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システムとサイバネティクスの思想

シリーズ システム・制御のニューフロンティア A-1

システムとサイバネティクスの思想

本書はサイバネティクスと呼ばれるシステム論とそれにまつわる思想を扱う。理工系分野では最新の知見が重視されることが多いが,その背景にある思想や歴史からそれらを捉え返すことで読者の視界を広げ,思考を深めることを企図した。

発行年月日
2026/03/18
定価
5,280(本体4,800円+税)
ISBN
978-4-339-03403-5
在庫あり

レビュー,書籍紹介・書評掲載情報

読者モニターレビュー【 松岡 大輔 様(業界・専門分野:プログラマー)】

掲載日:2026/03/17

サイバネティクスは認識の転回であり、それゆえに、サイバネティクスは思弁的・抽象的に議論するだけでなく、それを経て何をどう実践するかが問題となる。しかし、その理解のためにはある程度の思想史的な経緯の振り返りが必要であり、何がどう転回した結果としてどのような認識に至っているかを、自身の思考の体験として経験することが必要である。そのような整理された論考は意外とないどころか、サイバネティクス自体が理論化を拒むような複雑さとあいまいさを有しているがゆえに、サイバネティクスについて語る言語はしばしば難解になり、あいまいになり、ある種の魔術化や秘教化といった状態に陥りかねないところがあり、初学者にとってはうかつに近寄りがたい存在でもある。

一方で、昨今の学術界の状況を鑑みると、サイバネティクスを基礎とする新たな展開が数多く見られ、学際的に活発な議論を戦わせているし、情報化した社会の情勢をサイバネティクスの実践ととらえて語る議論も盛んである。

このようなギャップを埋めるための書籍として、本書は野心的かつ基本的であり、非常に有用である。まず前半四章で、サイバネティクスの思想史をたどりなおす。ファースト・オーダー・サイバネティクスがセカンド・オーダー・サイバネティクスに至るための認識論的転回を丁寧にたどり、さらにはセカンド・オーダー・サイバネティクスの本質を図式化せずに忍耐強く考察することを通じて、その根幹にある思考のパターンを抽出している。この一連の議論を可読的な端正な言語で読めることのありがたさを噛み締めたいところである。

そして、後半では、前半で至ったある種の本質的な認識に対して、その社会的な現象・あらわれを、社会学や経営学などの実践を通じて具体化する。前半に到達した認識のシンプルな美しさに対して、後半の社会的事象のもっさりした感じがあまりにももどかしく感じるところもあるかもしれないが、サイバネティクスが実践のための認識論的転回である以上、読者の力点は本書後半にも十分に置かれなければならない。理論がすでにある種の到達を見せている以上、サイバネティクスの可能性はむしろこのようなもっさりした現実との交錯のなかに見出されるのだと思う。

理論的には、オートポイエーシスをエナクティヴ・アプローチが意味論的に乗り越えるというポイントが重要であり、結論としての媒介的思考を図式化せずに思考のパターンとして可能な限り明晰に記述するという試みがたいへん示唆的である。また、社会事象に関して、サイバネティクスをメタファーではなく、実践のための認識論としてとらえた事例を紹介し、それについての学術的な言説を整理している。したがって、本書全体が非常に学際的な色調を帯びており、すべてを精読するのは難しいかもしれないが、それでも初学者でも全体を通読するのが不可能ではないような記述の明瞭さがあり、この点が教科書としての美点であるだろう。

昨今のさまざまな言説におけるサイバネティクスの基礎的な重要性にも関わらず、その本質を可読的な言語で初学者が理解できるように記述した教科書は意外とない。それは、サイバネティクス自体が理論化・抽象的な図式化を退ける性質を本質的に持っているためであるが、既存のサイバネティクスに関する基礎的な言説がそれゆえに帯びてきた難解さやあいまいさを徹底的に廃して、あくまでも端正に、しかし本質を失わずに語り、読者はそれを通じてサイバネティクスを「体験する」ことができる。

読者モニターレビュー【 小林 千晃 様 東京大学(業界・専門分野:教育工学、コグニティブセキュリティ、技術哲学)】

掲載日:2026/03/13

私が最初にサイバネティクスに出会ったのは、ビジネスモデル研究者の妹尾堅一郎氏による知的財産に関する講義でした。妹尾先生は初回の講義で、各世紀を規定する知的パラダイムの変遷を語りました。18世紀はニュートンの「物質」、19世紀はマルクスの「唯物」、20世紀はアインシュタインの「エネルギー」が、その時代を規定してきました。そして、21世紀のパラダイムは「情報」であり、その先駆者がノーバート・ウィーナーの「サイバネティクス」です。サイバー攻撃、サイバースペース、サイボーグといった馴染み深い言葉の「サイバー」は、すべてこのサイバネティクスに由来します。しかし、その源流であるサイバネティクス自体については驚くほど知られていません。

情報化社会という言葉はもはや死語になりつつありますし、IT化も当たり前になりました。今やAI、特に大規模言語モデルが世界を席巻しています。そんな時代に、私自身「情報とは何か」を一度も真剣に考えたことがなかったことに気づきました。AIは情報技術の集大成とも言えますが、そもそも「情報」とは何かを問えていない。現代を規定するパラダイムがわからないということは、自分が生きている時代について何もわかっていないのと同じではないか。「情報とは何か」を学ぶためにサイバネティクスを学ぼう、というのが私のモチベーションでした。

まずウィーナーの「サイバネティクス」を手に取りましたが、数学的な記述が多く歯が立ちませんでした。ならばと、ウィーナー自身が一般向けに書いた「人間機械論」を読みましたが、それでもサイバネティクスを理解できたという手応えはまるで得られませんでした。そこで出会ったのが本書「システムとサイバネティクスの思想」です。

本書はサイバネティクスの思想的な面を正面から取り上げ、情報がどのように考えられてきたのか、その歴史を辿ることができます。ただし、ウィーナーの時代のサイバネティクスをそのまま解説するだけの本ではありません。本書の軸になっているのは、サイバネティクスをさらに発展させた「ネオサイバネティクス」と呼ばれる流れです。現代で情報といえば、シャノンの情報理論が真っ先に思い浮かびます。しかしシャノンの理論では、情報から「意味」が捨象されています。0と1の列として情報を効率よく伝送することには長けていても、その情報が何を意味するかは扱わない。意味を欠いた情報だけを扱うことに、それこそ意味があるのか。ネオサイバネティクスはそうした問題意識から出発しているように私は読みました。
 
人間をコンピュータになぞらえ、外部の情報をインプットし、内部で処理してアウトプットするという素朴な見方を超えて、意味を持った情報を捉え直そうとする。編者の西田洋平氏がネオサイバネティクスを一般向けに概説した「人間非機械論」でもこの流れは紹介されていますが、本書はさらに踏み込み、一般書と専門書の間を橋渡ししてくれます。現代の議論がどこまで進んでいるのか、一般書では触れられない地点まで扱っている点が貴重です。

ベストセラーとなった読書猿氏の「独学大全」に「独学者にとって教科書こそが学びの起点になる」という話がありますが、本書はまさにそのような存在だと思います。章ごとに話がある程度独立しており、参考文献も豊富に示されているので、自分の問題意識に合わせた章を熟読し、参考文献を辿ることで学びを深められる、独学のハブになり得ます。これまでサイバネティクスの教科書は、私の知る限り工学的な制御理論のものばかりでした。思想としてのサイバネティクス、情報とは何かを考えるための教科書として、本書は待ち望まれていた一冊だと思います。

AIが爆発的に広がる現代を読み解くためにも、意味を回復するような本来的な情報の捉え方は欠かせません。そしてそれは、私たち若い研究者が22世紀のパラダイムを築いていくための土台にもなり得る。本書、本シリーズはその両方に向けた大きな土台を築いてくれるはずです。