『真空科学ハンドブック』をお届けします.ハンドブックというには大部に過ぎないかといわれると,まさにそのとおりです.むしろ教科書と考えていただいた方がよいでしょう.それも,現在入手可能な真空科学・技術に関する類書の中では,おそらく最も詳しく,かつ最も高度な内容であると思います.かなり充実したものであると自負しております.このような本ができた背景には,永年にわたってJournal of the Vacuum Society of Japan(『真空』誌)に,論文,解説記事を書かれた方々,また,毎年日本真空学会が開講している真空夏季大学の講師として活躍された方々が多数いらっしゃることがあります.
真空夏季大学は2017年で57回目を迎えました.毎年,テキストを更新し,講師が交替するときには,さらに内容を付け加えるなどして,すでにかなりの厚さとなり,これ自体が真空科学・技術の教科書に成長しています.夏季大学の限られた時間内には教えきれないという矛盾も抱えています.夏季大学のテキストを出版物として残そうという話はずいぶん昔からありました.それが実現しなかったのは,夏季大学のテキストは毎年,講師が更新すべきで固定したものとするのは良くない,すなわち講師もテキスト作りで勉強すべきであるという積極的な理由もありました.一方,これほどページ数の多い本は昨今の出版事情では発行が難しいという背景もありました.
コロナ社から,社の創立90 周年記念出版として真空学会編集の本を出したいという相談をいただいたのは2013 年のことでした.かねてより真空科学のテキストをまとめたいという希望がありましたので,これは願ってもないことでした.夏季大学のテキストとしてかなりの内容のものが形を成していましたし,しかも,ページ数の制限はないとのことなので,ほとんどの部分はそのまま原稿とすることができる,とかなり楽観的な予想の下,編纂が始まりました.素材がほぼそろっているという点では,その予想は当たっていました.しかし,一つひとつ独立した,しかもそれぞれ講師の色が強く出ている夏季大学のテキストを集めただけでは1 冊の本にはなりません.統一感と一貫性を確かなものにするために編集委員は工夫し,執筆者の皆様にはさまざまのお願いをいたしました.また,時間の制限のために夏季大学では扱っていない項目を加えて,網羅的なものにまとめることにも努力いたしました.
用語と記号の統一も課題でした.「真空」は相当に広い分野に広がっており,用語・記号にも分野ごとのバラエティがあります.それらを無理矢理に画一的にそろえることは,記述のスマートさを損なうことになるので,適当と思われるところで止めてあります.
本書には真空科学・技術の過去・現在・未来が詰まっています.「過去」は先人達が築いてきたこの分野の基礎であり,「現在」は,文字どおりこの分野の活動の現状といえるでしょう.「未来」は見えません.予想でしかありません.しかし,本書に書かれていることが,まだ見えぬ未来の科学と技術の礎になることは間違いないと思います.本書がそのように活用されれば編集委員・執筆者一同の喜びであります.
最後になりましたが,編集委員のお一人,橘内浩之さんが本書の完成をご覧になることなく急逝されましたことはたいへん悲しく残念なことでした.本企画が始まって以来の多大のご尽力に感謝申し上げ,ご冥福をお祈りいたします.
2018年2月
真空科学ハンドブック編集委員会委員長
日本真空学会会長
荒川一郎
真空科学ハンドブック
- 日本真空学会 編
- B5判/590頁 本体20,000円+税