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計量士および計測技術者のための 計量管理の基礎と応用

計量士および計測技術者のための 計量管理の基礎と応用

計量士国家試験科目「計量管理概論」を基礎から扱い,技術者がどうすれば信頼できる測定を行えるかを示す。SI基本単位定義の改訂,JIS Z 8103「計測用語」および計量行政審議会答申を踏まえた政省令改正にも対応。

発行年月日
2020/06/12
定価
4,950(本体4,500円+税)
ISBN
978-4-339-03229-1
在庫あり

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日本計量新報〈計測と科学〉第3293・94号

日本計量新報〈計測と科学〉第3293・94号

掲載日:2020/07/06


書評 日本大学 矢野耕也

今から28年も前の平成4年,皆さんは何をしていただろうか。そしてその後「失われた十年」(さらに失われた二十年,と延長)などの言説を克服することなく令和という次世代に移ってすぐ,再び災難が降りかかってきており,何かと色々と見直しを迫られているな,と思っている矢先に,一冊の本が送られてきた。聞けば平成4年に発行した成書の,大幅リニューアルに位置づけられるとのことである。

平成3年の頭をピークに,転げ落ちる石のように堕ちていくのを誰しもが感じた日本経済が本格的に社会問題になってきたのは,平成7年頃からの大手銀行の統廃合などの金融危機が始まってからだろうか。その難しい時代の幕開けの時に,たまたまかも知れないが本書の前身である『計測管理必携 技術者の基礎と実践のために』が(社)計量管理協会により発行された。自分はその当時入社2,3年目の若造で,バブル景気時代の働き方のままのようなところもあり,また先輩社員より先に帰宅できる雰囲気もないために,残業を兼ねてさまざまな自主的勉強をしていた。そんな中,部署の皆で計量士を受験しようと新入社員が言い出したのはいいが,集合形式の勉強会に慣れずに,奇しくもコロナ社が出していた『一般計量士・環境計量士 国家試験問題の傾向と解説』の過去問集のコピーを受け取るだけで,それほど熱心には取り組まなかった記憶があるが,なにかと『計測管理必携』は参考にした。計量管理,計測システム,統計,品質管理,校正方式,実験計画法,工程管理,品質工学といった具合に,管理工学に必要な内容が幅広くかつコンパクトに網羅されており,全体に品質工学が前面に打ち出されていた点は好みが分かれるが,隠れた良書であると感じていた。

その後計量管理協会の統合などもあり久しく絶版になっていたが,28年ぶりのこの6月,コロナ社より判型もA5判からB5判へと大きくなって,新たに計量士国家試験における「計量管理概論」向けの参考書として書店に並ぶことになった。必ずしも前作の改訂版というわけではないが,旧作ではあまり触れられていない計量士の受験には必須の法令関係,その後にできた国際的な用語集やガイド,また国内の法改正への対応が丁寧に反映されている力作である。章立ても計量と測定が主軸となり,本書の性格がより明確となったと感じている。もっとも旧作の良い部分はそのまま残されている点も秀逸であり,その絶妙な割り振りに執筆陣の苦労が窺える。またコラムが多数掲載され,ちょっとした疑問にも回答があり,初級者から上級者までの対応がなされている。特に第8章は国際規格に関するもので,ISOに関する新しい知見が持ち込まれているし,さらに旧版ではあまり触れられていなかった計測の不確かさについても5.6,5.7で詳細に記されており,地道な分野ながらも確実に進化していることがわかる。

ところで大学では担当者の専門外の科目を講義しなければならないことがあり,その際の教科書選定には頭を悩ますことが多い。というのも,科目名が一般的な概念になるほど,これはという適したテキストが少ないためである。本書の筆者がまえがきで述べている,『「計測工学」の教科書はあるが「計量管理」についての成書が見当たらない』というのはまさにそれで,同書の発刊は計量に関わる教員からも歓迎されるのではないだろうか。まれに教科書やテキストの少なさを学問としての弱さの表れだと過激な論を吐く方がいるが,自分の経験からすると,先人が早くに取り組み,すでに社会に根を深く張っていて,より実務的で実学的で,現場中心で市民の目に触れないところで深く使われているものほど,改めて問われて見回すと,そういえば教科書がない,という状況が多々あるのではないだろうか。若干飛躍はあるが,科学の教科書は多いが,技術者の教科書は少ないということである。また教科書となると執筆に際しての読者層の想定も容易ではない。誰がどのような目的で読んでくれるか(さらには買ってくれるか)を絞った上で,それを踏まえた章立てや構成までのコンセプトが要求されることから,同書は国家試験対策のテキストも兼ねるということも含め,その辺にもかなり配慮したのではないかと感じる。決して求めやすい価格ではないかも知れないが,類書も少なく,量・質と共に充実の一冊であることから,計量士の受験者だけでなく,多くの技術者が手に取ることを願うばかりである。

©日本計量新報〈計測と科学〉第3293・94号 2020年(令和2年)6月28日(日)