基礎からわかる 自動車エンジンのシミュレーション

基礎からわかる 自動車エンジンのシミュレーション

自動車用ガソリンエンジンについて,これまで行われてきた代表的なモデルをまとめるとともに,最新のモデリング手法を解説。

  • 口絵
ジャンル
発行年月日
2019/07/17
判型
A5
ページ数
290ページ
ISBN
978-4-339-04660-1
基礎からわかる 自動車エンジンのシミュレーション
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定価

4,620(本体4,200円+税)

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本書では,自動車用ガソリンエンジンについて,これまで行われてきた代表的なモデルをまとめるとともに,最新のモデリング手法を解説する。また,自動車用エンジンシミュレーションコードHINOCAを用いた解析事例を紹介する。

監修のことば
監修者がチームリーダーを務めた,内閣府SIP(Strategic Innovation Promotion Program)「革新的燃焼技術」(2014~2018年度)の制御チームでは,革新的燃焼技術を具現化するモデリングと制御の研究開発に取り組んできた。その中で,エンジンのリアルタイム制御とエンジンのシリンダ内挙動の数値可視化に役立てることを目指したモデルの構築やシミュレーションツールが生み出された。このたび,その活動成果をモデルの解説や利用方法を中心に,2冊の書籍の形にまとめることとした。

1冊目は,自動車用エンジンの新たな制御アーキテクチャーとして提案した「RAICA(雷神)」において,次世代ディーゼルエンジンの制御を物理によって表現したモデルを用いるモデルベースト制御アルゴリズムに関する解説書で,2冊目は,ガソリンエンジンを対象に開発されたエンジンシミュレーションコードの「HINOCA(火神)」の解説書である。 

RAICAが提唱する制御アルゴリズムは,厳しい排出ガス規制を満たしつつ,高効率を狙う新しい燃焼方式の実現には欠かせないロバストな制御を可能にする。これは,従来の制御MAPに代わる,オンボード実装可能な計算負荷の軽い物理モデルに基づくアルゴリズムで,過渡状態を含む実走行にも適用できるリアルタイム制御を可能にしている。また,RAICAでは,このモデルベースの制御アルゴリズムを基盤に,IoTやAI技術と組み合わせてドライバの特性までも考慮した制御への発展を描いている。

一方,HINOCAは,ガソリンエンジンのシリンダ内挙動の数値可視化のための統合シミュレーションソフトである。このソフトでは,吸排気バルブやピストンの移動境界に加え,吸気行程の乱流現象から液体燃料の噴射,分裂,蒸発,さらには混合気の燃焼・化学平衡,既燃ガスの膨張,燃焼過程における壁面からの熱損失,さらには排気バルブからの排気という複雑な過程から,ノッキング,PM生成までを扱うことができる。

この2冊の書籍に共通する特徴は,実際にアルゴリズムやソフトの開発に従事された産学の多くの研究者によって執筆されたもので,実体験に基づいて書かれた類まれな書籍であるという点である。

本書が,自動車業界でエンジンの開発に携わっておられる方に限ることなく,広くエンジン技術者や内燃機関を学ぶ大学院の学生が,最前線のエンジン制御やエンジンCAEを学ぶ際の参考となることを大いに期待している。 

2019年1月 内閣府SIP革新的燃焼技術制御チームリーダー 金子 成彦


まえがき
最近では,自動車を購入する際,カタログに記載された燃費の値で車種を決める消費者も多いであろう。電気自動車(battery electric vehicle,EV)も温暖化に対する一対策ではあるものの,現状の火力,水力,原子力,再生エネルギーの発電構成,および新興国を中心に市場が伸びていく事情を考慮すると,今後30年以上にわたり,エンジンの高効率化がCO2の排出を抑制する実効力の高い現実解の一つであることは間違いない。一方で,乗用車の後部ガラスに貼られた三つ星や四つ星マークのステッカ以外にユーザの目にとまることはあまりないが,ガソリン自動車からの排出ガスは1965年以前の未規制時と比べ総じて1/50~1/33程度まで削減されてきた。今後も,さまざまな国や地域の規制に適合するため,多くのエンジン機種に対してより一層のクリーン化を実施しなくてはならない。

幸いにして現在,わが国の乗用車産業は厳しい国際競争を勝ち抜き欧州の自動車メーカと肩を並べている。しかしながら,つねに強化しつづけなければ,一瞬にして弱体化することはスポーツなどの真剣勝負の世界では常識である。このような中で,コンピュータを援用したシミュレーションによる設計支援は,試作に依存した開発に比べて,開発期間や開発費用を大幅に削減しうる可能性を秘めている。コンピュータ上では,図面を描けば加工,製造プロセスを経ずに,ただちにさまざまな形状の部品を創出でき,疲れを知らないコンピュータは,与えられたコマンドを休むことなく黙々と実行しつづけることができるからである。そして,人工知能が,人間が考えるよりも的確なコマンドを与える時代が目前に迫っている。

動力性能を向上させながら,環境およびエネルギー問題に対する社会的要請にも応えつづけてきたエンジンは非常に複雑化しており,要素部品の設計変更は,思わぬ形でさまざまなほかの部品へ波及する。もし,シミュレーションでバーチャルエンジンを作ることができれば,エンジンの開発工程の最終段階まで試作する必要はなくなるであろう。

本書は,エンジン本体の心臓部である熱エネルギー変換をつかさどる熱流体現象を対象としている。この中には,バルブやピストンの移動境界付近の作動ガスの挙動,乱流,液体燃料の物理過程・相変化,火花放電,混合気の化学反応といった複雑な現象が含まれ,熱力学,流体力学はもとより,物理化学,化学工学といった広範囲の知識と経験が必要となる。

吸気,圧縮,燃焼・膨張,排気の全行程に含まれる各種現象のモデリングについて記述された書籍としては,Gunnar Stiesch 教授の『Modeling Engine Spray and Combustion Processes』(Springer, 2003年)が挙げられる。同書は広範囲な内容を比較的コンパクトに1冊の書籍にまとめられており,エンジンのシミュレーションに携わる研究者にはとても役立つ本となっている。その後に出版されたRolf Reitz 教授らによる『Modeling Diesel Combustion』(Springer,2010年)は,ディーゼルエンジンの噴霧燃焼のシミュレーションについてまとめており,同グループは,コンピュータを援用したエンジンの最適化について『Computational Optimization of Internal Combustion Engines』(Springer, 2011年)として発刊されているが,すでに8年の歳月が経過している。

そこで本書では,自動車エンジンの研究,開発という視点に立ち,最新の内容を基礎から系統的にまとめ,エンジン内部の熱と流れのミュレーションの全体像が理解できるように工夫した。エンジンモデリングに携わる者はもちろんのこと,熱流体,燃焼,化学反応のシミュレーションに取り組む大学院生,初級および中級の研究者,技術者の座右の書となれば幸いである。

最後に,本書を出版するにあたり,SIPの活動の中で貴重なご助言をいただいた,東京工業大学 店橋 護 教授,九州大学 安倍賢一 教授,大阪府立大学 須賀一彦 教授,名古屋工業大学 服部博文 氏,慶應義塾大学 深潟康二 教授,東京農工大学 岩本 薫 教授,日本大学 秋濱一弘 教授,徳島大学 名田 譲 准教授,東京工業大学 源 勇気 助教には厚く御礼申し上げる。また,コロナ社には本書の構想段階から原稿執筆,印刷まで貴重なアドバイスと激励をいただき心より謝意を表する次第である。

 2019年5月 内閣府SIP 革新的燃焼技術制御チームサブリーダー 草鹿  仁

1. 概要
1.1 高度化する自動車エンジン
 1.1.1 排出ガス規制,燃費規制の状況
 1.1.2 パワートレインと今後の動向
 1.1.3 本書の扱う分野と目的
1.2 複雑化するエンジンシステム全体の開発プロセス
 1.2.1 自動車用エンジンの概要と燃焼技術
 1.2.2 企業のエンジン開発におけるCFDの役割
 1.2.3 1次元シミュレーション
 1.2.4 3次元シミュレーション
 1.2.5 ポート定常流計算
 1.2.6 シリンダ内流動計算
 1.2.7 燃料噴霧計算
 1.2.8 燃焼計算
 1.2.9 計算時間
 1.2.10 本章のまとめ
コラム1:数学から機械工学に入って

2. 熱・流動のモデリング
2.1 概要
2.2 理論
 2.2.1 圧縮性流体方程式
 2.2.2 乱流モデル
 2.2.3 境界埋込み法
 2.2.4 壁近傍の熱・流動モデル
 2.2.5 離散化手法
2.3 HINOCAによる計算事例
 2.3.1 定常ポート流
 2.3.2 モータリング(流動)
 2.3.3 モータリング(壁面熱流束)
コラム2:エンジン燃焼ソフトウェアKIVAシリーズについて

3. 燃料噴霧のモデリング
3.1 概要
3.2 理論
 3.2.1 離散液滴モデル
 3.2.2 液滴の運動
 3.2.3 燃料噴射初期条件(噴孔出口モデル)
 3.2.4 液滴分裂モデル
 3.2.5 液滴衝突・合体モデル
 3.2.6 液滴蒸発モデル
 3.2.7 壁面衝突モデル
 3.2.8 液膜流動モデル
 3.2.9 液膜伝熱モデルおよび液膜蒸発モデル
3.3 HINOCAによる計算事例
 3.3.1 自由噴霧
 3.3.2 壁面衝突噴霧
コラム3:ディーゼル噴霧モデル開発の思い出

4. 火花点火のモデリング
4.1 放電の理論
 4.1.1 放電経路の開始
 4.1.2 容量放電と誘導放電
 4.1.3 放電経路の伸長
 4.1.4 再放電
 4.1.5 電気回路
 4.1.6 火炎核
 4.1.7 最小点火エネルギー
4.2 各種点火モデル
 4.2.1 点火エネルギー供給モデル
 4.2.2 DPIKモデル
4.3 放電経路を考慮した点火モデル
 4.3.1 モデル式
 4.3.2 0次元計算による検証
 4.3.3 HINOCAによる点火モデルの計算事例
4.4 超希薄燃焼での火炎核成長モデル
 4.4.1 モデル式
 4.4.2 0次元モデルでの検証
コラム4:化学反応解析プログラムCHEMKINについて

5. 火炎伝播モデル
5.1 概要
5.2 理論
 5.2.1 G方程式モデル
 5.2.2 層流燃焼速度モデル
 5.2.3 乱流燃焼速度モデル
5.3 HINOCAによる計算事例
5.4 ノックモデル
 5.4.1 理論
コラム5:OpenFOAMによるエンジン燃焼計算

6. PMモデル
6.1 概要
6.2 理論
 6.2.1 すす粒子計算の基礎方程式
 6.2.2 モーメント法を用いた粒子計算
 6.2.3 既存モデル
6.3 計算例
 6.3.1 ガソリンサロゲート燃料を対象としたPM生成モデルの最適化
 6.3.2 HINOCAによるシリンダ内燃料液膜燃焼におけるPM生成の数値計算

7. 今後のモデリングの展望
7.1 将来のシミュレーション像
7.2 計算の高速化
7.3 化学反応ソルバの大規模化,高速化
7.4 格子自動細分化

引用・参考文献
索引

高林 徹(タカバヤシ トオル)

溝渕 泰寛(ミゾブチ ヤスヒロ)

南部 太介(ナンブ タイスケ)

尾形 陽一(オガタ ヨウイチ)

高木 正英(タカギ マサヒデ)

川内 智詞(カワウチ トモシ)

小橋 好充(コバシ ヨシミツ)

周 蓓霓(シユウ)

堀 司(ホリ ツカサ)

神長 隆史(カミナガ タカシ)

森井 雄飛(モリイ ユウヒ)

橋本 淳(ハシモト)

日刊工業新聞 技術科学図書(2019年12月19日) 掲載日:2019/12/19

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