信号処理とは,音声,音響,画像,電波など,連続する数値や連続波形が意味を持つデータを加工する技術です。現代のICT社会・スマート社会は信号処理なしには成り立ちません。スマートフォンやタブレットなどの情報端末はコンピュータ技術と信号処理技術が見事に融合した例ですが,私たちがその存在を意識することがないほど,身の回りに浸透しています。さらには,応用数学や最適化,また統計学を基礎とする機械学習などのさまざまな分野と融合しながらさらに発展しつつあります。
もともと信号処理は回路理論から派生した電気電子工学の一分野でした。抵抗,コンデンサ,コイルを組み合わせると,特定の周波数成分を抑制できるアナログフィルタを構成できます。アナログフィルタ技術は電子回路と融合することで能動フィルタを生み出しました。そしてディジタル回路の発明とともに,フィルタもディジタル化されました。一度サンプリングすれば,任意のフィルタをソフトウェアで構成できるようになったのです。ここに「ディジタル信号処理」が誕生しました。そして,高速フーリエ変換の発明によって,ディジタル信号処理は加速度的に発展・普及することになったのです。
ディジタル技術によって,信号処理は単なる電気電子工学の一分野ではなく,さまざまな工学・科学と融合する境界分野に成長し始めました。フィルタのソフトウェア化は,環境やデータに柔軟に適応できる適応フィルタを生み出しました。信号はバッファリングできるようになり,画像信号はバッチ処理が可能になりました。そして,線形代数学や統計学を柔軟に応用することで,テレビやカメラに革命をもたらしました。もともと周波数解析を基とする音声処理技術は,ビッグデータをいち早く取り込み,人工知能の基盤技術となっています。電波伝送の一分野だった通信工学は,通信のディジタル化によって信号処理技術なしには成り立たないうえ,現代のスマート社会を支えるインフラとなっています。このように,枚挙に暇がないほど,信号処理技術は社会における各方面での基盤となっているだけでなく,さまざまな周辺技術と柔軟に融合し新たなテクノロジーを生み出しつつあります。
また,現代テクノロジーのコアたる信号処理は,電気・情報系における大学カリキュラムでは必要不可欠な科目となっています。しかしながら,大学における信号処理教育はディジタルフィルタの設計に留まり,高度に深化した現代信号処理からはほど遠い内容となっています。一方で,最新の信号処理技術,またその周辺技術を知るには,論文を読んだり,洋書にあたったりする必要があります。さらに,高度に抽象化した現代信号処理は,ときに高等数学をバックグラウンドにしており,技術者は難解な数学を学ぶ必要があります。以上のことが本分野へ参入する壁を高くしているといえましょう。
これがまさに,次世代信号情報処理シリーズ“Next SIP”を刊行するに至ったきっかけです。本シリーズは,従来の伝統的な信号処理の専門書と,先端技術に必要な専門知識の間のギャップを埋めることを目的とし,信号処理分野で先端を走る若手・中堅研究者を執筆陣に揃えています。本シリーズによって,より多くの学生・技術者に信号処理の面白みが伝わり,さらには日本から世界を変えるイノベーションが生まれる助けになれば望外の喜びです。
2019年6月 次世代信号情報処理シリーズ監修 田中聡久
以下続刊
【本書の構成】
【本書の構成】
1章,3章,4章,5章は,すべてのBCI開発における共通事項であるため,6章から8章を読む前に一読することをお勧めします。2章には,これ以降の章で必要となる信号処理の詳細をまとめてありますので,必要なときに参照してください。6章,7章,8章は,それぞれ独立した形で記述されていますので,自分の開発対象や興味に合わせて読むことが可能です。
【本書の構成】
1章〜4章は,グラフ信号処理の基礎的事項であるため,6章以降を読む前に一読することをお勧めします。5章も基礎的事項ですが,他の章とある程度独立しています。6章〜8章は発展的事項ですので,自分の興味に合わせて読むことが可能です。
【本書の構成】
【本書の構成】