新しく独創的な橋梁デザインが出現することを願ってやまない。
最後に本書の執筆にあたり,コロナ社の本書に対するご理解とご厚意に対して心から感謝致します。
2018年2月鈴木 圭
1. 橋梁デザインとは
1.1 景観法と橋梁デザイン
1.2 わが国のデザインの歴史
1.2.1 わが国におけるシビックデザインの歴史
1.2.2 橋梁デザインの定義
1.2.3 橋梁デザインの歴史
1.2.4 構造とデザインを統合する動き
1.3 本書の構成
引用・参考文献
2. 欧州における鉄筋コンクリート橋の歴史的変遷
2.1 欧州の鉄筋コンクリートの歴史を学ぶ理由
2.2 鉄筋コンクリートの歴史に関するこれまでの研究
2.3 欧州における鉄筋コンクリートの萌芽と発展
2.3.1 フランスにおける鉄筋コンクリートの萌芽
2.3.2 フランスにおける鉄筋コンクリートの発展(その1)
2.3.3 ドイツにおける鉄筋コンクリートの発展
2.3.4 フランスにおける鉄筋コンクリートの発展(その2)
2.3.5 オーストリアにおける鉄筋コンクリートの発展
2.4 エヌビック式設計法とモニエ式設計法の比較
2.4.1 エヌビック式設計法
2.4.2 モニエ式設計法
2.5 欧州の鉄筋コンクリート指針について
2.5.1 ドイツ,オーストリア,スイスの指針案とフランスの規準
2.5.2 スイスにおける指針案制定の背景
2.6 日本における鉄筋コンクリートの導入
2.7 欧州おける鉄筋コンクリートの歴史
引用・参考文献
3. ロベール・マイヤールの構造デザインと設計思想
3.1 マイヤールの橋の材料工学的,構造工学的な評価
3.2 マイヤールに関するこれまでの研究
3.3 時代的な背景
3.4 マイヤールの構造フォルムの発展
3.5 マイヤールの構造フォルム
3.5.1 箱桁断面の起源と発展
3.5.2 コンクリートブロックアーチの起源と発展
3.5.3 3ヒンジ式箱桁アーチの起源と展開
3.5.4 補剛アーチの起源と展開
3.6 スイスの鉄筋コンクリート規準の成立と変遷
3.7 マイヤールが設計したアーチ橋の構造特性と指針に与えた影響
3.8 新しいデザインを実現するために
引用・参考文献
4. ドイツアウトバーンの初期設計思想と橋梁景観論
4.1 橋梁デザインの実施者
4.2 ドイツアウトバーンの創設者:フリッツ・トット
4.3 エンジニアとアーキテクトの協力体制
4.4 アウトバーンのシステムづくり
4.5 造園家の参加
4.6 ドイツにおける景観論の起源
4.7 RC跨線橋の理想的なタイプ
4.8 橋梁景観に関する考え方の変遷と国際的な研究について
4.8.1 橋梁デザインにおける建築家の役割
4.8.2 19世紀のフランスにおける鋼橋のデザイン
4.8.3 橋梁デザインに関する1920年代の国際的な論議
4.8.4 戦後ドイツの橋梁デザインにおけるアーキテクトの役割
4.8.5 橋梁デザインに関する1980年代の国際的な論議
4.9 アウトバーンの技術と思想が日本にもたらしたもの
4.10 トットのコンセプトの継承
引用・参考文献
5. 橋梁に対する一般生活者の感じ方と構造原理
5.1 橋梁に関する一般生活者の感じ方に関する調査
5.1.1 調査手法
5.1.2 調査・分析
5.1.3 風景と橋梁形式のマッチング
5.2 構造原理の理解
5.3 橋梁形式の感じ方
引用・参考文献
6. コンセプチュアルデザインと構造デザイン
6.1 「0~1」と「1~10」の発想
6.2 コンセプチュアルデザイン
6.3 ベルリン工科大学での新たな取組み
6.4 マイク・シュライヒの試み
6.5 構造物のコンセプチュアルデザイン
6.6 すべての材料に精通したエンジニアの育成
6.7 橋梁デザインが目指すべき方向
引用・参考文献
7. 代官山人道橋のデザイン
7.1 同潤会代官山アパートの歴史
7.2 デザインプロセス
7.2.1 景観デザインの流れ
7.2.2 Concept Research(コンセプトリサーチ)
7.2.3 Concept Design(コンセプトデザイン)
7.2.4 Design Development(デザインディベロップメント)
7.2.5 住民説明会におけるデザイン案の承認
7.3 基本設計
7.3.1 基本設計の方針
7.3.2 第1人道橋の基本設計
7.3.3 工事概要および構造概要
7.4 デザイン変更
引用・参考文献
8. 池田へそっ湖大橋のデザイン
8.1 長大アーチ橋のデザイン
8.2 周辺状況とデザインの方針
8.2.1 周辺状況
8.2.2 計画条件
8.2.3 第1次橋梁形式比較
8.3 形式の選定
8.3.1 架橋条件
8.3.2 日本のアーチ橋の歴史
8.3.3 第2次橋梁形式比較
8.4 細部構造の景観
8.4.1 非常駐車帯拡幅部の検討
8.4.2 落下物防止柵の検討
8.5 美しい橋梁フォルム
引用・参考文献
9. AKIBA BRIDGEのデザイン
9.1 秋葉原駅前都有地の再開発計画と歩道橋整備
9.2 デザインプロセス
9.2.1 景観デザインの流れ
9.2.2 Concept Research(コンセプトリサーチ)
9.2.3 Concept Design(コンセプトデザイン)
9.3 AKIBA BRIDGEのデザインが実現した意義
引用・参考文献
10. 浮庭橋のデザイン
10.1 デザインコンペへの参加
10.2 道頓堀川の歴史
10.3 浮庭橋整備の背景と道頓堀川河川整備
10.4 デザインコンペの条件
10.4.1 基本コンセプト
10.4.2 提案条件
10.5 デザインプロセス
10.5.1 景観デザインの流れ
10.5.2 Concept Research(コンセプトリサーチ)
10.5.3 Concept Design(コンセプトデザイン)
10.5.4 Design Development(デザインディべロップメント)
10.6 浮庭橋が実現した意義
引用・参考文献
11. 橋梁デザインの実際
11.1 各章の要点
11.1.1 欧州における鉄筋コンクリートの変遷からみた材料工学の発展
11.1.2 マイヤールの橋梁デザインの功績
11.1.3 ドイツアウトバーンの設計体制と橋梁景観論
11.1.4 一般生活者の橋梁デザインに関する感じ方と構造原理
11.1.5 コンセプチュアルデザインに関する定義
11.1.6 代官山人道橋のデザイン
11.1.7 池田へそっ湖大橋のデザイン
11.1.8 AKIBA BRIDGEのデザイン
11.1.9 浮庭橋のデザイン
11.2 今後の課題
11.2.1 1950年以降の橋梁デザインの歴史と評価
11.2.2 橋梁デザインの対象を道路橋に拡大
11.2.3 橋梁デザインに限らない提言の適用
11.2.4 土木史研究の更なる発展に向けての活用
索引
増渕基 橋梁エンジニア(ドイツ在住),博士(Dr.-Ing.)
本書のレビューの執筆依頼を頂いたのは2018年5月,ロシアでサッカーのワールドカップが始まろうかという時だった.南ドイツに住む私は,大会前最後の日本代表の試合が近所のインスブルックで行われると聞いて,応援しに行くことにした.
スタジアムまでの車を走らせながら,ふと,どうすればもっと日本の橋梁デザインが良くなるかを考えていた.
とある世界的なスターエンジニアという「個」が,長崎に美しい歩道橋を架けても,それだけで日本の橋梁デザイン全体が劇的に良くなるわけではない.
景観工学の発展とともに,「全体」の底上げは確かにされてきた.しかし,それで世界から注目を受ける美しい橋が日本に次々と生まれてきたかと言えば,そうとは言えない.
試合開始のホイッスルの音で,ハッと我に返り,目前のフィールドに目をやる.
二十年前から比べれば日本代表は本当に強くなった.聞くところによると,海外リーグでプレーする選手が大半を占めているそうである.高い情熱と志を持って,リスクを恐れず海外で挑戦する.これは「個」についての話.一方,大会直前での代表監督解任のニュースが話題になったが,つまるところこの騒動の争点は,継続的な哲学の欠如,ひいては将来的なビジョンの欠如うんぬんであったように思う.これは「全体」についての話.個と全体が絡み合いながら,日本代表はここまで強くなってきたのであろう.
ところで,「個」と「全体」の関係性と言う意味では,橋梁デザインでも同じことが言えるのではないか,と思い至ったのは,試合終了間際,香川選手がダメ押しのシュートを決めた時だった.
さて,前置きが長くなったが,本書である.
フランスやドイツで起こったコンクリートの黎明期から,スイスのマイヤールの挑戦,ドイツのアウトバーンに始まる橋梁景観設計の萌芽,と多岐に渡るテーマが取り上げられた前半.そして日本で著者の鈴木さんが設計されてきた橋梁デザインについて書かれた後半.
本書はこのように国と時間,人をまたぐ幅の広い論考が一冊にまとまった大変ユニークな本である.橋梁デザインの歴史あるいは教科書であり,著者の作品解説集でもある.章ごとに分かれていて,それらは短かくまとまっているので読みやすく,どこからでも読み始めることができる.
前半のこの一見,散文的とも言える多岐に渡る論考を,橋梁デザインにおける「個」と「全体」という点から整理してみよう.
「個」の事例としてスイスのエンジニア,ロベール・マイヤール(Robert Maillart,1872-1940)が取り上げられている.
高い情熱と志を持って,リスクを恐れずに挑戦し続けたエンジニアとして,マイヤール以上の人物はいない.サルギナトーベル橋,シュバントバッハ橋,テス橋,・・確かにマイヤールは人類史に残る傑作を残してきた.しかし,マイヤールの真骨頂は,エンジニアとしてのその生き方にある.彼は生涯に渡って,当時新材料であったコンクリートの,最もエレガントな構造形態を探求したのである.
前章のコンクリート黎明期の歴史は,このマイヤール考のプロローグとして書かれていると考えて良いだろう.本書で明らかになるのは,今まで光が当てられてこなかった面,当時の設計コードとマイヤールの橋との関係である.当時の権威に対しての,マイヤールの気骨稜稜の精神を明らかにするこの論考は,国際的な視点から見てもユニークで価値の高いものと言える.
一方,橋梁デザインの「全体」の事例として,ドイツのアウトバーンの歴史が取り上げられている.
よく知られているように,アウトバーンの建設はナチスの経済政策の一環であった.世界で初めての本格的な高速道路ネットワークであったことや,速度無制限の道路であることがよく知られているが,土木インフラとしては特に,その設計理念によって高い評価を受けている.
税金からなる公共事業は経済性や合理性が優先される.道路建設においては,ある二点を"最短距離で"結ぶのがセオリーであるが,アウトバーンは二点を"優雅に"結びつける,という理念のもとに設計された.「道路によってもまた,ドイツをより美しくしなくてはならぬ」というコンセプトのもと,設計システムが構築され,設計者の育成も行われた.
このシステムから生まれた一人が,20世紀の橋梁エンジニアの巨人フリッツ・レオンハルト (Fritz Leonhardt,1909-1999)である.構造エンジニアリングの技術的な発展に大きく貢献した一方で,橋梁美とでも呼べる設計哲学を発展させ啓発した.ここに,美の設計哲学が生まれたのである.
本書では,2000年代からマイク・シュライヒ(Mike Schlaich, 1960-)がベルリン工科大学で試みている教育についても紹介されている.この基盤には,レオンハルトから脈々と受け継がれてきた哲学とシステムがある.半世紀を経てもなお色褪せることのない,橋梁デザイン「全体」としての哲学の強さと継続性がここで明らかになろう.
以上のように「個」と「全体」と分けて考えれば,なぜ著者がこれら多岐に渡る論考を一冊の本にまとめたかが分かる.
橋をデザインするということは,ただのインフラにすぎない橋梁を,文化の中にインストールしようとする試みである.シュライヒらの言葉を借りれば,インフラは「文化の中で位置づけられることにより,はじめて技術的にも機能的にも完全なものとなる」*のである.それには,「個」の資質と情熱に加え,「全体」として優れた哲学とシステムが必要である.技術だけではなく景観だけでもない.「個」と「全体」はまるで,縦糸と横糸のように絡み合い,橋梁文化を成熟させるのである.
まるで大学の教科書のような,飾り気のない装丁の本書は,そういった複雑だけれども本質的な視点から,橋梁デザインを論じている.橋梁デザインに興味のある方は,本書を読んで,深くて楽しい橋梁デザインの"実際"に触れてみてはいかがでしょうか.
増渕基 橋梁エンジニア(ドイツ在住),博士(Dr.-Ing.)
ホームページ: http://masubuchi.de/
(参考文献)
*ドイツ鉄道 (編集), ヨルク・シュライヒほか (著), 増渕 基 (訳) :鉄道橋のデザインガイド: ドイツ鉄道の美の設計哲学,鹿島出版会 (2013)