低周波音 - 低い音の知られざる世界 -

音響サイエンスシリーズ 16

低周波音 - 低い音の知られざる世界 -

負の側面を取り上げることが常だったが,低周波音を利用した技術というプラスの側面もある。正負の両面を知ってもらうことを意図した

ジャンル
発行年月日
2017/11/02
判型
A5
ページ数
208ページ
ISBN
978-4-339-01336-8
低周波音 - 低い音の知られざる世界 -
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定価

3,080(本体2,800円+税)

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「低周波音」の正負両面を紹介した。ゾウの会話やクジラの歌の不思議な世界や最先端の実験設備・対策について雷やパイプオルガンなどの例を交えながら解説した。また,低周波音問題としての調査・研究の歴史と現状について解説した。

地球上にはいろいろな「低い音」が存在している。例えば,ゾウは人間に聞こえないくらい低い音で会話をしていたり,海中のクジラは低い音で歌っていたりする。人間は,パイプオルガンや大太鼓などによる演奏で「低い音」を楽しみ,また,「低い音」を利用して核実験や津波を監視したりしている。本書は,これらの「低い音の知られざる世界」を紹介する。

「低い音」にはいろいろな言い方がある。重低音,低音,低周波音,超低周波音,空気振動,低周波空気振動,空振,インフラサウンドなどである。いずれも「低い音」という広い意味では同じであるが,一般的には「重低音」の知名度が高いようである。重低音と低周波音の違いは2.1節で説明するが,本書は日本音響学会編であり,当学会では「低い音」のことを「低周波音」または「超低周波音(インフラサウンド)」と呼ぶことが多いため,本書ではこれらの用語を使うことに努める。環境省をはじめとして,低周波音に関する研究発表が多い日本音響学会や日本騒音制御工学会では,100 Hz以下の音を「低周波音」,そのうち20Hz以下の音を「超低周波音(インフラサウンド:infrasound)」と呼ぶことが多い。前者の定義は,JISなどの規格で定められたものではなく,国によりその対象範囲も異なる。第4章でその歴史的な経緯を紹介する。後者の定義は,ISO7196にインフラサウンドとして示されており,周波数が20Hzよりも低くなると人間が「音」として知覚しづらくなることから一般的な音と区別して「超」や「インフラ」という接頭語がついている。20Hz以下の音を人間が聞くと,耳のまわりがワサワサとした感覚になったり,大音圧で数Hz 以下の場合は耳の鼓膜が押されたり引っ張られたりする感覚になったりする(これは,高層ビルのエレベータに乗ったときの耳がツンとする感覚に近い)。いずれも「音」を聞いている感覚というよりは,気圧変化や風(粒子速度)を感じているという表現が適切であろう。なお,2.2節で触れる水中の音に関する「低周波音」の周波数帯域に定義はないが,本書ではおよそ100Hz以下を対象としている。

低い音のことを,日本語では母音(あいうえお)の"お"や,濁音を使って表現することが多い。例えば「ゴロゴロ,ドーン,ドン,ドカン,ドロドロ,ボーン,ポン」などである。本シリーズの「音のピッチ知覚」によれば,母音の中で最も周波数が低いのが"お"であることが起因しているようである。しかし,本書で取り上げる「低周波音」の周波数領域は,音声よりも低い100Hz以下である。人間は,100Hzよりも低い音声を発することは困難であるが,これらの音を耳で聞いたり,体感したりすることは可能である。例えば,雷の「ドーン,ゴロゴロ」という音や,花火の「ドーン」という音は,だれしも体験している「低周波音」といえる。特に花火の音は,耳で聞くというよりも「腹で聞く」と表現されるように,大音圧の低周波音を体感することができる。人間の腹や胸などの体の一部の固有振動数が100Hz以下にあり,この周波数帯域で音と体が共振現象を引き起こしやすくなることが理由ではないかと考えられる。

100Hz以下の音は,このほかにも,映画館,コンサートホール,ピアノ・大太鼓・パイプオルガンなどの一部の楽器演奏などにおいて気づかぬうちに聞いているのである。これらの「低周波音」は,迫力や荘厳な雰囲気を演出するために人間が意図的に作り出したものである。人間が低い音に対してなぜこれらの印象を持つのかは明らかになっていないが,火山の噴火,雷などの人間には制御不能な自然現象や,大きな物体が動くときには「低周波音」が発生することが多く,経験的に「低周波音=人間には制御不能な現象,大きな物体が動くときの音」という印象を持っているのかもしれない。雷は,「神鳴り」が語源ともいわれており,パイプオルガンは教会で演奏されることが多い。低周波音が荘厳な雰囲気をもたらすことを人間は古くから知っていたのかもしれない。

このように大昔から低周波音と深いつながりのある人間であるが,産業革命や,高度経済成長が進むと低周波音に悩まされるようになる。ディーゼルエンジンによる発電設備,ダムの放流,飛行機,鉄道,車などの登場により,人間の意図しない低周波音が発生するようになったためである。これらの低周波音は,周辺民家まで伝搬し,窓の固有振動数と一致する場合には窓振動が増幅して「ガタガタ」という二次音(可聴音)を発生させることがある。また,ある場合は人間に圧迫感・振動感という低周波音独特の人体感覚を引き起こすこともある。これらの物的・人的影響は,騒音・振動などの環境問題と同様に苦情を引き起こし,いわゆる低周波音問題として認識されている。第4章では,低周波音問題の歴史を丁寧にひも解き,現状を解説することを試みる。低周波音問題は,現在においても十分に解決されていない問題であり,今後も積極的な調査・研究が必要とされている。しかし,低周波音を計測する機械すらなかった1960年頃とは異なり,現在は低周波音実験室が整備されたり,屋外で20Hz以下の超低周波音が再生可能な実験装置が開発されたりするなど,低周波音の影響把握のための調査・研究設備が急速に整いつつある状況にある。また,音源対策においても能動制御(ANC)による低周波音対策が実用化されるなど,この分野における調査研究の進展が期待される状況にある。

10年前頃までの学会の講演発表会において,「低周波音」といえば建具振動や圧迫感などの低周波音問題を指すことがつねであった。しかし,近年では,低周波音を利用した技術について学会でセッションが組まれたり,低周波音を使った動物のコミュニケーションについての研究発表が増えたりするなど,これまでとは異なる流れがみえてきている。低周波音には「低周波音問題」という負の側面もあれば,「低周波音を利用した技術」という正の側面もある。これまでに発行された「低周波音」の書籍は,負の側面を取り上げることがつねであったが,本書は正と負の両方を取り上げ,低周波音の両面性を読者に知ってもらうことをねらっている。

これから低周波音を研究する学生や,これから低周波音に関する「業務」に携わる方々を読者として想定している。そのため,数式などはほとんど示さず,図や写真を多用することで「低周波音」に興味を持ってもらうことに注力した。音とは何か?,音圧レベルやdB(デシベル)の定義,低周波音に関する数式などについては,コロナ社「音響学入門」や,教科書ともいえる中野有朋先生の書籍を参考にされたい。読者が,低周波音の世界に興味を持っていただいたり,この分野で研究を進めて本書に書かれていない「低い音の知られざる世界」を見つけていただけたりすれば,われわれ著者にとってこれ以上にありがたいことはない。

2017年9月 土肥 哲也(著者代表)

1. 低周波音の不思議な世界
1.1 ゾウの低周波音コミュニケーション
 1.1.1 ゾウの低周波音によるコミュニケーション
 1.1.2 音カメラを用いた観測例
 1.1.3 低周波音計を用いた計測例
 1.1.4 低周波音声のモニタリング
 1.1.5 エレファントボイスディテクターの試作
1.2 クジラのコミュニケーション
 1.2.1 歌うクジラの発見
 1.2.2 海中での低周波音の伝搬と利用
 1.2.3 冷戦終結とクジラの音声研究
 1.2.4 クジラの低周波音を捉える水中音響ネットワーク
 1.2.5 クジラの低周波音の謎解き
 1.2.6 日本でもクジラの歌の研究を開始
1.3 自然界の低周波音
 1.3.1 地震の揺れがもたらす低周波音
 1.3.2 火山噴火がもたらす低周波音
 1.3.3 隕石の爆発による低周波音
 1.3.4 雷に起因する低周波音
引用・参考文献

2. 低周波音の最新技術
2.1 低周波音発生装置
 2.1.1 身近な低周波音源
 2.1.2 実験装置としての低周波音源
 2.1.3 低周波音源を利用した調査結果の例
2.2 ソニックブーム
 2.2.1 ソニックブームとは
 2.2.2 ソニックブームの特徴
 2.2.3 ソニックブーム低減技術
 2.2.4ソニックブーム推算技術
 2.2.5 ソニックブーム計測技術
 2.2.6ソニックブーム評価技術
 2.2.7 飛行試験技術
 2.2.8 超音速機とソニックブームの今後
2.3 低周波音の低減技術
 2.3.1 低周波音の音源対策
 2.3.2 低周波音の伝搬経路対策
引用・参考文献

3. 低周波音を利用した技術
3.1 超低周波音を用いた核実験監視網
3.2 超低周波音を利用した津波,雪崩の検知
 3.2.1 津波の波源生成が励起した超長周期の気圧変動
 3.2.2 雪崩の遠隔監視に向けて
3.3 低周波音を利用した発電と冷凍
 3.3.1 熱音響現象
 3.3.2 スタックによる音と熱エネルギーの変換
 3.3.3 熱音響発電
 3.3.4 熱音響冷凍
 3.3.5 熱音響現象の歴史と研究の動向
引用・参考文献

4. 低周波音問題の調査・研究
4.1 低周波音問題の調査・研究(1985年以前)
 4.1.1 初期の問題発生現場
 4.1.2 低周波音の計測器
 4.1.3 1975年までの研究
 4.1.4 1975年~1985年の研究
 4.1.5 実態調査
 4.1.6 苦情の内容
 4.1.7 低周波空気振動の影響
 4.1.8 低周波空気振動の感覚
 4.1.9 G特性
4.2 低周波音問題の調査・研究(1985年以降)
 4.2.1 1985年以降の低周波音問題
 4.2.2 低周波音の人体影響に関する研究の紹介
 4.2.3 低周波音問題対応のための評価指針(参照値)
 4.2.4 諸外国における低周波音の評価指針
4.3 低周波音問題と調査・研究の現状
 4.3.1 近年における低周波音源と研究動向
 4.3.2 低周波音の評価の現状
 4.3.3 低周波音問題の課題と今後の展望
引用・参考文献

索引

土肥 哲也(ドヒ テツヤ)

赤松 友成(アカマツ トモナリ)

新井 伸夫(アライ ノブオ)

井上 保雄(イノウエ ヤスオ)

入江 尚子(イリエ ナオコ)

時田 保雄(トキタ ヤスオ)

中 右介(ナカ ユウスケ)

町田 信夫(マチダ ノブオ)

山極 伊知郎(ヤマギワ イチロウ)

掲載日:2022/07/04

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