ICTデータ活用による交通計画の新次元展開  - 総合交通ネットワーク流動のモニタリングシステム -

ICTデータ活用による交通計画の新次元展開 - 総合交通ネットワーク流動のモニタリングシステム -

鉄道、バスなど先端的交通サービスは,ICTを利用することによって可能となる。その実現のための基本システムを解説。

ジャンル
発行年月日
2017/09/05
判型
A5
ページ数
176ページ
ISBN
978-4-339-05253-4
ICTデータ活用による交通計画の新次元展開  - 総合交通ネットワーク流動のモニタリングシステム -
在庫あり
2営業日以内に出荷致します。

定価

2,640(本体2,400円+税)

カートに入れる

電子版を購入

購入案内

  • 内容紹介
  • まえがき
  • 目次
  • 著者紹介
  • 書籍紹介・書評掲載情報
  • 広告掲載情報

最近の都市交通システムは道路だけでなく鉄道,バスを統合した総合交通ネットワークで管理する動向になっており,先端的交通サービスは,ICTを利用することによって可能となる。本書では,その実現のための基本システムを解説。

交通工学の研究を振り返ってみると,1990年代に新たな転換期を迎えたと思われる。その大きな要因はICT(information and communication technology)の急速な進展であり,それまで困難であった交通データの観測や収集が可能になったことである。これからの交通工学で大事な視点は,交通現象の本質である変動やばらつきである。交通流動を確定値あるいは平均値で記述するだけでは,複雑に変化する交通現象を戦略的にマネージメントすることは難しいと思われる。ICTを用いることにより交通流動の常時観測と精度向上が可能となるので,道路交通センサスやパーソントリップ調査の抜本的変革が実現できる。次世代の交通マネージメントには,すべての交通モードを統合したトータルシステムとしての視点から,突発事象を含めた交通現象変動に対処できる高次元サービスが求められるであろう。

従来の道路交通センサスおよびパーソントリップ調査は,アンケート方式に基づいてOD(origin-distination)交通量(起終点交通量)の推定作業がなされている。しかし,調査作業が膨大であることに加え,収集データの質を確保することに難があり,また,多額の費用を要することが問題になっている。ICTデータが容易に利用できるようになると,カートリップやパーソントリップの交通量調査は,OD交通量逆推定モデルを適用することで,格段に推定精度を向上させることができるし,また,必要に応じて随時更新が可能となる。OD交通量逆推定モデルとは,交通ネットワーク上の現実交通の観測値からOD 交通量とOD別経路交通量を推定する方法のことで,いわゆる従来の段階推定法の逆手順であることから,このように称している。

本書では,2種類のOD交通量逆推定モデルを提案している。一つは,リンク交通量の推定値を現実値に近接させるリンク交通量型であり,もう一つは,ゾーン集中交通量の推定値を現実値に近接させるゾーン集中交通量型である。前者は経路選択情報が組み込まれている方法,後者は経路選択情報を考慮しない方法である。OD交通量逆推定モデルの事前データは,発生ゾーン別目的地選択確率,ゾーン発生交通量比率,OD別リンク利用確率などである。これらを事前データとした理由は,逆推定モデルの未知変数がゾーン発生交通量のみとなるので,大規模ネットワークに対しても容易に適用可能となる利点があるからである。プローブカーデータや携帯電話移動データ(スマートフォンデータ,以降スマホデータ)を利用すると,現実的な事前データを作成できるので,逆推定モデルの結果が高精度となる。さらに特筆しておくべきことは,ICT データの大きな特長として,トリップ発生時刻のデータ収集ができることである。このことにより,時間帯別のOD交通量と経路交通量の逆推定も容易に行えるので,既存手法からの画期的な進歩となる。

ICTデータは,いまのところ個人情報保護や調達コスト面で利用制約が大きいことが問題となっている。こうした中で,最近注目されているのがETC(electronic toll collection system)2.0である。しかし,ETC2.0プローブは,スポット通過以前の走行軌跡データであり,通過以後の経路や終着ゾーンのデータは不明である。トリップごとの起終点間データの収集ができるようになれば,ETC2.0データの実用価値が一段と高まるので,その補完方法やシステム改善が望まれる。ETC2. 0スポットの整備箇所に関する配置計画は明確ではないが,できることなら将来はゾーン境界にスポットが設置されると,逆推定モデルの実務適用にきわめて好都合である。本書では,リンク交通量型逆推定モデルにおける事前データの作成に,ETC2.0データを使用する独自の方法を提案している。しかし,ETC2.0データシステムの改善が遅れることになれば,一般的なプローブカーデータをスポットで収集する方法で同様に作成できる。

ICTデータを活用するリンク交通量型とゾーン集中交通量型の2種類のOD交通量逆推定モデルを用いて,道路,鉄道,バスを統合した交通ネットワーク流動のモニタリングシステムを構築することができる。基本的には,カートリップに対してはプローブカーデータを用いたリンク交通量型逆推定モデル,パーソントリップに対しては携帯電話移動データを用いたゾーン集中交通量型逆推定モデルが適用される。パーソントリップでは,交通モード分担の推定作業が必要となるが,この推定分析も最近ではICTデータを用いた先進的手法で実行できるようになっている。このほかにも,ICカードデータが利用可能で,ゾーン集中交通量型逆推定モデルを用いて鉄道およびバスの駅間OD交通量が推定できる。このようにして,道路,鉄道,バスの総合交通ネットワークにおける日単位および時間帯別の交通流動が高精度で推定分析できるモニタリングシステムが構築できる。

このモニタリングシステムにより交通流動分析が必要なときに随時実行できるので,交通現象変動の実態分析が可能となる。交通流動はさまざまな要因によって変化する。例えば,需要サイドからは観光シーズン時やイベント時などの流動変化があるが,モニタリングシステムでその変動特性を知ることにより,円滑な観光需要の誘導策や効果的なイベント対応策を講じることができる。また,突発事象時の交通流動分析も可能なので,交通ネットワークの脆弱断面に対する事前対策を検討できることになる。供給サイドからは,各種の都市開発事業,道路建設事業,交通管理対策事業などによる流動変化がある。これらの事業効果は,モニタリングシステムでその流動変化が実数推定できるので,便益算定が正確に行えるようになる。さらに,計画事業の波及効果により新たな問題が生起する可能性があるが,その場合もモニタリングデータをフィードバックして,事業計画の変更改善を検討することができる。

次世代に求められるのは,道路,鉄道,バスなどを一体化した総合交通ネットワークのサービス高度化であり,そのキーワードは連続性,柔軟性,安定性であろう。すなわち,乗り換え利便性の向上,異常時の可変対応,走行移動の時間信頼性である。通常から各種交通モードのネットワーク流動の変動特性を計測分析することで,状況変化に対応できる交通マネージメントが可能となるので,交通流動モニタリングシステムの実用面における有用性は多岐にわたる。さらに,学術面においても経路選択などの交通行動分析の実態究明や,現実交通流動に基づく便益評価法の再構築などの新たな研究発展につながる可能性がある。

本書のタイトルを「ICTデータ活用による交通計画の新次元展開」としたのは,上述のように,ネットワーク交通流動のモニタリングシステムによって,交通計画における現実面と学術面で多くの新たな進展が期待できるからである。しかし,モニタリングシステムを構成するOD交通量逆推定モデルは,ICTデータの利用規制のため実際適用がまだ進んでおらず,本書では基本的な考え方を説明することに留まっている。今後は実際のICTデータを用いて逆推定モデルの実用検証が進展することを願っている。 著者の交通計画に対する基本的な思想は,絶版となった「交通計画のための新パラダイム」(技術書院,2008年3月)を引き継いでいる。そのため,記述の一部は前著と重複しているが,執筆内容は,その後の研究成果を取り入れて大幅に刷新されている。本書が将来における交通計画の発展の一助になれば幸いである。

交通ネットワーク流動のモニタリングシステムの研究を進めるにあたっては,これまで数多くの方々のご協力とご支援に負うところが多い。リンク交通量型逆推定モデルについては,国土交通省 国土技術政策総合研究所の上坂克巳 元道路研究室長(現山形県 県土整備部部長),橋本浩良 前主任研究員(現同研究所 企画部企画課長),一般社団法人 システム科学研究所の丹下真啓氏,田中久光氏,株式会社 地域未来研究所の前川友宏氏,リンク交通量型逆推定モデルの事前データ作成法とゾーン集中交通量型逆推定モデルについては,株式会社 福山コンサルタントの山根公八氏,立石亮祐氏,國分恒彰氏,船本洋司氏のご協力を,計算方法の開発には岐阜大学 倉内文孝 教授と宮崎大学 嶋本 寛准教授のご指導をいただいた。ネットワーク信頼性については,名城大学 若林拓史 教授,大阪市立大学 内田 敬 教授,長野工業高等専門学校 柳澤吉保教授,株式会社 福山コンサルタントの栄徳洋平氏,横井祐治氏,石倉麻志氏のご協力をいただいた。このほかにも,京都未来交通イノベーション研究機構の研究会メンバーである京都大学 宇野伸宏 教授,Jan-Dirk Schmöcker准教授,中村俊之 助教,岐阜大学 杉浦聡志 助教には多大のご協力とご支援をいただいた。また,株式会社 福山コンサルタントの山本洋一 前社長には社内技術研究会の設立で格別のご配慮をいただいた。上記の方々には心より謝意を表したい。最後に,本書の企画出版にあたって多大なるご助言とご協力をいただいた株式会社 コロナ社に厚くお礼を申し上げたい。

2017年6月 飯田 恭敬

1. 交通計画の新次元展開を求めて
1.1 交通計画の発展に必要な視点
1.2 交通ネットワーク信頼性の重要性
1.3 交通量配分手法の再考証
1.4 OD交通量逆推定モデルの実用化
1.5 交通ネットワーク流動のモニタリングシステムの有用性

2. リンク交通量型のOD交通量逆推定モデル
2.1 要旨
2.2 リンク交通量型逆推定モデルの考え方
 2.2.1 ネットワークにおけるセントロイドとノードの役割
 2.2.2 ゾーン発生・集中交通量のノード分担方法
 2.2.3 ゾーン間OD交通量からノード間OD交通量への変換
2.3  大ゾーンベースによるOD交通量逆推定モデル
 2.3.1 基本型モデル
 2.3.2 プローブカーデータ型モデル
2.4 リンク交通量型逆推定モデルの計算方法
 2.4.1 リンク交通量単独モデルの非負制約条件がない場合
 2.4.2 リンク交通量単独モデルの非負制約条件がある場合
 2.4.3 結合モデルの計算法
2.5 推定精度の検証方法
 2.5.1 基本精度検証
 2.5.2 実際適用検証
2.6 結合モデルの改良
2.7 時間帯別OD交通量の逆推定法
2.8 本章のまとめ

3. リンク交通量型逆推定モデルの事前データ作成法
3.1 要旨
3.2 OD別スポット収集交通量のデータ収集法
3.3 事前データの作成法
 3.3.1 日単位OD交通量逆推定
 3.3.2 時間帯別OD交通量逆推定
3.4 ダイアル確率配分法を用いたサンプルOD交通量の補正法
3.5 サンプルOD交通量の欠落値の補完法
3.6 本章のまとめ

4. ゾーン集中交通量型のOD交通量逆推定モデル
4.1 要旨
4.2 ゾーン集中交通量型逆推定モデルの考え方
 4.2.1 定式化
 4.2.2 小ゾーンベースのOD交通量への変換
 4.2.3 例題による考察
4.3 ゾーン集中交通量型逆推定モデルの改良
4.4 時間帯別OD交通量の逆推定法
4.5 本章のまとめ

5. 交通ネットワーク信頼性
5.1 要旨
5.2 交通ネットワーク信頼性の考え方
 5.2.1 交通ネットワークのリダンダンシー
 5.2.2 定時性の効果
 5.2.3 リスク回避と時間価値
5.3 交通ネットワーク信頼性の種類
 5.3.1 連結信頼性
 5.3.2 所要時間信頼性
 5.3.3 遭遇信頼性
 5.3.4 ネットワーク容量信頼性
 5.3.5 その他の信頼性指標
 5.3.6 各種信頼性の適用対象
5.4 連結信頼性
 5.4.1 定義
 5.4.2 構造関数
 5.4.3 厳密計算法 
 5.4.4 近似計算法
 5.4.5 実用計算法
5.5 所要時間信頼性
 5.5.1 定義
 5.5.2 分析方法
 5.5.3 便益評価の方法
5.6 本章のまとめ

6. 総合交通ネットワーク流動のモニタリングシステム
6.1 要旨
6.2 総合交通ネットワーク流動のモニタリングシステムの構築
6.3 モニタリングシステムの実用的価値
 6.3.1 交通マネージメントの高度化
 6.3.2 交通計画事業の評価システム
 6.3.3 公共交通システムのサービス改善
 6.3.4 ネットワーク信頼性に基づく交通計画
 6.3.5 交通センサスおよびパーソントリップ調査の先進化
 6.3.6 土地空間情報との結合による都市計画への適用
 6.3.7 交通ネットワークシミュレーションのインプットデータの精緻化
6.4 モニタリングシステムの学術的価値
 6.4.1 交通需要変動の特性分析と予測モデルの開発
 6.4.2 交通量配分の現実的発展
 6.4.3 走行時間短縮の便益効果の新思考
6.5 本章のまとめ

参考文献
索引

飯田 恭敬(イイダ ヤスノリ)

交通工学研究会誌「交通工学」1月号、Vol.53. No1. 掲載日:2018/01/24

掲載日:2023/10/03

交通工学研究会誌「交通工学」第58巻4号